第188話 挑戦
「では、俺たちは学園に戻る」
「うん……」
年末を兄妹や仲間たちと共に家で過ごし、年明け。予定通り、学園に帰る。やはりレーナは寂しそうにしているが、俺が今後は出来るだけ帰ってくるようにすると言ったからか、泣きそうなほどではない。
「良い子にしていろよ。しっかり勉強して、グレグの言うことをよく聞くように。だが、嫌なことがあったらいつでも連絡してきて構わないからな」
「うん!」
「クレイ、兄というより、父親みたいね」
「誰が父親だ。あんな堅物ではないぞ、俺は」
全部自分で決定して、行動の理由も誰にも話さず、常に仏頂面で威圧感をばら撒くような人間になった覚えはない。
「でも、僕たち兄妹の中で一番父さんに似ているのはクレイだよね」
「確かにそうかも。むしろわたしも兄さんも、全く似てないって言うべき? お兄様だけだよね、父さんに似てるとこがあるのって」
「全然嬉しくないな」
戦闘能力以外は反面教師にするべきなのではないかと思えるくらい、人とのコミュニケーションが苦手な人間だ。似ているという評価はまるで喜べない。
戦闘能力まで似ていたら良かったのに、とも思うが、もしそうだったら今の仲間たちとの関係もなかっただろう。そう考えると、今までの出来事に無駄なことなどなかったと思える。
「クレイも、学園でもしっかり鍛練するんだよ。新しい技があったとしても、クレイの剣の実力が微妙なことに変わりはないんだから」
「分かっている。やっと強くなる道筋が見えてきたんだ。手抜きなどしている余裕はない」
「なら良いけどね。じゃあ、また」
「ああ、そちらも、元気で」
家に背を向け、出発する。
この家を出ることに、少しでも寂しいと感じるようになるとは。人生何があるか分からないものだな。
「ねえクレイ」
「ん?」
学園都市へ向けて魔導列車に揺られることしばらく。ずっと座っていても疲れるので、少し歩いて体をほぐしていたところに、アイリスがやってきた。
周囲には人の姿はない。声を潜めている様子から、このタイミングを狙ってきたことが分かる。
「結局、あなたの父親は何がしたかったの?」
流石にあの説明で納得は出来なかったか。事情があるのだと理解はしたが、それでも気になってしまうことに変わりはないのだろう。
「……今から話すことは、機密事項として扱われている。だから父は話すことが出来なかった」
「え、ちょっと待ってよ。何でそれをあなたが知っているの? 話しちゃって大丈夫なの?」
「俺は別ルートからその情報を手に入れていたから、一応機密の漏えいには当たらない、と考えている」
「詭弁ね。でも、良いわ。教えてくれるなら」
本当はアイリスにも話さない方が良いのかもしれない。アイリスは色々と考えてしまう方だから、もしかしたらこの情報を共有することで悩ませてしまう可能性もある。
だが、アイリスは既に悩んでいる。
陛下が何故人間の限界を超える研究を推し進めているのか。それに犯罪者を利用してまで。直接尋ねても誤魔化されたその答えを、アイリスは求めている。
学園で最優秀班になり、自分が陛下の手から離れることで、その真意を質問出来るだろうと考え努力しているが、それも絶対ではない。仲間の悩みを晴らすことが出来る情報を持っているのだから、共有するべきだろう。
ミュアの未来予知、父に伝えられていた破滅の未来、全てをアイリスに伝える。
「……人間全体の危機? 少しでも多くの戦力が必要? 5年以内? ……そう」
半信半疑の様子で戸惑いを表情に出しているアイリス。無理もない。急にこんな話をされても、簡単には信じられないだろう。
しかし、俺はこんな重々しい雰囲気でこんなたちの悪い嘘は吐かない。それをアイリスは理解しているため、段々と表情を曇らせていく。
「つまり、お父様が犯罪者を使ってまで研究を推進しているのは、これから起こるであろう危機に対処するため」
