第187話 団らん
新たな技の構想は固まった。あとはこの家にいなくても練習出来る。そろそろ学園に戻っても良いだろう。
「もう行っちゃうの……?」
レーナの物凄く寂しそうな視線が突き刺さる。こうなるのは分かっていたが……これを無視して学園に戻るのはなかなかキツイな。
「今後はちゃんと長期連休の度に帰ってくるから、な?」
「うう……一週間はいるって言った! まだ一週間経ってないのに! 嘘つき!」
「それは……」
確かにそうだ。レーナにいつまで家にいるのかと尋ねられて、一週間くらいと答えた。学園に急いで帰る必要がある訳でもないのに、その返答を嘘にする意味はあるだろうか。
家族と多少和解出来たといっても、この家が俺に苦痛を与えてきた過去は変わらない訳で、理由もなく早く離れたいと考えていた。
「良いじゃない。明日は年末だし、家で過ごしたら?」
「そうですよ! あたしもレーナちゃんともっと一緒にいたいですし!」
当たり前のように仲間たちもこの家で年末を過ごすことになっているが、まあ良いか。
「わたしは城に戻る。クレイ、鍛練は続けるように。怠れば、恐らく命に関わる」
「ああ、分かっている」
少しでも実力をつけて、備えなければ。5年以内に訪れる災厄に。
父が城へと出発した後、ではこれからどうしようかという話になる。
「年末だし、パーティーでもする?」
「パーティーと言えば、アイリスは城の方はいいのか? 年末だし、貴族たちが挨拶に来たりするんじゃないのか?」
「あー、大丈夫大丈夫。今年から学園に行ってるっていうのは知られてるから」
だからこそ貴重な機会である長期連休の際にはアイリスやレオンに会いに来るんじゃないのか、とも思えるが……本人が良いと言うなら良いか。
「パーティーを行うのでしたら、私は料理を用意して参ります」
「ああ、頼む」
「あ、わたしも手伝います」
「いえ、お客様にそのようなことをしていただく訳には」
「わたしは王城でメイドをしている者です。少しはお役に立てると思いますよ」
「ほう……なるほど。では、少々お手伝いいただけますか」
クロウとクルが料理をしに向かう。クロウが手伝いを許容するとは、珍しい。何でも一人でこなせるものだから、誰かに手伝われるのが苦手だったはずだが。
普段はそんな様子を見せないが、向上心があるということなのだろうか。
「クロウがお手伝いしてもらってる。初めて見た」
「そうなんですか?」
「うん。わたしもスッゴイ昔にお手伝いしようとしたことあるけど、全然やらせてくれなかったもん」
「クルは王城勤めのメイドだからな。学ぶところが多いと思ったのだろう」
「えー、クロウよりスゴイってこと? 何か、信じられないなー」
レーナは俺と違い、何度か城に連れて行かれたことがある。その時に王城勤めの使用人も見ているはずだが……まあ、その仕事ぶりをマジマジと見た訳でもないしな。あまり凄さが分からないのだろう。
「なら、見に行ってみるか」
「うん、行く」
レーナを連れてキッチンへ向かう。そこには、2人揃って残像が見えるほどテキパキと動いて調理を進めている異様な光景があった。
「む、クルさん、それは……」
「はい、これはですね……」
「ほう、ではこちらは……」
「こちらは……」
手を動かしつつ、クルに何事かを質問するクロウ。やはり料理の腕はクルの方が上のようだ。
「うわー、全然何してるか分かんない……。でもクロウが質問する側ってことは、クルお姉様の方がスゴイんだ」
単純な料理の腕ならそうだろうな。だが、
「おや、珍しい味付けをしますね」
「ええ、ティクライズ家の皆様のお好みの味です」
「詳しく教えていただけますか!」
「え、ええ……」
クロウは俺たちのことを知り尽くしている。仲間たちの好みに合うかは分からないが、俺たち兄妹の好みを良く知っている。
これにクルから学んだ料理技術が加わるとすれば、きっとこの家の料理は更に美味くなるのだろう。
食事の時間が楽しみになってきたな。
「そろそろ戻るか」
「うん。早くご飯の時間にならないかなー」
レーナと手を繋いで、仲間たちが待っている部屋へと戻る。
「クレイは基本的に黒色の物を好むんだけど、色自体は青や水色が好きなんだよ」
「ふむふむ」
そこには、グレグの話をメモを取りながら熱心に聞く4人の姿が。
「……何をしている」
「あ、おかえり、クレイ。お前が自分のことをあまり話してくれないと相談されたから、僕から教えてあげようと思って」
「ふふーん! お兄様のことならわたしが一番良く知ってるもん!」
「クレイを傷つけていることにずっと気づいていなかったのにかい?」
「うっ……」
グレグに相談するほど、俺は自分のことを話していないだろうか。確かに好きな色なんて話をしたことはないが、それはお互い様のはずだ。俺だって仲間たちの好きな色など知らない。
「えーっとね、クレイ、そのー、別にあなたのことを隠れて探ろうとしていた訳ではなくてね?」
「そう! ただ少し知りたいなーと思っただけだ!」
「ですです!」
「ん」
何の言い訳にもなっていないが、それは良い。別に怒っている訳じゃない。
「というか、フォンならその程度は知っているんじゃないのか?」
「ん。大体。知らないこともある」
「別に、その程度のことなら聞かれれば答えるんだがな。秘密にしている訳でもないし」
「分かっているけれどね。でも、改まってこんなどうでも良いことを聞く機会もないというか……ねえ?」
それから、せっかくの機会ということで、お互いにどうでも良い質問をし合いながら時間を潰す。
「ん。じゃあお風呂でどこから洗う?」
「お兄様は頭から洗うよ! 体は左腕から!」
「何で知ってるの?」
「一緒に入ってたから?」
「いつまで?」
「お兄様が学園に行っちゃうまで!」
仲間たちの視線が突き刺さる。言い訳というか事実としては、レーナが勝手についてくるからそのまま一緒に入っていただけで、俺から誘っていた訳ではないんだがな。
「お待たせしました! お食事の時間ですよー!」
ちょうど良いところでクルが呼びに来てくれたので、食堂へ移動する。別に悪いことをした訳でもないのに、何故これほど疲れなければならないのか。
食堂のテーブルには、豪華な料理がずらりと並べられている。これを短時間で2人で用意したというのだから、その能力の高さには驚かされるばかりだ。
「グレグ、挨拶」
「え、僕がやるのかい?」
「当たり前だろ。父がいない今、この家の代表はお前だ」
「えー、この集まりの中心はクレイなのに……」
ぶつぶつと文句を言いつつも、立ち上がって全員の注目を集めるグレグ。
「そうだな……今年も、無事に生きてこの年末が迎えられたことを祝して、そして、これからの無事を願って」
「重いわね……」
乾杯!
全員でワイワイと騒ぎながら、食事を楽しむ。
まさかこの家で、家族と共に、こんな楽しい時間を過ごすことが出来るようになるとは、想像もしていなかった。
完全に和解したとは言えない。父とはまだ距離感を掴みかねているし、兄とは所々で会話が途切れそうになるということが多い。
だが、父が課す鍛練の意味を知り、父や兄だってちゃんと人間なんだと思えるようになった。
あの日、母が亡くなった時、父はこう言っていた。
悲しんでいる時間などない。お前には足りない物が多すぎる。
つまり、悲しみの感情はあったんだ。それを押し殺してでも鍛練をしなければならないと考えていただけ。
だから、きっと。これからは家族らしく出来るんじゃないかって。
そう、思えた。
次回で第7章完結となります。




