第198話 魔法の拳
勘弁して欲しいわね。ただでさえ手が付けられないほど強化されてるっていうのに、更に強化することが出来るなんて。
何らかの方法で罠を突破してくる可能性はもちろん考えていたけど、更に強くなって無理矢理破壊してくるのは流石に予想外。
寸前で回避するとか、物を投げて罠を無駄撃ちさせるとか、そういう感じだと思っていたのに。
こんな、更に強化するなんて方法を取られちゃ
あたしの奥の手で押し切れるか分かんなくなっちゃうじゃないの
「吹き飛べや、フルームッ!!」
視認すら難しいほどの速度で距離を詰めてきたディアンが、その勢い全てを乗せて拳を打ち出してくる。
それに対し、
真正面から、拳で応戦する
腕を覆っていた水の大半がその一撃で剥がされた。気にせず逆の拳を打ち出し、同時に剥がされた水を纏い直す。
「テメェ、俺と正面から殴り合おうってのか?」
「そんな気はなかったわよ。でも仕方ない、たまには物理で行ってみましょうか」
何でもない風を装い、ディアンと殴り合いながら会話を行う。
が、体は今にも砕けそうな痛みを発している。
ディアンの打撃にも耐えられるほどに密度を上げて水を纏う。そして、纏った水を操って無理矢理ディアンの速度についていく。
ディアンには直接触れていない。あくまで打ち合ってぶつかっているのは纏った水。
だが、その衝撃は体の芯まで響く。
あたしの体を本来動かせないほどの速度で無理矢理動かしている。
その軋みが体全体に広がり、今にも腕が千切れそうなほど。
「おおおおああああぁぁぁぁぁッ!!」
「ぐうううううううぅぅぅぅぅッ!!」
一瞬も気が抜けない。あたしの目ではディアンの動きなんてとても捉えきれない。半ば勘に頼っているような状態で、ギリギリの攻防を続ける。
「意外とやれんじゃねぇか! オラオラオラオラァッ!! まだまだ行くぞォ!!」
「調子にッ! 乗ってんじゃッ! ないわよッ!!」
こんな戦い方、本当はやりたくない。当たり前だ。普段から素手での戦闘を鍛え続けている奴と、魔法使いのあたしが殴り合い? 馬鹿げている。まともな戦いになる訳がない。
辛うじて戦えているのは、素手で戦っているように見えて、実は魔法で戦っているから。それでも普段から鍛えている訳ではないあたしの体が、目が、追いつかない。
もう少し、ディアンの意識が完全にあたしとの殴り合いに向くまで
何とか耐え……ッ
「気ぃ抜くんじゃねぇぞ」
「ごふっ!?」
拳が腹に突き刺さる。鎧のように纏っていた水が弾け飛び、あたしの体も吹き飛ばされそうになって、
水で無理矢理その場に繋ぎ止める
「正気かオイ!? そんなことしたら、本来逃げるはずだった衝撃までモロに入るだろうが!」
「知……ったこっちゃ……ないわよッ!!」
弾け飛んで失った水も補充して纏い直し、再び殴り合う。ヤバい、今の一撃で意識がかなり怪しい。手足の感覚もよく分からなくなってきた。
「ククク、良い根性してんな。良いぜ、気が済むまでやってやらァ!!」
その顔には笑みが浮かび、明らかにディアンの意識が殴り合いに向いている。
この時を待っていた
こんな殴り合いをしていようが、あたしは魔法使い。ディアンの背後から、操った水で強襲し、
「知ってんだよ、そんなこと」
軽く繰り出された裏拳が、襲ってきた水を吹き飛ばした。
瞬間、
足元から突き上げるように伸びる岩の足場が、上空へとディアンを打ち上げる。
「なッ!?」
「忘れてた? あたし以外にも、ウチにはたくさん頼れる魔法使いがいるんだって」
正確には忘れていた訳ではないだろう。ディアンはそこまで迂闊じゃない。
殴り合いに集中する方向に気が向いた一瞬、僅かに出来た隙。そこを突いて襲ってきた攻撃への対応で、あたし以外に意識を向けるだけの余裕が削がれた。
そこを狙った一手。流石のディアンでも、
「踏ん張りがきかない空中じゃ、あたしたちの魔法に対応出来ないでしょ?」
全員で総攻撃。打ち上げたディアンを、ここで確実に仕留めるだけの攻撃を撃ち込む。
炎が、風が、岩が、水が、一斉にディアンを襲う。
一つ二つは何とか迎撃出来ても、空中では根本的に拳に勢いが乗らない。威力が足りない。
「おおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」
