第183話 壁を越える
「ティール！！」
「はいっ！！」
振りかぶったハンマーを、地面へと叩き付けるティール。
轟音
元々ボロボロだった訓練場のフィールドは、ティールの怪力によって更に荒れ果てる。
平坦な場所など最早なく、荒野の岩場か何かのようにデコボコの地面はまともに走ることすら難しい。これで奴の機動力を少しでも削ぐ。
「疾風」
地形の影響などまるで見えない神速。気付けば既に間合いは詰まっていて、突き出された剣先が喉元に迫っている。
すれ違うように背後へ抜ける
一瞬俺を見失った奴の背に向けて剣を振り降ろし、
「ガハッ！？」
腹を抉るような回し蹴りに吹き飛ばされる。
いてぇ、が、隙の大きい動きを引き出した。
「はああああぁぁぁぁぁッ！！」
「破滅の閃光！！」
魔力を帯び輝いたティールのハンマーと、上空から落ちてくる雷が同時に奴へと迫る。
回転して蹴りを放った直後の体勢、剣はまともに振れないはず。
「地水・滝聖剣」
ハンマーを振り下ろしていたはずのティールが振り上げた状態になり、落ちて来ていたはずの雷が消失する。
「え？」
「ティール！」
驚きに動きを止め、隙を晒してしまったティール。それを見逃してくれるほど優しい敵ではない。
悠々と体勢を整え、振り下ろされる剣。
奴も体勢を整える時間があったお陰か、ギリギリでハンマーの柄を挟むのが間に合ったティールだが、受けきることは出来ず。
俺の隣まで吹き飛ばされてきたティールと並び、間合いの開いた奴を睨む。
「今のがシュデロの言っていた分身したように見えるフェイントか。単純な仕掛けだ。こんなものに何度も引っかかっていたのか、奴は」
騎士団長と戦った時にも使った、深いフェイントを入れることで分身したように錯覚させる回避。一度使っただけで完全にバレたか。
優れた観察眼を持つ父にもそれなりに通用すると思っていたが、その観察眼でしっかりフェイントの動きを見られてしまったようだ。
もう同じ作戦は通用しない。今ので決められなかったのは、辛いかもしれない。
いや、奴の防御技を観察する機会を得られたと考える。
大丈夫だ。勝機は、ある。
一つ、決め手となる仕掛けを施しつつ、駆け出す。
魔法陣から煙幕を発生させ、奴の周囲を覆う。
煙幕に突入、そのまま正面から突撃。
「一つ覚えだな」
通常通り見えているかのように対処に動いてくる父。足音もたてているし、気配も消していない。これに対処されるのは当然。
剣の間合いに入る直前、ここで気配を消し、全速力で背後に回る。
背後から斬りかかり
跳び退く
瞬間、前髪を掠めて通り過ぎる剣閃
「あまりに単純な思考だ」
読まれたか。そうだろうな。本命はこの次。
ティールが撃ち込んだ球体と奴の剣が激突する轟音が鳴り響く。
これも読まれた……？ そんな馬鹿な。奴はティールの武器を知らないはず。煙幕で視界が封じられている中で未知の攻撃に対処出来るなど、そんなことがあり得るのか。
「先ほど、フィールドを荒らすために力を見せたのは愚策だった。相手の力がどれほどのものなのかを知っていれば、飛び道具の存在を予測することは可能だ」
わざわざ解説してくるとは、腹が立つな。それだけ余裕があるということだ。
仕方がない。少し無理をする。
「アイリス！ 煙幕の中を無作為に薙ぎ払え！」
アイリスには煙幕の中の俺の姿が見えていない。放たれる雷が俺に当たる可能性ももちろんある。
予測しろ。アイリスはどこに攻撃してくるのか。奴はそれにどう対応するのか。俺はどう動くべきなのか。
「解析！」
眼鏡の情報を解析魔法に流し込み、解析精度を無理矢理向上させる。限界を超えて酷使される脳が悲鳴を上げるが、今はそんなことを気にしていられない。無視して情報を取得する。
