第199話 露わになる脅威
会長や副会長の試合の時とは違い、空席が目立つドームの観客席。勝敗は最初から決まり切っていると考えられ、観戦する価値がある試合だとは思われていないのだろう。
クレイ・ティクライズ対アーサ・ナインフェール
アーサ班は現在1年生の第3位。クレイ班と僕たちの下につけている。が、その実力は大きな隔たりがあるとされていて、実際それは間違いではないだろう。
クレイ班とアーサ班が戦うのは今回が初めてだが、そう多くない観客たちの勝敗予想は完全に一つになっているはずだ。
「アーサ班だって弱くはない、というか普通に強いんだけどなー」
「そうだね。でも確かに、予想を覆されるとは思えないというのが正直なところかな」
「ああ。アーサ班は良くも悪くも基本に忠実だ。全体的に高い基礎能力から安定した作戦で確実な勝利を掴む。だが、それは逆に、決して実力で劣る相手に勝つことは出来ないということを意味している」
アーサ班が奇策を用いているところなど見たことがない。堅実に戦い安定して勝つか、実力通りに負けるかの2択。
今回は、まず間違いなく後者。
「わたしでもアーサ班の立場には同情したくなるわねー。だって、挑戦しようと思ったら相手はわたしたちかクレイたちでしょ? それ以外を選んだら上を目指す気持ちがないって評価されるとか、可哀想になってくるわ」
「その評価が直接成績に反映される訳ではないですけどね。でも格下と戦って勝っても結局大した評価はされないですし、自分たちの印象を悪くしてまでやることか? と言われると、まあなかなかないですよね」
実際、アーサ班が難しい立場にいることは間違いない。圧倒的挌上に挑むか、評価されない格下と戦うかしかないのだから。
でも、そういった評価云々がなかったとしても、
「どちらにしても、彼女たちは挑んでいたと思うけどね」
試合開始の合図がされる、その直前、
「わたしと一騎打ちをしていただけないだろうか!」
観客席に聞こえるほどの大きな声で、アーサ・ナインフェールが前に出てそう叫んだ。
「もちろんその一騎打ちに負けたら、我々はこの試合の負けを認め、潔く降参する。しかし、もしそちらが負けたとしても、試合はそのまま続行して構わない。どうだろうか」
観客席に騒めきが広がる。まさか班同士の試合でこのような提案をする者がいるとは。
「なるほど、考えたな。この提案、クレイは受けるだろう」
アーサさんが出している条件はかなりクレイに有利なものだ。それに、一騎打ちで勝利すれば戦った1人以外の情報を全く見せることなく試合を終えることが出来る。
恐らく一騎打ちに出てくるのはカレンさんだろう。その1対1でカレンさんが負けるとは思えない。クレイがこの提案を受ける可能性は高いように思える。
「逆に、どうしてアーサさんはこんな提案を?」
「そもそも最初から勝ち目が薄過ぎるんだ。6対6の同条件では絶対に勝てない。なら、この一騎打ちでどうにか勝利して6対5の数的有利を作る。かなり細い道だが、それが一番勝率が高い」
一騎打ちを行ったアーサさんは、仮に勝利したとしてもかなりの疲労が残るだろう。その上で、カレンさん抜きとはいえクレイ班を相手にするのは、相当キツイ。
それでも、そうでもしなければ勝ち目が見えない。そう考えた上での、一騎打ち提案。安定した戦い方をしてきたアーサ班とは思えない、奇策だ。
予想通り、クレイは一騎打ちの提案を受け入れたのだろう。一人が前に出てくる。
それは、班長クレイ・ティクライズだった。
「は……はぁ!? クレイが出てくるのか!? どういうことだ……。クレイの戦い方なんて、一番隠したいところじゃないのか……? それに、アーサとクレイが一騎打ち……? それは、勝ち目がないとは言わないが、相当苦戦するんじゃないのか……?」
あまりにも意外な選択。カレンさんか、そうでなくてもクルかティールさんか、ともかく前衛が出てくるところだと思うのが普通だ。
