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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第8章 掴み取る頂点
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第212話 噛み締める勝利

 目を覚ますと、ベッドの柔らかい感触。上体を起こし周囲を見れば、そこが保健室であることが分かる。

 最後の記憶は、クレイが倒れたのを見たところだ。どうにか自分は倒れないようにと気を張っていたが、審判の宣言を聞いた覚えはない。


 結局、僕は……


「起きたか」


 声の方へ目を向ける。そこには、椅子に座ってこちらを見るハイラスがいた。


「今はクレイたちとの試合の翌日だ。もうすぐ昼飯時ってところだな」


 試合があったのは、昨日の夕方に差し掛かろうかという時間だ。ずいぶん長い間気を失っていたらしい。


「僕はずっと?」


「ああ、寝てた。お前と、あとルーとフォグルの3人。特にルーはかなり危ない状態だったからな」


「え、大丈夫なのかい!?」


 試合中、ちらりと全体を見渡して仲間たちが倒れていることは確認していたが、その傷の程度を見ていられるほどの余裕はなかった。

 だが考えてみれば、相討ちになるということは、互いに強力な一撃を放ち合ったということだ。それをまともに受けて危険な状態に陥ったとしても、何も不思議はない。


「落ち着けって。大丈夫じゃなかったらこんなに冷静に座ってる訳ないだろ」


「ああ、それもそうか。ゴメン」


「ってか、お前も人のこと心配出来るような状態じゃなかったんだからな。マジで無茶し過ぎだ。危うく死んじまうところだった」


 それは……そうだろうな。全身火傷に炎球に抉られた傷。自分で落とした雷に何度も打たれたし、クレイにバッサリ斬られた傷もある。

 むしろよく生きていたな。2、3度くらい死んでいてもおかしくないほどだったというのに。


「ネスク先生に言われたぜ。後遺症なく治療出来たのは奇跡に近いって。あの人の治療の腕でそんなこと言われるってのはよっぽどだ。勝ち負けも大切だけど、流石に命を優先しろよ」


 どうやら今は保健室を留守にしているようだが、ディルガドール学園の治療師、ネスク・キュリアクロルの腕は確かだ。相当危険な状態だったのだろう。


 どうしても勝ちたかった。それこそ命を懸けてでも。だから、こうして生死の境をさまようほどになっても後悔はない。

 だとしても、本当に命を落としてしまっては意味がない。この学園で戦っているのは、勝利が目的ではなく、その先に得る物が目的なのだから。


 相手も出来る限り殺さないようには気をつけてくれているだろうが、本気で戦っている以上、どうしても万が一ということはある。自分の命は自分で気にしなければならない。

 しかし、それを気にし過ぎて全力で戦えなくなっては意味がない。難しいものだ。


「結局、僕は倒れてしまった。これだけ無茶をして、それでも引き分けるのが限界ということか。本当に……」


「いや、試合には勝ったぞ」


「え? だって、全員倒れて……」


「マーチだけは意識があったらしい。魔力切れでまともに動けもしない状態だったらしいが。それでも、パンチの一発くらい打つことは可能だからな。一応、本当に一応戦闘不能ではないって判定だとよ」


