第190話 初戦観戦
現在の仲間たちの能力に合わせた調整を行い、あっという間に一週間。いよいよ対戦スケジュールが発表された。
学園内の至る所に、ズラッとスケジュールが貼り出されている。全ての班について書かれているものだから、一日の予定に一枚の紙を使用した膨大な情報量だ。
学科試験の成績確認が大変だと苦情でも入ったのか、掲示板のみに貼り出すのは止めたらしい。見やすくて助かるのだが、学園のそこら中に20枚近くもの紙が貼られているのは、それはそれでどうなんだろう。
放課後、スケジュールについて話すために集まる。
「スケジュールは確認しているね?」
「はい。どうやらわたしたちはクレイさんたちだけのようですね」
僕たちに挑んでくる班は存在しなかったようで、僕たちが行う試合は対クレイ班の一つだけとなっていた。これは予想出来たことだ。
「ま、そうなるわな。実力があって上を目指す班はクレイのとこに挑むし。同等の強さなのに勝ってもワンランク評価が下の俺らに挑むメリットなんてない。個人的事情でもなけりゃ、俺らに挑んでくるような班はねー訳だ」
実際、クレイ班はそれなりの試合数が組まれている。アーサ・ナインフェール、スイリー・マグバールを始めとした、同学年の実力者たちが挑んでいるようだ。
クレイ班は、それら同学年の実力者を相手にした後、会長の班と戦い、その後に僕らとの試合が待っている。1年生なので他学年から挑まれるようなことはないが、それでも大変だ。
「なあ、不公平じゃねぇか? クレイたちは何度も戦ってるところを俺らに見られるのに、俺らは一回も見られない訳だろ?」
「確かにそうね。脳筋にしては良いこと聞くじゃない」
フォグルの疑問はその通りで、観戦が自由となっている以上、試合数が多い方が不利になるのは必然だ。クレイ班はまだ試合と試合の間が数日あるからマシな方で、中には毎日試合なんていう班も存在する。
しかしこれは、恐らくわざとそう作られているのだと考えられる。
「成績上位で挑まれる回数が多くなるであろう班ほど不利になる。そう仕組まれているのですね」
「ああ? なんだそりゃ。せっかく頑張って良い成績取ってきたのに、不利にされるのかよ」
「ここは良い成績を取るための学園じゃないからな。強くなるためには、抜きん出てちゃ駄目なのさ」
絶対強者のみが勝利し、他には一切のチャンスがない。そんな状態は望ましくないと学園側は考えている。全体のレベルを上げるためには、どれだけ強い者でも負ける可能性があった方が良い。その方が、多くの人間が努力するモチベーションになるからだ。
強者側としても、全力で挑んできてくれる相手がいた方が更に強くなれる。みんな怖がって挑戦してこないから手を抜いても良いや、などと考えていられる余裕があってはいけない訳だ。
その結果、挑まれれば挑まれるほど不利になる現在の形が出来上がった。
「でも、あまりにも突出していると話は変わるようですね。会長のことですけど」
上位の班は、10以上もの相手に挑まれることも珍しくない。特に3年生は多い傾向があり、卒業前に少しでも成績を上げたいと必死の3年生や、より高い評価を求めて挑戦する下級生に挑まれ、フルーム班、ディアン班の2班はかなりの試合数になっている。
対して、会長の班の試合数はたったの4。
自らの挑戦権は放棄し、挑んできたクレイ班、フルーム班、ウェルシー班、ニーリス班との試合だけとなっている。
「ご自分の挑戦権を放棄されているのは何故でしょう?」
「生徒会で聞いたんだけど、基本的に生徒会長の椅子っていうのは最強が座るものなんだよ。成績もトップであることが多い。だから、暗黙の了解で生徒会長は挑戦権を放棄することになっているらしい」
逆に、ここで挑戦権を使用することは、歴代の生徒会長に比べて自身が劣っていると喧伝しているも同然なのだとか。現会長のダイム先輩はあまりそういうことを気にする人ではないが、無意味にこれまで守られてきたしきたりを破る必要もないということで、挑戦権の放棄を決定した。
「さて、それじゃあ観戦スケジュールを決めようか」
クレイ班の試合を全て観戦するのは当然として、他にも見るべき試合はたくさんある。話し合って、これからの観戦、トレーニングのスケジュールを決定した。
希望制班対抗戦初日。今日は早速クレイ班の試合がある。ドームの観客席に入り、試合開始を待つ。
