第204話 勝負だ
試合開始。それと同時に全員がバラバラに行動を開始する。
最初から相手が見えているこのフィールドは、前回の試合と違い、余計なことを考えずとも簡単に1対1の状況を作ることが出来る。
「ハァッ!!」
「フッ!!」
ぶつかるカレンさんの両手剣と僕の雷剣。出し惜しみはしない。最初から全力で、雷を纏って攻撃を繰り出す。
が、通じない。
型の切り替えにも容易についてくる。全く手は抜いていないのに、押し切ることが出来る未来がまるで見えない。
やはり、そうなるか。
初めて戦った時、僕1人相手に4人掛かりでやっとギリギリの勝利を収められるという状態だった。
次に戦った時、僅かな援護があったとはいえ、1人で僕に勝利して見せた。
分かっていた。彼女の成長速度は異常だ。次に戦う時はきっと、完全に僕と互角か、あるいは超えてくるだろうということはやる前から分かっていた。
だからこそ、僕も強くならなくてはならないと必死だったし、なかなか鍛練の成果が出ないことに焦りを感じてもいた。
「やはり、強い。だが、わたしは負けない!!」
そんな僕の内心など分かっていないだろうカレンさんが、そんなことを言ってくる。あちらはきっと、僕の方が挌上だと思って挑戦者の気持ちで戦っているのだろうな。実際はもう、明確な実力差などないというのに。
互いに剣を弾き合い、一度仕切り直して間合いが開く。
一つ、息を吐いて、
「僕だって負けはしない。さあ、勝負だ!!」
ゆっくりと、歩いて間合いを詰めていく。わたしたちの戦いに、移動速度はあまり関係ない。
どちらの魔法が勝るか。それだけだ。
「凍れ」
フィールドの一部が凍り付く。パキパキと、わたしとフォンさんの周囲が氷に包まれ、戦場を形成するかのようにわたしたちを囲う氷の壁がせり上がってくる。
相変わらず、凄まじい魔法だ。
会長の班とクレイ班の試合の陰の功労者、フォン・リークライト。
彼女がこうして氷壁で班員たちを足止めしたからこそ、ティールさんが会長に止めを刺すことが出来るだけの時間が生まれた。
こんな魔法、一発だけでも戦況を左右する大魔法だ。実際、一発しか魔法を使用出来なかった頃でさえ、フォンさんはクレイ班の勝利に貢献し続けていた。
それが何度も連発されるようになった今、彼女は学園どころか世界屈指の魔法使いだろう。
試しに一発、水で作った針を撃ち込んでみる。が、瞬く間に凍って砕けて、フォンさんまで届くことすらない。
やっぱり、相性が最悪だ。
「ルー」
「はい、何でしょう?」
「勝つのはわたし。出来るだけ早く降参してくれると助かる」
「……ははっ」
分かっている。これは別にわたしを侮っている訳ではなく、単に自分の方が有利であるという事実を示してわたしを諦めさせ、早期決着を狙っているだけだ。
ここ以外の戦いで、どちらが勝つかは分からない。だから、有利な自分が早く他の援護に行って試合を優勢に進めようという、それだけの話だ。
でも、
そんなことを言われて黙っていられるほど、わたしの今までの努力は安くない。
「勝負だ、フォン・リークライト!」
相変わらず小さくて弱そうに見えるその姿。だが、以前とは明確に違う。以前は怯えが見られた目に、今はただ勝利だけが映っている。
「強くなったな」
「はい。前のあたしとは違います」
以前に戦った時でさえ、やる気になったティールの力は俺を圧倒的に上回っていた。怯えが完全になくなっただけでなく、純粋な実力も向上した今のティールの力は果たしてどれほどか。
ごちゃごちゃ考えんのは、俺らしくねぇか
「行くぜ」
覇王・降臨
全身に魔力を漲らせて身体強化を行う。
そうして魔力が高まっていくのに合わせて、
体が大きくなっていく。
身長にして3メートル超え。普段使っている大剣がまるで通常の剣に見えるほどに、俺の体が大きくなった。
サイズが変わっただけでなく、相応に頑丈になり、力も強くなる。姉ちゃんや姫様を守り切れなかった悔しさから編み出した、俺の新たなる力。
「どうよ。これならお前にだって力負けしねぇ」
力負けしなければ、あとは実力勝負。それなら俺の方が上のはずだ。ティールだって鍛練は積んできているだろうが、そう簡単に技術で追いつかれたりはしねぇ。
「すいません」
「あ? 何がだ」
「その方向に強くなったということなら、あたしの勝ちです」
「…………何だと?」
瞬間、目の前に山が現れたかと思うほどの重圧が襲い掛かる。
ティールの体が淡く輝いている。魔力による身体強化状態の証だ。それだけなら、俺にだって出来る単なる身体強化でしかない。
だが、分かる。密度が段違いだ。山か海かと言わんばかりの膨大な魔力量を、全て身体強化に注ぎ込んでいる。ただ対峙しているだけだというのに、冷や汗をかくほどの重圧。
ああ、これは確かに、桁違いかもな。実力など関係なく、力だけで全てをすり潰そうってか。それが大言じゃねぇってことは、見れば分かる。
で、だから俺の負けだって?
