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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第8章 掴み取る頂点
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第191話 油断も慢心も

 会長の初戦は、2年新聞部部長のニーリス・カレッジ班。僕たちも戦ったことのある相手だが、とにかく速いというのを覚えている。

 特にニーリス先輩とラル先輩の高速連携は凄まじく、僕も目で見るのは諦めて機を窺うしかなかった。


 能力は高い。間違いなく強者。だが……


「なーんでニーリス先輩は会長に挑んだのかねぇ。正直勝ち目があるとは思えないんだが」


 ハイラスの言う通り、申し訳ないが勝利を狙うことが出来る戦力差だとは思えない。


 もちろん、2年生であるニーリス先輩が挑戦しても良い相手なのは間違いない。上を目指すなら戦わなければならない相手だし、高い壁に挑む姿勢は評価されるだろう。


 しかしそれでも、挑むべき相手は別にいると思う。


 2年生は現在、成績上位から順番に、会長、ウェルシー先輩、そしてニーリス先輩という並びになる。

 圧倒的頂点の会長、何とか追いすがるウェルシー班、そして遥かに引き離されてニーリス班。その後ろは影すら見えない。そんな状態だ。


 少しでも上に行きたいなら、現実的に勝ち目が見えるウェルシー班に挑むべき。現在の位置で満足出来るなら、4位を叩きに行くべき。

 どちらにせよ、会長に挑むのはあまりにも高望み。無謀。それがこの試合に対する一般的な評価だ。


「良いじゃねぇか! 目指すのは頂点だけだぜ!」


「ホント、バカなんだから。絶対勝てない相手に挑む意味はないって言ってんのよ」


 そう、絶対に勝てない相手に挑む意味はない。自分の実力も正当に評価出来ないのかと思われるだけで、何の得もない。


 それでも挑んだというのなら、



「勝算がある、と思ったんじゃないですか。きっと」



 ルーの呟きが、フィールドに出てきた彼女の想いなのだろう。








 試合開始、その瞬間全員で駆け出すニーリス班。


 ドームで行われるこの試合は、最初から相手の姿が見えている。野外フィールドと比べて面積も圧倒的に狭い。

 以前僕たちと戦った時のような、木を足場にした立体的な動きは不可能だ。会長を見失う心配はないが、それでも不利なのはニーリス先輩たちの方だろう。


 高速で間合いを詰めたニーリス先輩と会長が激突する



 瞬間



 振り向いた会長の剣と、いつの間にか背後に回り込んでいたニーリス先輩の短剣がぶつかり合う



「速い!」


「え、どういうこと? 何が起きたのよ」


 ラル先輩と連携しながら、会長の周囲を動き回るニーリス先輩。何度も、何度も、会長が時を止めたと思われる場面があったが、その度にニーリス先輩、ラル先輩のコンビもいつの間にか移動していて、まるで互いに時を止め合っているかのように対応している。


 それ以外のメンバーはとにかく他の相手の足止めに専念し、人数不利の状況をギリギリのところで凌いでいる。


 この試合、会長とニーリス、ラルのコンビの戦いに勝利した方が勝つ。


 大方の予想を裏切り互角の戦いを繰り広げている試合に、観客からは困惑の騒めきが漏れ出している。何が起きているのか。ニーリス・カレッジも会長と同じ技を使うことが出来るのか。会長は手を抜いているのか。

 理解出来ない状況を少しでも理解しようとフィールドに釘づけになり、観客席は自然と静まり返っていた。


「ハイラス、分かるかい?」


「あー、多分。ちょっと自信ねーけど」


 会長の時止めには制限時間がある。恐らく、止めていられる時間は一度に1秒程度。だから基本的に会長は、剣を振るう直前に時を止め、止まった時の中で剣を振り下ろし、相手が倒れる。


 それなら、その1秒の間に攻撃されないようにすれば良い。


 時が止まる瞬間を読み、止まる直前に一気に加速。会長の視界から消える。


 すると、会長は相手を探してから剣を振らなければならず、1秒で仕留めることが出来なくなる。


「多分理屈としてはこうだ」


「本気で言ってんの? そんなの、いつ時が止まるのか完璧に読み切らなきゃ駄目じゃない。その上、時が動き出した瞬間に会長の動きに対応しなきゃいけない訳でしょ? そんなことが可能なの?」


