第217話 学園の頂点とは
「正直、ちょっと恥ずかしくなったぜ」
「ね」
前を歩くクレイ・ティクライズ……クレイ先輩の背中を見ながら、先ほどの発言を思い返す。
(好きにしろ。そんなくだらない噂は実力で払拭する)
学園の頂点に立つには、現在の3強を倒さなくてはならない。だからこうして勝負を挑んでいる訳だが、ではこの模擬戦に勝ったらクレイ先輩を越えたことになるのかというと、そうはならないだろう。
学園の記録に残る行事で勝たなければ、大多数は俺の勝利を認めない。だから、この模擬戦は腕試し以上の意味はあまりなく、言うなれば、俺の方が上だ、という噂を作るためだけの戦いと言っても過言ではない。
真に自分の実力を信じているなら、大人しく行事まで待ってれば良かったんだ。待てなくてさっさと勝負を仕掛けているが、こんなことをしていること自体が弱者の証のようで、少し恥ずかしくなってしまった。
「でも、勝負を挑んだことに後悔はない」
「あれ、そうなんだ。やっぱり行事を待てば良かったって思わない?」
何故なら、
「何人女子侍らせてんだ……! ボコボコにして幻滅させてやる……!」
「ええ……。君、小者以外の何者でもないよね……」
両腕に女子をぶら下げて、周囲を女子に囲まれて歩いているその姿。俺だっていつかはあんな風に……!
「多分君がどれだけ頑張ってもああはなれないと思うけど」
「何!? 何でだよ! 俺だって顔は悪くないだろ!」
「いや、だって視線が思いっきり胸に向いてるの丸分かりだし」
「そ、そそそそ、そんなことねーし」
「さっきクレイ先輩が胸押し付けられてるの見て羨ましくなっちゃったんでしょ? スッゴイ視線を感じるよ」
「くっ……」
「もう、仕方ないなぁ」
「えっ!?」
もしかして触らせてくれるのか!?
「3強全員に勝てたら、好きに触らせてあげるよ」
「……マジ?」
「マジマジ。頑張ってね」
燃えてきた……! 絶対勝つ!!
「そんな風にがっついてる間は、クレイ先輩みたいにはなれないだろうね。ホント、残念な奴だよ君は」
訓練場で向かい合う師匠とコートと名乗った後輩男子。コートの武器は槍のようだ。間合いでは師匠が不利ということになる。
「入学初日でクレイに喧嘩売るなんて、身の程知らずだよなー」
「マジでな。瞬殺されるに一票だわ」
師匠たちのやり取りを見ていたクラスメイトの大半が訓練場に集まっている。師匠の勝ちを確信してはいても、どうなるのか気になってしまうのだろう。わたしも同じ気持ちでついてきたのでよく分かる。
「なあ、アーサ。あのコートって男子、確かに無謀だとは思うけどさ」
「言いたいことは分かるぞ、スイリー。あの後輩、自信満々に挑んでくるだけのことはありそうだ」
そもそも肉体が良く鍛えられているのは一目で分かる。そして、構えに隙らしい隙もない。魔力がどうかは見ただけでは分からないが、少なくとも取るに足らない雑魚という訳ではなさそうだ。
「まあ、一応あれでもわたしたちの学年の首席らしいんで、弱くはないと思いますよ」
「首席!? ……首席か。…………本当か?」
「あはは、やっぱ先輩方もビックリしますよねー。実技はともかく、あれで学科の成績が良いなんて、正直わたしも半信半疑ですよ」
アネミカというこの後輩は、コートと今日初めて会ったばかりらしい。首席というのも本人から聞いただけのようで、事実かどうかの確認は出来ていないようだ。
「あ、それは本当ですよ」
「む、お前はリーミス・カレッジ。知っているのか?」
「リーミスで良いですよ。カレッジでも良いですけど。彼とは知り合いって訳じゃないですけど、でも学年の首席くらいは少し調べれば簡単に分かるんで」
さっきまで師匠に絡んでいた時とはずいぶん雰囲気が違うな。こちらが素か。
「何故演技をしている。師匠に近づいて何をするつもりだ?」
もし何か師匠に迷惑をかけるつもりなら、弟子としてわたしがこの場で叩いておかなければ。
「え? いえ、特には。ああした方が色々教えてくれるかなって」
「色々?」
「『クレイ・ティクライズの強さの秘密』とか見出しにして記事を作ったらたくさんの人が読んでくれると思いません? わたし、新聞部に入るんで」
……こいつ、ただ新聞の記事のことしか考えてないイカれた奴だ!