俺の声で位置を割り出した奴が突撃してくる。その行先に偶然雷が落ち、一瞬足を止める。
「はあっ！」
「流水」
足を止めるそのタイミングに攻撃を合わせ、剣を振るう。奴の対応は受け流し。俺の剣は軽く受け流され、逆の手の反撃が来る。
予測通りだ。
瞬間、奴の頭上に雷が降ってくる。
「っ！？」
超人的反応速度で回避してみせる父。
が、流石に体勢が崩れた。
そこには既にティールから撃ち出された球体が迫っている。
「くっがああぁぁぁっ！！」
崩れた体勢で受け、受け止め切れず押されて足で地面を削り、それでもティールの怪力から放たれる球体を弾いて見せる。
で、その痺れた腕で次を受けられるか？
球体を弾いたその瞬間に、頭上から落ちてくる雷。同タイミングで俺も攻撃を仕掛け、逃げ道を塞ぐ。
「地水・滝聖剣！！」
落ちて来ていた雷が消失し、俺が振り下ろそうとしていた剣が振り上げた状態まで戻る。
「炎風・滅神剣！！」
奴が必殺の剣を振り抜こうとする、直前、
あらかじめ解析魔法の限界範囲である100メートル上空から、更に上に向けて撃ち出していた槍が落ちてくる。
これを上空に撃ち上げてから、俺はあえてこの攻撃について一切思考に入れずに行動していた。俺の動きから、この攻撃の存在を覚られる恐れがあるからだ。
全ての動きを予測して、最終的に奴が立っているだろう位置に落ちてくるように計算して置いておいた決め手。
余裕を剥がされ、全力で防御した後の全力攻撃に移るまさにその瞬間。奴の先読みに引っかからない視界外からの、完全に不意を突いた一撃。
絶対に決まるはずのこの攻撃に、
「おおおおおぉぉぁぁぁッ！！」
それでもまだ対処してくる
全力で剣を振り抜こうとしていた腕を無理矢理軌道修正、その強引な動きに肩を外しながら、落下してきた槍に剣をぶつけて逸らし、ギリギリ腕を掠める程度の被害に止めた。
そして、今度こそ俺を倒す攻撃を放とうとこちらに剣を向け、
「言ったはずだ。あんたは根性論を理解出来ていないと」
「炎剣・一文字ッ！！！」
先ほどティールの球体に押された時点で煙幕から出ていた奴の姿は、カレンからもはっきり見えている。俺が指示を出す必要もなく、ボロボロの体を無理矢理動かし突撃してきたカレンの炎を纏った剣が、隙だらけで背中を見せている奴へと直撃する。
訓練場を何度も跳ね、地面を削りながら端まで転がりようやく止まった父。
そしてそのまま、起き上がってこない。
「勝っ……た……のか？」
地面に倒れ伏した奴の姿を視界にはっきりと捉えても、まだ信じられない。
勝つ気で作戦を組んだ。限界を超えて解析魔法を酷使し、必ず仕留められると思って行動していた。
それでも、信じられない。
絶対の壁として立ち塞がっていた父という存在を。今までの人生でただの一度も、越えるどころか頂点を見ることすら叶わなかったその壁を。
今、越えることが出来た、のか？
「ああ、勝った。わたしたちの、お前の勝利だ、クレイ」
隣に立つカレンのその言葉に。そして、笑顔でこちらへ駆け寄ってくるティールとアイリスの姿に。
ようやく実感が伴ってくる。
「そうか、俺はついに、父に勝ったのか」
存外、嬉しいとは感じないものだな。
達成感はあるので、そういう意味では嬉しさを感じてもいるが、思ったほどこみ上げてはこない。もっとはしゃぎ回りたくなるくらい感情が溢れて止まらなくなるものだと思っていたのだが。
それよりも、無理矢理動かした脳が疲労を発している。眠気が襲い、気を抜くと今にも眠ってしまいそうだ。
疲れているのは仲間たちも同じはず。俺だけ先に休む訳にはいかない。
そう思っているのだが……駄目だな、まぶたが勝手に落ちてくる。
「すまない、一度眠る。余力があったら、クルとフォンの救援に向かってくれ」
それだけ言い残し、地面に横になった。
