第210話 精霊転化
剣を振るう。片手では抑えきれない剛剣を両手で受け止め、弾くと同時に雷が追撃する。
が、あちらも同じく追撃してきた炎と相殺。互いに傷を受けることなく、再び剣を振るう。
埒が明かないな。
互いの実力が拮抗し、いつまで経っても状況が変化しない。このままだと、どちらの魔力が先に尽きるかの長期戦になる。
僕とカレンさんの魔力量はどちらが多いのだろうか。これまで何度も戦っているところを見てきたが、カレンさんが魔力切れになっているところは見たことがない。比べるのは不可能か。
剣を弾き合い、間合いを開く。
「これでは一生決着しないな」
「一生ということはないけどね。でも確かに、決着がいつになるのかまるで分からないな」
「仕方がないか。実戦でやるのはこれが初めてだが……」
何だ? まさか、今以上に強化することが出来るのか?
それは、マズイ。僕はこれ以上の段階など持っていない。ここから明確に強くなられては……!
「精霊転化・炎神降臨」
最初に感じたのは、熱。
肌を焼くほどの熱が発せられ、目を乾かそうとしてくる熱風から思わず顔を逸らしたくなる。
纏っている炎のドレスが輝き、キラキラと舞う火の粉が彼女の存在を祝福しているかのようだ。
瞳には炎。淡く光を発する瞳の奥に、ゆらゆらと揺れる炎が見える。
後ろで一つに結んだ髪もまた、炎のように揺らめいている。
足元の床が、ただ立っているだけだというのに焦げてきている。
眩しいほどに赤熱する剣を振り払い、炎で剣閃を描き、その軌跡が炎の球となって周囲を漂う。
そこに、炎の化身が降臨していた。
「自分が精霊とのハーフらしいと知った時、思ったのだ。それならば、自然に存在する炎に触れることで、わたしもそのエネルギーを取り込むことが出来るのではないかと」
精霊とのハーフ? カレンさんが? いや、それよりも、
「最近、火山に何度か行ってきた。熱いはずの火口が、何故か心地よく感じたものだ。熱さは感じているのに、それが苦にならない。夏の暑さは普通にあまり好きではなかったはずなんだがな」
この熱。尋常じゃない。間合いを空けて向かい合っている今でさえチリチリとした小さい痛みを感じるほどだ。
これが剣の間合いになったらどうなる? 触れれば一瞬で火傷を負い、打ち合っているだけで雷の剣が赤熱し始めかねない。
彼女が一つ、剣を薙ぐ。
それだけで、周囲の床に焦げた線が引かれた。
「限界を迎える前に降参してくれ。まだ制御し切れていないんだ。骨まで溶かしてしまうかもしれない」
それが冗談ではないということは、嫌というほど伝わっている。
それでも、諦めたりはしない。
仲間たちが戦っているのに、班長である僕が諦めたりなんて出来る訳がない。
「行くぞ」
背と脚から炎を噴き出し、視認も難しい速度で間合いを詰めてくるカレンさん。そして、剣が炎の後押しを受けて残像すら置き去りに振り抜かれる。
「くっ!?」
2本の雷剣で受け止めるが、先ほどまでとは比較にならないほど重い。どうにか斜めに受け流してやり過ごしたが、たったの一合で分かってしまった。そう何度も受け止められる剣ではない。
更に、この熱。
一度打ち合っただけで、既に腕が赤くなっている。恐らく腕だけでなく、顔なども赤くなっているだろう。全身が燃えているかのように痛い。攻撃を受けた訳でもないのにこのダメージ。何分耐えられるだろうか。
繰り返し振るわれる剛剣を、今にも弾かれそうな不安定な受け流しで辛うじてやり過ごす。1秒ごとに全身の痛みが増し、目を開けていることすら難しくなっていく。
段々……意識が……
「隙ありだ」
「がっあああああぁぁぁぁぁッ!!?」
背に今まで感じたことのない熱さと痛みを受け吹き飛ばされる。肉が焼ける音が耳に入ってきて、嫌でも背中の状況を想像させる。
背中の一部が溶けているんじゃないか。比喩でなく、そうなっているだろうと思わせる、尋常でない激痛。
床をのたうち回りたい衝動を抑え、起き上がる。カレンさんの方へ目を向ければ、彼女の周囲を浮遊している炎の球が目に入った。
どうやら、あれを操って背中から襲わせたらしい。見た目は炎魔法の基本である炎弾と大差ないように見えるのに、温度が段違いだ。あんな物、何度か受ければそれだけで全身が焼けて命が危険になるだろう。
どうすれば良い。まともに剣で打ち合うことすら難しいのに、その上で意のままに操られる炎球にも対応しないといけない。
今の僕の実力では、そんなことは不可能だ。だからって諦めたりは出来ない。いや、したくない。
じわじわと、全身を焼かれた痛みが体の内側へと入っていく。
パチ
抉れた身から、何かが漏れ出しているかのように、
バチバチッ
全身を、今までにない雷が覆っていく。
バリバリバリバリバリッ!!