「警戒して損した。言っておくが、師匠はあのような色仕掛けに陥落するほど単純ではないぞ。お前のことを警戒しているはずだ」
「え~、そうですか? それにしてはコート君への対応とわたしへの対応で差があったように思えますけど」
「曲がりなりにも友好的に接してきている相手と喧嘩を売ってきている相手への対応が同じだったら問題だろう……」
「先輩方、リーミスちゃんも。そろそろ始まるみたいですよ」
アネミカの言葉に顔を前に向ければ、槍を構えるコートと同様、師匠も2本の剣を構えて戦闘態勢になっていた。あとは審判役のアイリス王女の合図があればいつでも始められる状態だ。
「さて、せっかくだ。少し先輩らしいことをするか。後輩たちよ、この模擬戦、どのような展開になると思う?」
「ん~、やっぱり先手を取るのはコート君じゃないですか? 武器が槍な訳ですから。クレイ先輩が噂通りの人なら、突き出された槍をするりと避けて剣を突き付けて、クレイ先輩の勝ち、という感じだと思います」
「わたしは一応、あのおバカの言葉を信じて班を組むことにしたんで……世界最強らしいコートの勝ちに賭ける、ということにしておいてください」
まあ妥当な予想か。恐らくコートの身体能力は師匠より優れているのだろうし、間合いの広い槍という武器で先手を取るだろう、と誰もが考える。
「よく見ておけ。この学園で頂点を目指すということは、あのような理不尽に打ち勝つ強さが必要になるのだと理解しろ」
そのわたしの言葉に、よく分からないという表情をしながら模擬戦を行う2人の方へ顔を向ける後輩たち。
まるでそれを待っていたかのように、試合開始の合図がされる。
その瞬間、全力で距離を詰めていくコート。速いな。言うだけのことはある。体格が良いのでパワー型かと思っていたが、速度も充分だ。実際に戦ったらどちらが勝つかというのはまた別の話ではあるが、恐らく基本的な能力はわたしなどよりよほど高いだろう。
だが、駄目なんだ。速いとか強いとか、そんな単純な能力は師匠相手には通じない。
試合開始から一歩も動かない師匠に、あと3歩というところまで距離を詰めたコートが槍を突き出そうと動き、
「え……?」
無防備に魔法陣から伸びてきた鎖に捕まる。そして、すれ違うように後ろへ抜けた師匠の姿を目で追うことすら出来ないまま、背後からペシンと剣の腹で頭を叩かれた。
「いてっ」
「そこまで。勝者クレイよ」
何をされたのかも分かっていないだろうな。相変わらず師匠の技は恐ろしい。師事することで少しずつその先読みを真似出来るようにはなってきたが、相変わらずあれはどうなっているのかすら分からない。
「何やってるの、もー。あんな単純な罠に引っかかって」
「首席だという情報は嘘だったかもしれませんね」
更に恐ろしいのは、傍から見ていると引っかかった奴が単なる間抜けにしか見えないというところだ。コートがどう思われようとわたしには関係ないが、流石に可哀想なので擁護してやるか。
「あれは仕方がないことなんだよ。詳しい原理は解説してやれないが、師匠の姿や攻撃は目に見えないからな。もし初見で師匠の攻撃に対応出来るなら、既に学園トップクラスだと思って良いほどだ」
「目に見えない……?」
「なるほど。先ほど先輩が仰っていた『あのような理不尽』というのがそれですか」
「そういうことだ。クレイ・ティクライズ、レオン・ヴォルスグラン、ダイム・レスドガルンの3人は、方向性は違えど全員があのレベルの理不尽な存在だと思って良い。挑戦心を持つのは大切なことだが、学園の頂点を取るなどと軽々しく発言しないことだ。滑稽にしか見えないぞ」
「軽々しく言っている訳ではないんですけど……でもあれを見てしまうと、軽々しく言っているようにしか見えないというのも納得です」
「いわゆる3強の全員に挑むのなら、最初はレオン王子をオススメする。王子はまともに戦ってくれるからな。当然それで勝てるかどうかは別問題だが、あのように何も分からないままに敗北するということはないだろう」
「んー、仰っていることは多分その通りだと思うんですけど……あれだけはっきり負けちゃうと、コートの場合……」
あのコートという男子はどうなるだろうな。理不尽に晒された時、それに抗おうと奮起出来る者は少ない。
選択肢は三つだ。わたしのように教えを請うか、逃げ出すか、
「また来るからな! 覚えてろよー!!」
諦めず挑戦し続けるか、だ。
「うわぁ、何あの捨てゼリフ。ホントに小者なんだからもー。やっぱり、クレイ先輩にまた挑戦しようとするよねー。ちょっと待ってよ! ついて来てあげたわたしを置いていくってどういうことー!」
捨てゼリフを吐いて走り去るコート。それを追いかけていくアネミカ。
ふっ、なかなか有望そうな後輩だな。あの敗北の直後に、また来ると言うことが出来るとは。
「せんぱ~い! お疲れ様でした~! カッコよかったですよ~。わたし、先輩から目が離せませんでした~」
…………ふっ、な、なかなか有望そうな後輩だな。真剣に話していた直後に、あのような演技が出来るとは。
案の定、2月も現在の仕事を続けることになったので、2月中は1週間ごとの更新となります。
このままずっと忙しい仕事が続くような予感もしているので、その場合は更新頻度が4日ごとになったり1週間ごとになったりと安定しなくなるかと思いますが、ご了承ください。
完結まで更新自体は続けていきますので、今後とも「盤面支配の暗殺者」をよろしくお願いいたします。




