第202話 頂点へ
会長は現在、常に魔法を発動した状態になっている。つまり、他の魔法も身体強化も使えない。その状態なら、クルは会長と一対一で優勢に戦えるはず。
しかし、それはあくまで優勢というだけであって、即倒すことが出来るほどの差がある訳ではない。制限解除の限界時間もあるし、悠長にしていられる余裕はない。
アイリスの方は更にマズイか。このままだと一瞬で倒れかねない。
「アイリス! 出し惜しみはしなくて良い! 全力で時間稼ぎをしろ!」
本当はレオンたちとの試合まで隠しておきたかったアイリスの全力だが、そんなことを言っていられる状況じゃない。
会長が1人でも自由になったらその瞬間壊滅しかねない。全力を出しても会長相手に勝利するのは難しいかもしれないが、ここはどうにか時間を稼いでくれるのを期待する。
で、そうして時間を稼いでくれている間に、
「では、行きますよ、クレイ君」
俺がこの本物の会長に勝てば良いってことだ。
真っすぐ突っ込んでくる会長。その動きは確かに速いが、身体強化状態でないなら見えないほどではない。
「解析」
タイミングを計る。会長ほどの相手になると、一瞬にも満たないチャンスを捉えなくてはならない。それは、いくらこちらで集中力を操作したって同じことだ。剣を構え、迫ってくる会長を見ながらただチャンスを待つ。
捉えた
「隠形」
気配も消して、足音も消して、自身が動く振動も消して、空気の動きすら消して。
完全に相手の視界から、知覚から、無意識下の感知機能からすらも消えて、
真正面から、斬り捨てる
ギィンッ!
「…………本当に、常識が通用しない人ですね」
「あなたに言われたくはありませんよ。まさか、本当に視界から消えるとは」
弾かれた。確実に会長の知覚からは逃れていたはずなのに。
剣が弾かれるのに合わせて跳び退き、再び間合いを空けて向かい合う。今、会長が何をしたのかは明白だ。
見えていないのに、剣を振るった。
俺とアーサの一騎打ちから、恐らく俺が視界から消えると予想していたのだろう会長は、予想通りに俺が視界から消えた瞬間、自身の全方位を薙ぎ払うように剣を振るった。
見えてはいない。が、そこに存在はしている。ならば、どこから来ても良いように、全方向に対処する攻撃をすれば良いだけ。
言うのは簡単だが、それをぶっつけ本番で成功させてしまうこの人の度胸と実力。
何度でも理解させられる。この人こそ、学園最強だと。
狙いもつけずにただ振るっただけの剣なら、俺でも受け止めることが出来る。会長本来の剣技とはかけ離れた軽い剣だ。
だが、俺の隠形による攻撃を防がれたという事実が重要だ。クル、アイリスが稼いでくれている時間を無駄にしないためにも、一刻も早く決着をつけたいというのに。
それだけではない。
解析から、会長の魔力がみるみる減っていくのが分かる。この魔力量が一定を下回った時、戦況は一気に相手側へと傾くだろう。
この戦いは時間との勝負だ。だからこそ、初手で仕留めるつもりでかかったというのに。
「さあ、次はどんな戦術を見せてくれますか?」
「そんなにいくつも、あなた方に通用するような戦術は持っていませんよ!」
再び向かってくる会長を、こちらも再びの隠形で迎え撃つ。先ほどとは違い、視界から消えた一瞬で横に回り込み攻撃を仕掛けようと試みるが、結果は同じ。全周薙ぎ払う剣に弾かれ、俺の剣は届かない。
ここに来て、隠形の弱点が見えた。
それは、タイミングをズラして仕掛けるということが出来ない点だ。
相手の集中力の隙間を狙うという性質上、仕掛けるチャンスは特定の一瞬に限られる。
相手の視界から消え、一度待ってからタイミングをズラして仕掛けるということが出来ない。だから、会長は常に一定のタイミングで剣を振るうだけで俺の剣を弾くことが出来る。
何度も仕掛ける。その中で、視界から消え、背後に回り込んで、会長の剣が振り終わってから攻撃する、というパターンも試してみた。
だが、駄目だ。そのタイミングでは目には映ってしまう。俺と会長の間にある、圧倒的身体能力の差。俺が剣を振るまでの短い時間が、会長にとっては、周囲を見て、俺を発見し、攻撃に対処する、というのに充分な時間となってしまう。
その結果始まるのは、互角の打ち合い。
俺が会長と長時間打ち合っていられるというのは、夏から考えればあり得ないほど大きな成長だ。だが、いくら成長していようとも、結局このままでは勝てないということに変わりはない。
刻一刻とその時が迫っている。会長の魔力は減り続け、クルとアイリスの限界も近い。
そして、遂にその時が来る。
「時間切れか」
会長の魔力量が一定を下回り、今まで発動し続ける魔法に流し込むのみだったその魔力が全身に満遍なく漲っていく。
身体強化が発動した。これ以降、俺が会長の剣を受け止めることなど不可能だろう。
「良い勝負でした。次の夏は、更なる成長が見られることを期待します」
そう一言発し、試合を決めるために踏み込んでくる会長。
「今、見せますよ」
隠形魔法陣
「なッ!?」
迫る会長の足元に設置した魔法陣から突き出す足場が、目では見えないほどの高速で移動する会長の勢いを利用し投げ飛ばす。