「恐らくな。他の2国でも同様に戦力強化が推進されているようだし、信憑性は高いと思っている」
「はあああぁぁぁぁーーー…………」
目を閉じ、深い深いため息を吐くアイリス。そして、暗かった表情をパッと明るくして、言った。
「決めた! やっぱり最優秀班は絶対取るわよ!」
「どうした急に」
「国民に秘密にしているのはともかく、わたしにも話してくれないのは要するに、話してもどうしようもない、役に立たないと思われているってことでしょ」
どうだろうか。学園祭の時の様子を見る限り、陛下は息子、娘のことを大切にしているように思えた。つまり、危機について知らせていないのは、ただ単に余計な心配をさせたくなかっただけという可能性もある気がする。
「だから、学園で最優秀班になって、お父様に言ってやるのよ!」
「……何て?」
「わたしは強いんだから、もっと頼りなさい! って!」
「……フッ」
「笑った!? 何で笑うのよ!?」
「いや、馬鹿にした訳ではなくてな」
相変わらず、我がままで真っすぐなお姫様だ。しかし、お陰で決まった。俺たちは、ただ最優秀班に選ばれるのではなく、実力を証明していかなければならない。
ならば、休み明けの対抗戦。挑戦する相手は決まっている。
「会長たちに挑むぞ」
「……! へぇ、良いじゃない……!」
リベンジだ。今度こそ、最強の座を奪い取る。
「いよいよだね」
「ああ、今度こそ、今度こそは勝つ」
「おおよ! そのために今まで特訓してきたんだからな!」
「強くなっているのはあちらも同じだと思います。油断は出来ません」
「弱気になってんじゃないわよ! やるなら勝利よ! それしかないわ!」
「行きましょう」
「フルーム、準備は出来ていますか?」
「もちろん! さあ、最強を証明しに行くわよ!」
「サラフ、行くぞ」
「うん、諦めたりなんて、出来ないもんね」
「ねえクロ君、勝てるかな?」
「作戦は組みました。後は、相手の成長がどれほどか」
「ラル君、どうしよう。挑んでも良いと思う? 流石に高望みし過ぎ?」
「ニーリスなら、やれる」
「会長、スケジュールは見ましたか?」
「はい、確認しています。やはり、強敵揃い。挑戦心がある方ばかりで、大変喜ばしいことです。確実に勝てる相手ではなく、より高みを目指している」
「……楽しそうですね」
「ええ、とても。楽しみで仕方がないですよ。熱い戦いになるでしょう。しかし」
勝つのは、わたしたちです
提出された書類を確認する。やはり、上位の班は挑戦し、下位の班は安定を取る傾向が強い。これは例年通りだ。
しかし、あの絶対強者、生徒会長ダイム・レスドガルンへの挑戦を決めた班がこれほどあるとは、大変喜ばしい。
挑戦なくして成長はあり得ない。
それでこそ、この学園を創った意味もあるというもの。
「まだまだ足りない。もっと、もっと、強くなってもらわなければ」
一枚一枚書類を確認していく。挑戦心の乏しい班が大半の現状、これから考えていかなければならないのは、この辺りの改善案だろうか。
そうしてパラリパラリと確認していく中で、目に留まる一枚。
「クレイ・ティクライズ」
学科試験の結果には何度も驚かされている。対抗戦でもその能力の高さは見えている。
が、まだ予測を超えるほどではない。
学科試験のように、わたしの予測など軽々と超えて行って欲しい。入学時から期待しているのだが……。
「そろそろ、見せてくれるかな?」
わたしは常に、わたしの予測を超える出来事を欲している。
これにて第7章完結となります。
申し訳ないのですが、かなりストックが減ってきてしまって、今まで通りのペースで投稿出来そうにありません。今まで隔日投稿だったところを、倍の4日ごとの投稿にさせてください。
今後とも投稿自体は続けて参りますので、引き続き「盤面支配の暗殺者」をお楽しみいただければ幸いです。