 そうか、勝ったのか。ついに、クレイ班に勝つことが出来たのか。


 これまで2回負けている。他の行事は2班で協力して参加していたし、この一つの勝利だけで僕たちの方が上とはならない。

 だが、それでも勝ったんだ。ただ後を追うだけじゃない。これで名実ともに好敵手だと言うことが出来る。




「託して良かったよ。流石だな、班長」




「……! ……ああ」


 何気なく続けられたハイラスの一言。きっと本人は大した意味もなく、素直に思ったことを言っただけなのだろう。

 だが、その一言が何よりも嬉しい。やっと、今までずっと頼ってばかりだった仲間たちに報いることが出来た。


「おいおい、何を泣きそうな顔してんだ。もっと喜べって。ルーとフォグルが元気になったら祝勝会すんぞ。どうせ何も言わなくてもルーあたりが計画するだろ」


「そうだね、やっと勝ったんだ。少しくらいはしゃいでも罰は当たらないだろう」


 祝勝会か。思えば一度もしたことはなかったな。クレイたちは何度もやっているのだろうか。どういうことをするものなのかもよく分からないし、聞いておいた方が良いかな。

 負かした相手に祝勝会について聞くのは失礼かな。何だか煽っているようにも思える。難しいな。


 そんなことを考えていると、



「ルー、ほら見なさい!」


「え、何ですかそれ!? 翅……?」


「そう。自由に出したり消したり出来るようになったの。スゴくない?」


「あら、お目覚めですか。ずいぶん無茶をなさったようで」


「ああ……? どこだここ……?」


「まあ、保健室は初めてですか? 流石、とても健康頑丈でいらっしゃいますね」



 急に室内が騒がしくなりだした。どうやら他の2人も目が覚めたようだ。


「良かった。元気そうだね」


「ああ、有り余るほどにな」


 まだまだ鍛え方が足りない。皆ほとんどがギリギリの相討ちだったし、僕もとても実力で勝ったとは言えない内容だった。


 それでも勝ちは勝ちだが、今後も何度でも戦っていく以上、必要なのは実力で上回ることだ。運や不意打ち、根性で掴み取った勝利は再現性がない。


 カレンさんとの勝負で発揮した、あの力は何だったのか。自分に眠る何かを引き出し、実力として身に付けなければならない。


 遊んでいる暇はない。



 だが、



「レオンさん! 祝勝会しましょう!」


「良い店どっか知らないの? 王子様なんだから、良い感じにエスコートしなさいよ」


「私は転入生ですからー、お店とかはあまり分かりませんわー」


「いや、この街に関してはアイビーと俺らの差なんて2ヶ月くらいしかないんだが」


「デッケェ肉が食える店なら知ってるぞ」



 強くなるのと同じくらい、この大切な仲間たちとの時間は重要だ。



「はあ? あんた食べる物まで脳筋な訳?」


「良いだろ肉。うめぇぞ」


「お肉よりもいろんな物が食べられるところが良いです」


「あそこで良いんじゃね。ほら、クルがやってる」


「クル様のお店があるんですか? 王城勤めのメイド仕込みの料理店。興味がありますわ」



 今は、



「レオンさん? レオンさんは何か希望はないんですか?」


「ほら、ちゃきちゃき意見出しなさい。自分だけ楽しようとしてんじゃないわよ」


「レオンも肉好きだろ? どうだ、俺オススメの店にしねぇか?」


「クル様のお店、気になりますわ。レオン様はご存知ですか?」


「お前ら落ち着けって。レオン、どうする? お前が今回の勝利の立役者だ。自由に決めて良いぜ」



 この気持ちに任せて、楽しんでも良いだろう。



「全部行ってみれば良いさ。一日で終わりというルールはないからね」



 それに、これ以降も何度でも祝勝会をする機会はあるのだから。








 クレイ・ティクライズ。レオン・ヴォルスグラン。


 懐かしい。もう何年前のことだろうか。数えることすら止めてしまった。


 彼らの戦う姿を見ていると、どうしても昔のことを思い出してしまう。


 強くなった。本当に。彼ら自身も、その仲間たちも、入学当初とは比べ物にならないほどに強くなった。


 どうだろう。もう足りているだろうか。まだ足りないのだろうか。


 分からない。どれだけ歳を重ねようと、いや、歳を重ねたからこそ、未知というのは恐ろしい。


 失敗は許されない。ここまで積み重ねてきた犠牲に報いるためにも、そして、この世界のためにも。


 絶対に失敗は許されない。


 更に強く。何者にも負けないほどに、更に強く。



 仕方がない、か。



「彼らには、更なる試練が必要だ」



 どちらにせよ、あれに負ける程度ならば目的の達成は不可能。



「乗り越えてくれ」



 頼む。

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