クレイ班の相手は、スーラン・ハミー班。記憶が確かなら、1年生限定の対抗戦でクレイ班と一度戦っていたはず。その時の敗北が悔しくて、リベンジのために挑戦したといったところだろうか。
あの頃のクレイ班は4人だったが、それでもスーラン班はほとんど何も出来ずに負けていたはず。どれだけ鍛えてきたかは分からないが、流石にクレイ班に勝つのは難しいだろう。
そう考えていたのだが、それでもまだ考えが甘かった。
試合開始の合図がされた、次の瞬間、
天から落ちる一条の光
それだけで、試合は終了した。
「これはまた……なかなかに酷いな」
スーラン班には魔法使いが2人いる。その2人もなかなかの練度で、降ってくる雷に対してしっかり反応して防御しようとしていた。
炎と水の防御壁。更に、仮にそれが突破されたとしても対応出来るように、他の4人も武器に魔力を込めて雷を弾き返そうと構えていた。
6人全員が全力で対応に動き、
しかし、それら全てを飲み込む巨大な雷が、一撃で殲滅してしまった。
「アイリス、かなり鍛えてきたようだね」
以前のアイリスなら、防御壁を貫くところまでは出来ただろうが、その後全員を一撃で落とすほどの威力はなかったはずだ。範囲も異常に大きくなっているし、相当の鍛練を積んできたと思って良いだろう。
「さて、今の試合で分かったのは二つ」
そう前置きして、ハイラスが話し出す。今の一瞬の試合から二つも読み取れることがあったのか。流石はハイラスだ。
「一つはアイリス・ヴォルスグランの強化。明らかに攻撃範囲が広くなっている。恐らく、魔法の広域化をメインに練習してきたんだろう」
「それは見てれば分かるわ。もう一つは何なのよ」
「クレイは恐らく、まともに試合をする気がない。挌上の、それこそ会長と戦うまで、全て一撃で薙ぎ払う気だ。情報を探らせないために」
それは、傲慢とも言える考え。だが、今の試合を見せられては、不可能だと断ずることも出来ない。
むしろ、あれを止められる班が同学年にいるのだろうか。もちろん僕たちなら可能なはずだが、それ以外に……。
「もしスイリー・マグバールやアーサ・ナインフェールでも止められないようなら、俺たちは全くクレイ班の情報を得られないままで試合に臨むことになるだろうな」
やはりその2班くらいしか可能性はないか。魔法特化型のスイリー班、オールラウンダーで全体的に能力が高いアーサ班の2班なら可能性はあるだろう。
「あれ、待ちなさいよ。わたしたちの前に、クレイたちは会長と戦うんでしょ? だったらその時に情報は入るんじゃないの? 流石に会長相手に手抜きは出来ないでしょ」
「それはそうだろうな。全く得られないは言い過ぎた。だが、会長と戦う時と俺たちと戦う時では、クレイが採用する作戦がまるで違う。どれだけ参考になるか……」
今回も以前と同様、クレイ班には1対1の形式で挑むつもりだ。仲間と連携して戦う場合と一人で戦う場合で、全く違う戦い方になる人は多い。クレイ班の場合、最も戦い方が変わるのがアイリス、変わらないのがカレンさんだろう。
「今考えても仕方ねぇぜ! とりあえず、見れるだけ見て、出来るだけ対策して、後は全力で戦うだけだ! どうせこっちの情報を取られてないんだから、少しでも見てる俺らの方が有利ってことに変わりはねぇ!」
「あんたはまたそんな……いや、まあその通りかもね」
「ふふふ、フォグル様らしいですわね。良いと思います」
「ああ、ちょーっち考え過ぎてたかもなー。少しくらい出たとこ勝負でも良いか」
暗くなっていた雰囲気が、フォグルのお陰で持ち直した。分かってやっているのか分かっていないのか、彼はこういったムードメーカー的役割を果たしてくれる。とてもありがたい存在だ。
「…………」
「ルー? どうかしたかい?」
「いえ……とりあえず、今はいいです。もう少し見れば分かるかもしれないので」
「何か気になることが?」
「……クレイさんが一歩、動いていたような気がして。アイリスさんの一撃で仕留めるつもりだったなら、クレイさんは何をしようとしていたのかなって」
「うーん、仕留めきれなかった場合に備えていたとか。そうでなくても何となく一歩動いただけかもしれないし、あまり気にしなくても良いんじゃないかな」
「……そうですかね」
納得出来ない様子だったが、それからルーが何か言うことはなかった。