それでも諦めず襲い来る魔法を迎撃しようと振り回される腕を、足を弾き、押し切る。
「くっ……そが……ッ!」
意識を失ったディアンが落下してくる。流石にそのまま落とすと命に関わりそうなので、水で受け止めて床に降ろした。
「……よし、完全に気絶してるわね。はぁ……ゴメン、キツイわ。フィールドの水を操るだけはするから、他、お願い」
意識が朦朧とし、体が、特に腕が全然動かない。ちょっと冗談抜きで無理し過ぎたかも。
床に座り込んで何とか気絶だけはしないように耐えながら、水の操作に集中する。大丈夫。水で動きさえ制限すれば、残りは仲間たちだけで充分勝てる相手だ。
そうして、試合終了の合図が耳に入った瞬間、無理矢理繋ぎ止めていた意識を手放した。
「えーと……彼女、魔法使いだよね?」
「間違いなくな。魔法で無理矢理体を動かしたからって、あの状態のディアン先輩と僅かな時間とはいえ殴り合えるってのは……近接戦闘でも最高峰ってことになっちまうが」
恐ろしい。相当の負担が体にかかっていたようだが、逆に言えば負担さえ無視すれば最高レベルの近接戦闘が出来るということなのだから。
「あんなに強ぇなら会長相手の時も殴りかかれば良かったんじゃねぇか?」
「何を馬鹿なこと言ってんのよ。そんなことしたら次の瞬間には床を舐めるはめになるでしょうが」
正面からの近接戦闘では会長が最も強くなる。時を止めて剣を振るわれ、気が付いた時には試合が終わっているだろう。
「しかし、改めて副会長は恐ろしく強いな」
「そうだね。あんな戦い方もあるとなると」
「いや、違う。そこじゃない。副会長が本当に恐ろしいのは、一定の強さがない者を強制的に戦闘から排除するところだ」
……そういうことか。
会長の時も、ディアン先輩も、どちらもまともに戦えていたのは1人のみ。他のメンバーは副会長の水への対応で精一杯で、戦うどころではなかった。
その結果、会長もディアン先輩も、6対1の戦いを強制された。会長が追い詰められたり、ディアン先輩が敗れたのはそのせいだろう。
ディアン先輩は、もし副会長との1対1ならば負けなかっただろう。全ての魔法を素手で破壊するディアン先輩に対して、副会長はまともな攻撃手段がない。
副会長以外に敵がいなければそうそう隙を晒すこともないだろうし、恐らく無傷でディアン先輩が勝利していたはずだ。
副会長はそれ以外の作戦を知らないのではないかと思うほど開幕でフィールドを水に沈めるが、それが最も強い作戦なのだと理解してやっているのだろうな。
「特に今回のこの狭いフィールドだとな。逃げ場がないから、どう足掻いても水をどうにかしながら戦わないといけない。その上、水が生きているかのように自在に動いて襲ってくるだろ? 個人の強さはともかく、作戦としてこれ以上に強力な物はなかなかないと思うぜ」
「あんな魔法を使える人がいない、という点から目を逸らせば、わたしたちも採用したいくらいですね」
「逃げ場がない状態で周囲の全てが敵の武器なんだからな。こうして話してるだけでも恐ろしいことだぜ」
「副会長と戦う機会は多分ないけど……もし戦うことになったらどうするのが良いんだろう」
「レオンなら斬れるだろうし、俺は飛んで避けれる。フォグルのパワーなら吹っ飛ばせるか? 女子3人は……どうだろうな」
「私は木の上に避難出来れば……」
「わたしは……多分無理ですね……」
「ふん、舐めんじゃないわよ。わたしにだって新技があるんだから」
「あ? 何だそりゃ。聞いてないぞ」
「言ってないからね」
「おいおい、班の中で実力を隠すのは止めようぜ。作戦も考えないと駄目なんだから」
ハイラスの言葉に、マーチは気まずそうに目を逸らす。何だろう。何か事情でもあるんだろうか。
「ちょっと普段からトレーニングで使うには負担が大きいのよ。まあ、クレイ班とやる時にはちゃんとするから」
「負担って……大丈夫なのかい? あまり無理をしないといけないようなら、作戦を考え直すことも……」
「そんなこと気にすんじゃないわよ。大丈夫、疲れるだけだから」
本当に大丈夫なのだろうか。それ以上何も言わないマーチから、新技とやらについて聞くことは出来なかった。