その予想を裏切ってのクレイという選択。その意図がまるで理解出来ない。何を考えているのか。クレイが出てくることに何のメリットがあるというのか。
「……良いのか? わたしはてっきり、カレン・ファレイオルが出てくるものかと」
「ああ、問題ない。そちらこそ、俺が相手で大丈夫か?」
「……そちらが問題ないと言うのなら、大丈夫だ」
一言二言交わして、合意が取れたのか距離を空けて向かい合う2人。
「アーサとしては、思ってもない好都合な展開だな」
「そうかい? 最大戦力であるカレンさんを一騎打ちで仕留められない方が辛いように思えるけど」
「いや、カレンは直接正面から戦ってくれるからやりやすい。それで勝てるかは別問題だがな。クレイは集団戦で最も脅威になる。1対1で戦わせてもらえるなら、ここでクレイを落としてクレイ班の遊撃兼頭脳を消した方が後に有利になる。それに、現実的に一騎打ちに勝ち目が見えるようになったってのも大きいな」
確かに、クレイは目を離すと何をするか分からない恐ろしさと、班員に的確な指示を出す頭脳を持っているのだから、先に落とせるなら落としておきたいのは間違いない。
だが……
「クレイがここで出てきたってことは、一騎打ちに確実に勝てると思ったってことだと思うんだよね」
「それは……まあ、そうだな」
この一騎打ち、一瞬も目を離せない。少しでもクレイの力を把握しなければ。
試合開始の合図がされる。
剣を抜き、その場を動かないアーサ・ナインフェール。それに対し、2本の剣を抜き放ち、ゆっくりと距離を詰めていくクレイ・ティクライズ。
「そう言えば、クレイは剣を使うようになったんだね」
「もしかしたら休み中に家に帰ってたのかもな。ティクライズ式鍛練でもしてきたのかもしれん」
腰の後ろに今まで使っていたナイフも差しているが、両腰には剣を差すようになった。ティクライズの剣を習得したのだろうか。
そんなことを考えている間に、あと数歩で剣の間合いというところまで接近したクレイ。そこで一気に加速して距離を詰める。
「……おい、何をしてる」
ハイラスの呟き。それが何を意味しているのか、それは僕にも理解出来る。僕もハイラスと全く同じことを考えているだろう。
クレイの動きは、決して目で捉えられないというほど速い物ではない。アーサさんほどの実力者ならはっきり見えているはずだ。
だというのに、
剣の間合いに入ってきたクレイ・ティクライズに対し、剣を構えたまま動かないアーサ・ナインフェール
そのまま、正面からクレイの剣が喉元に突き付けられ
アーサ・ナインフェールは、一歩も動かないままに敗北した。
ドームの天井から吊るされたモニターに、剣を突き付けられたアーサ・ナインフェールの姿が映されている。その顔は、愕然とした、信じられない物を見たかのような表情をしている。
その表情から、決して油断していてクレイの動きを見逃したなどというミスをやらかした訳ではないことが分かる。
実力で、一切の行動を許されず、敗北した。
「………………参りました」
長い沈黙の末、絞り出すかのようなアーサ・ナインフェールの敗北宣言。
それによって、試合はクレイ班の勝利で終わった。
「……何だあれは」
「そんなのわたしが聞きたいわよ! 何が起きたの!? 何でアーサはあんな何もせずに負けたのよ!?」
「全く分からないです。クレイさん、何か新技を身に着けてるのは分かってましたけど……どうなってるんですか、あれは……」
何が起きたのか、観客席からでは全く分からなかった。決してクレイから目を逸らしていないというのに、ただ接近して、剣を突き出しただけ、それだけにしか見えなかった。
「一つ言えるのは、多分クレイのあの技はまだ完成してなかった」
「はぁ!? あれで未完成だって言うの!?」
「違う。今まではってことだ。今回の一騎打ちで最終調整をしたんだろう。そのために出てきたんだ。もしかしたら、今までなら付け入る隙があったかもしれない。だが……」
恐らく、もうクレイに明確な弱点は存在しない