舐めんじゃねぇよ!!
「俺は負けねぇ!! 勝負だ!!」
「参ります」
拳を構えたクル様が、床を蹴って一気に間合いを詰めようとしている。恐らく、自分が全ての戦いの中で最も有利だと思っているのでしょう。早く決着をつけて、他の援護に行きたいと考えている。
ですが、そう簡単には終わらせません。
「森山崇敬・坤恵招来」
魔法強化されているはずの床を突き破って、木が生えてくる。瞬く間に周囲が森に飲み込まれ、地面を草が覆い尽くしていく。
この場所が人工の建物の中であると知っているはずなのに、いつの間にか深い森へと移動していたと錯覚してしまいそうなほどに景色が変化した。
カルズソーンでも一部の者しか扱うことが出来ない、新たに森を作り出す魔法。この森には隅々まで私の魔力が浸透していて、通常よりも強い子たちに育っている。
「今回は勝たせていただきます」
前回、私が早々に倒れクル様を援護に向かわせてしまったことが敗因の一つ。今回も同じ無様を晒す訳にはいかない。
「アイビーさん、申し訳ありません。わたしは、以前のわたしとは違います」
分かっている。ダイム様との戦いを見ていれば、別人の如く成長しているのは誰にでも理解出来る。
「この森、跡形もなく破壊してしまうかもしれませんから、先に謝っておきます」
…………ごめんなさい。分かっていて森を生成した私を、どうか許して欲しい。
「勝負です」
さて、どうせ初手で会長と戦った時に使ってた魔法を使ってくるんでしょ? 知ってるわ。
「雷神の権域」
直線にしか飛ばないという雷魔法の常識を覆し、雷が周囲をドームのように覆っていく。中の物を意のままに撃ち抜く雷が、どこからでも、何度でも飛んでくる絶死の結界。
「この中で、わたしは最強の存在。そう定義されているの。下手したら死ぬかもしれないから、早めに降参しておきなさい」
自信満々って感じね。それも無理はないのかもしれない。こんな魔法、他では見たこともない。副会長の魔法とは方向性が違うけど、似た感じの絶対性を感じる。
この王女の代名詞となり得るような、唯一無二、最強最高の魔法。
そんな物、無防備に受けてやるほどわたしは素直じゃない。
エレ、行くわよ!
うん、まーち!
「妖精転化・風神招来!」
体内に取り込んでしまった風の妖精、エレとの同調が進み、自然エネルギーを完全に自分の力として操ることが出来るようになった。
全てを消費するとエレが消えてしまうため、無制限に使うという訳にはいかないが、今日の試合のために溜め込めるだけエネルギーを溜め込んできた。
それを、身体強化をするように、体中に満たしていく。
背から二対四枚の翅が生え、翠に輝く帯がドレスのように体を覆う。
ふわりと、体が宙に浮く。
風で無理矢理飛ぶのではなく、自分の思った通りに自由自在に空を舞う。
人間の妖精化。恐らく、わたしが世界で初めての例だろう。
「……へえ、可愛らしくなったじゃない」
「降参なんかする訳ない。勝つのはわたしよ。さあ、勝負といきましょうか!」
森が出来たり、氷漬けになってたり、雷のドームがあったり、人が巨大化したり。
「面白い試合だな、おい」
「頑丈な建物だな。これだけ滅茶苦茶なことをしても大丈夫とは」
「お前さんの新技も大概滅茶苦茶だと思うけどな」
「俺は建物に被害を出したりしない」
「建物には、な。さて、こんなどうでも良い雑談してる場合じゃねーんだわ」
「お前が話しかけてきたんだが」
「まあ聞け。お前の新技の対策を考えてたんだよ」
クレイは恐らく、視界から消える。消えるだけで存在はしているから、あてずっぽうで攻撃すれば当たる可能性はあるものの、そんな攻撃は読まれて回避され、無駄な隙を晒すだけだ。
会長のように、全周薙ぎ払うというのが一つの解。だがあれは会長だから出来ることだ。会長並の力、速度を兼ね備えていなければならないし、俺の武器は短剣だから薙ぎ払いには向いてないしで、同じことは出来ないという結論になった。
「悪く思うなよ。これしか解決策が思い浮かばなかった」
風を纏い、空を飛ぶ。クレイの魔法陣による攻撃に注意する必要はあるが、ここからひたすら魔法を撃ち込み続ければ俺の勝ちだ。
卑怯にも思える戦法だが、戦いに卑怯なんてものはないということで納得してもらおう。
「俺が、それの対策を考えていないとでも?」
まさか。きっと何か対策は持っているだろう、なんてのは最初から分かってる。楽に勝てる相手じゃないんだ。まずは戦いを成立させるだけの作戦が必要ってだけ。
あとは、どちらの実力が上か。それだけだ。
「さあ、勝負と行こうぜ、クレイ! 今度こそ、俺が勝つ!!」