まるで体が作り替えられたかのように軽い。全身をバチバチと走り回る雷が光を振り撒き、輝く粒子が舞っている。
手に持つ雷剣が、物質化したかのようにずっしりと存在を主張している。青白く光る剣身が美しい、今までとは明らかに違う存在感。
身から漏れ出す雷が、ピシリ、ピシリと空間を叩き、床に触れただけで魔法強化されているはずのそれに傷を付けた。
「それは……まさか、精霊化……? ヴォルスグラン王家にも精霊の血が流れているというのか」
分からない。自分に何が起きているのかも、彼女が何を言っているのかも、何も分からない。
だが、これだけは分かる。
これなら、戦える!
「今度は、こちらから行くよ」
雷速で間合いを詰め、輝く剣を振り降ろす。それを受け止める彼女の剣と、拮抗し、弾き合う。
すかさず雷を走らせれば、あちらも炎の球を操って迎撃してきた。なるほど、確かにこれは恐らく、彼女と同様の力なんだろう。
「はあああああああぁぁぁぁぁぁッ!!!」
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!!」
剣を振るう。互いに譲らない互角の打ち合い。
まるで世界が遅くなったかのように周囲の全てが緩慢に動き、しかしその中で僕とカレンさんだけが高速で打ち合い続ける。
炎と雷が周囲を走り回り、僕らを中心に床が放射状に砕けていく。
彼女から一切目を逸らさず、剣を振るい、雷を操り、剣を弾かれ、炎球を撃ち抜き、
彼女の燃える瞳に映る僕の目が、剣と同じように青白く輝いているのが見えた。
完全に互角の現状、どこかで打開する一手が必要になる。互いにその隙を探しながら、高速で動き続ける。
バチンっ!!
「っ!!」
偶然の一致。互いの攻撃タイミングが完全に重なり、互いに鏡の如く弾き合い、互いに仰け反った。
「神炎・焦熱龍牙!!」
「耿雷・神罰裂華!!」
彼女が振り下ろす極大化した炎剣と、僕が横薙ぎに振り抜く全てを薙ぎ払う雷剣が激突。周囲の床板が捲れ上がり砕けていく中、拮抗し、押し合う。
レイド・ティクライズの技を参考に習得まで至ったこの一撃。振り抜けば全てを雷が焼き尽くす波動を放つ必殺の剣は、しかし彼女の巨大な炎剣に抑え込まれている。
互角の押し合いが続く。このままの状態が続くなら、先に限界を迎えた方が負けの根性勝負。
だが、覚えている。こうして全力の一撃をぶつけ合ったあの時の、敗北の痛みを。
既に全力を振り絞っているはずの今。互いに余力など微塵も残っていないはずのこの状況で、
「まだだッ!! 燃えろおおおおぉぉぉぉッ!!」
もう一段、力を増してくる!
だから、
ここで、雷剣を消す
「っはああああぁぁぁぁぁぁッ!!」
一瞬驚愕を顔に浮かべ、しかしそのまま剣を振り降ろしてくるカレンさん。
壁の如く巨大な炎剣が、周囲が溶けるほどの熱を持って降ってくる。
近寄ることさえ難しい、その剣を、
紙一重で、回避する
熱い。全く触れてはいないはずなのに、全身が融解しそうなほどだ。
体から煙が上がり、肌が焦げていく。
歯を食いしばりその痛みに耐え、すれ違うように後ろへ抜けながら
一閃、再び手に生み出した雷剣を振り抜いて
静寂に包まれた戦場に
ドサリと、背後で倒れる音だけが響く。