隠形が剣の技術ではないということは、剣での攻撃以外にも応用可能だということだ。ならば、魔法陣を相手の視界から隠すことで不意を突くことも出来るはず。そう考えて編み出した奥の手。
どれだけ罠を警戒していようと、見えない、感知出来ない、存在を認識出来ない罠を回避など出来ない。ましてや初見で対処など不可能だ。
俺の横をそのまま通り過ぎ、どれだけ会長の移動のエネルギー量が凄まじかったのかを証明する勢いを保持したまま飛んでいく。
そして、その先でハンマーを構え、体に魔力を漲らせて淡く発光するティール
会長の意識からティールを外す。そのために、ティールを会長と戦う側に組み込まなかった。
空中で体勢を整えられる魔法を会長は持っていない。時を止めてもティールには効かない。ティールは魔力放出で押し返せるような力ではない。ティールの力で殴られれば、自動発動設定した魔法で回復出来るようなダメージでは抑えられない。
会長が持つ全てを封じるこの状況。
全ては、この瞬間。ティールが止めを刺すこの瞬間のために。
「やれ、ティール」
「破撃・至哭!!」
「早送・虚刈り!!」
空間ごと破壊する剛撃。振り抜かれるハンマーから、まるで空気が悲鳴を上げているかのような異常な音が響き渡る。
その一撃は、自身の速度を上げて振るわれた会長の剣を軽々と粉砕、飛んできた会長を正確に捉え、打ち返す。目で追うことも難しい速度で跳ね返された会長が、フィールドの壁に激突して破壊。崩れた壁の瓦礫の下敷きとなった。
クル、アイリスと戦っていた会長が消える。魔法の効果が切れた。ということは、会長の意識が失われたということだ。
「まさか……会長……?」
「嘘……会長が、負けた……?」
相手班員たちが放心している。決めるなら今だ。
「総攻撃! このまま勝ち切るぞ!」
トレール先輩以外の相手は動きに精彩を欠き、逆にこちらは会長を撃破し勢いに乗っている。大した苦戦もなく各個撃破。
苦戦しつつもカレンと戦い続けていたトレール先輩だったが、流石に最後の1人となってはどうしようもない。問題なく撃破し、
俺たちの勝利で試合は終了。
遂に、学園の頂点をこの手に収めた。
「……そうか。クレイたちは勝ったのか」
会長相手に優勢に戦いを進めていたのは驚いたが、会長が3人に増えた時、流石に終わったと思った。
いくら身体強化や時の魔法がないとはいえ、あの会長が3人だ。一体どうやったら勝てるのか。むしろ戦いになるのかすら怪しいと思った。
だが、クレイたちは勝った。
本来の実力を取り戻したクルはともかく、まさかアイリスが会長と一対一で戦うことが出来るなんて。
「驚かされたが、収穫は多かったな。何も知らずに戦っていたらなすすべなく負けていたかもしれないが、これならある程度対策出来るはずだ」
「以前と同じ一対一でやるんですよね?」
「ああ。今回は本当に一対一にするつもりだ。ルー、マーチ、お前らもな」
「え……だ、大丈夫でしょうか。アイリスさん1人でもかなり苦戦していたのに」
夏の大会では、ルー、マーチはアイリス、フォンさんと二対二で戦っていた。あの時はフォンさんは一発しか魔法が使えなかったというのに、アイリス1人にかなり追い詰められていたな。
そのことを思えば、1人でアイリスと戦うのが不安なのも仕方がないだろう。むしろ僕も大丈夫なのかと思ってしまう。そこだけは以前同様2人にした方が良いのではないだろうか。
「王女もフォンも、強くなり過ぎてる。夏と同じ二対二だとどうしようもなく負けそうだ。かなりキツイだろうが、そうするしかないんだよ」
「た、確かにそうですけど……」
何度も魔法を使うことが出来るようになったフォンさん。会長と戦うことが出来るほどに強くなったアイリス。2人まとめて相手にするのは大変だというのは間違いない。
だが一対一にしたとして、それでどうにか出来るのだろうか。
「わたしがやるわ」
「マーチ、やるってのは、王女とってことで良いんだよな?」
「他に何があるのよ。そっちはわたしがやるから、ルーはフォンをお願い」
「フォンさんもかなり強くなっていますけど……でもアイリスさんを1人なんて」
「任せなさい」
無理をしているようには見えない。マーチが本気で隠そうとしたら僕に分かる訳がないけど、でも今は平気な演技をしている訳ではないだろう。
「分かった。じゃあアイリスはマーチに任せるよ」
「マーチさん……頑張ってくださいね」
「頑張ってじゃないでしょうが。あんたも頑張んのよ」
「は、はい!」
「んで、俺はクレイで、レオンはカレン」
「私はクル様ですわね」
「俺はティールだな! かなり強くなってるみたいだし、楽しみだぜ!」
以前はフォグル以外全敗した相手だ。しかも、その時よりも圧倒的に強くなっている。アイリスやフォンさんだけでなく、全員が以前とは別人と言っても良いほどだ。
だが、負けない。
今度こそは勝つ。
「やるぞ」
仲間たちの威勢の良い返事を聞きながら、フィールド上で勝利の喜びに沸くクレイたちを見遣る。
決戦の日は近い。僕たちの試合は、この班対抗戦の最終日。全てを締めくくる最終戦だ。