 ニーリス先輩たちは明らかに以前より速くなっている。速度だけなら、もしかしたらサラフ先輩に強化された状態のディアン先輩に迫るかもしれない。

 しかしそれでも、時止めのタイミングが読めなければ意味はない。クレイのような解析能力がある訳でもないのにそんなことが出来るとは。新聞部の情報収集能力で、会長の癖でも見抜いたんだろうか。


「すっげぇなオイ! あの会長を完全に抑え込んでるぜ! これはもしかしたら勝っちまうんじゃねぇか!?」



「いや、それはない」



「ああ? 何でだよ。互角にやり合ってんだから分かんねぇだろ」


 フォグルの言う通り、本当に互角に戦えているのならどちらが勝つかは分からないだろう。しかし、正しいのはハイラスの方だ。


 この試合、ニーリス先輩の勝ちはない。


「会長が時止めを使っているのは、剣の内側に入られそうな瞬間。つまり、ニーリス先輩たちの攻撃チャンスだ。その瞬間以外はほぼ常に会長が攻撃側。攻めているのはいつだって会長で、数少ないチャンスをものにするために踏み込んでも、時止めのせいで防御に回らざるを得ない」


 互いに一切の傷がないため互角に見えるが、実際は常に攻め続けている会長の攻撃を何とか凌いでいるニーリス先輩という図。



「つまり、残酷なことを言うようだが、時止めがないとしても、単純な実力差で勝敗は決まっている」



 それが現実。速度だけ勝っていても、総合力では勝てない。それが現れている。


 再びニーリス先輩、ラル先輩に攻撃チャンスが訪れた。連携して会長に隙を作り、剣の内側に入ろうとする。

 この後はきっと、いつの間にか移動していたニーリス、ラル両名を時止めによって迎撃する会長、という図式になるのだろう。



 その予想を裏切り



 次の瞬間、あらぬ方向を向いた会長の背後から、ニーリス先輩が強襲する



 それに対し、自身を加速させてギリギリで対応する会長。ニーリス先輩たちも連携して何とか加速している会長相手に粘っていたが、加速が終わるまでの3秒を耐えきることが出来ず敗北。


 試合は会長たちの勝利で終わった。


 思わぬ健闘に、観客から拍手の音が響く。僕も、称賛と謝罪の意味を込めて拍手をする。結果を分かった気になっていたことが恥ずかしい。


「最後、何が起きたか分かるかい?」


「恐らく、速度を上げたな。それまでの動きは全力じゃなかったんだ。会長の目が慣れてきた時を見計らって、急加速して一気に仕留める作戦だったんだろう」


 全力を出さずに会長と戦っていたのか。そんなことをすれば、最悪本気を出す前に敗北する恐れもあるというのに。それだけ勝利を目指していたんだろう。


「凄いな……」


「ああ。圧倒的挌上相手に使う作戦じゃない。尋常じゃない胆力だぜ」


 それもそうだし、ニーリス先輩たちの成長も凄まじい。約半年でここまで伸びるとは。


「何か特殊な鍛錬でもしていたんだろうか。参考になるかもしれないし、話を聞いてみたいな」


「そんなの教えてくれる訳ないでしょ」


「分かりませんよ。彼女は新聞部なのですから、何か情報と交換なら教えて下さるかもしれません」


「あはは、そう都合良くはいかないと思いますけど。でも確かにニーリス先輩たち、スゴイ成長でしたね。夏とは別人のよう……」


「ん? どうしたんだい、ルー」


 話の途中で急に黙り込んでしまったルーの様子が気になり、声をかけてみる。聞こえているのかいないのか、しばらく黙ったままだったルーだが、ふと口を開いた。



「会長が全く成長していない……?」



 その呟きはとても静かだったが、やけに耳に響いた。確かに、会長は夏と何も変わっていない。使っている技も、剣技も、身体能力も、元々凄まじく強力だが、以前と変わらない。


 そんなことがあり得るだろうか。あの努力家の会長が?


「……何か、隠してるかもしれねーな」


 もしそうだとすれば、それは今後戦う相手への対策だろう。その相手とは、ウェルシー先輩か、副会長か、それともクレイか。


 いずれにせよ、油断も慢心も微塵もないということだ。改めて、その壁の高さを実感した。

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