第181話 返す言葉
拘束されているクレイさんは、何故か服を着ていない。それを見た瞬間、顔から火が出るかと思うくらい熱くなったが、更にしっかりクレイさんの姿を認識し、逆に血の気が引いていくのを感じた。
全身に痛々しい傷痕が残っている。
どうやったらここまで傷だらけになるのか。斬り傷と思われる傷痕が数え切れないほどに体を覆い、見ているだけでこちらが痛みを感じると錯覚してしまうほど。
「クレイさん、それ……」
「ん、ああ、そうか。見たことはなかったか。出来るだけ見せないようには気をつけていたからな。悪い、見ていて気分の良いものじゃないだろ」
気分が良くないのは確かだが、それはクレイさんが謝るようなことじゃない。ただ、クレイさんのこれまでを想像してしまって、あたしが勝手に辛さを感じているだけ。これ以上この話を続けても得はないだろうし、早く拘束から解放してあげよう。
そう思って、一歩クレイさんに近づいて、
「何故来たんだ」
「……え?」
クレイさんから投げかけられたあまりにも意外過ぎる質問に、足を止めてしまう。
「分かっている。お前たちは俺を見捨てたりしないだろう、なんて当たり前のことは。それでも、聞かずにはいられない。どうして助けに来た」
「そんなの当たり前です! あたしたちがクレイさんを見捨てるなんて、そんなことあり得ません!」
「理由は?」
「理由なんて、クレイさんが大切だから、じゃダメなんですか……?」
「俺はそんな、大切に想われるような価値のある人間じゃない」
傷痕に気を取られていたせいで気が付かなかったが、クレイさんの表情は暗い。とても助けが来て嬉しいという顔ではない。
どうして? クレイさんはこの家から出たがっていたはず。この家に拘束されている現状は、クレイさんにとって嬉しいものではないはずなのに。
「俺は、弱い。お前たちにスゴイスゴイと持ち上げられて、勘違いして調子に乗っていただけの、どうしようもない弱者なんだよ」
なんで、そんなことを言うの
「お前たちは強い。俺みたいな奴がいなくても、きっと学園で頂点に立つことが出来るだけの能力がある。俺なんかのために、危険に飛び込んで来て欲しくはなかった」
あたしを、あたしたちを救ってくれたのは、あなたなのに
「父は強い。そして容赦がない。奴は、やると決めたら息子だろうが王女だろうが殺せる人間だ。今ならまだ間に合う。俺など置いて」
「クレイさん」
クレイさんの言葉を遮る。聞いていられない。一体何があったのかは知らないけど、こんなのはクレイさんじゃない。
クレイさんは、あたしに前を向く力をくれた。いつだって勝利を見据えて駆け抜けるその姿に、ついていっても大丈夫だって信じさせてくれた。
今のクレイさんは、以前のあたしと同じ。自分が信じられなくて、最初から諦めていて、後ろ向きで。
だから、クレイさんがあたしにしてくれたのと同じ方法で、今度はあたしがクレイさんを引っ張る番。
「それ、禁止にしましょうか」
「え?」
「みたいなの、なんか、ごとき。そういう自分を卑下する表現をすることを禁止します」
「それは……」
クレイさんなら覚えているだろう。フォンさんとあたしが初めて会った日、クレイさんがあたしに課した制約。
「言う度に、あたしが悲しみます」
「……何だ、それは」
「クレイさん自身が信じられなくても、あたしは信じています。クレイさんはスゴイ人です。あたしのことを強いと言ってくれるなら、その強さは全部クレイさんがくれたものなんです」
クレイさんなら分かっているだろう。臆病でまともに戦うことすら出来なかったあたしが、今どれほど強くなったのか。
「あたしが信じているクレイさんを貶めるような言い方は、クレイさんでも許しません。そんなことを言うクレイさんには、罰としてあたしが目の前で泣きわめくのを見続けてもらいます」
クレイさんも気づいているだろう。あたしの目から涙が溢れ出していることに。
クレイさんが悪く言われると、どうしようもなく悲しくなってしまう。だって、クレイさんは恩人だから。
それだけクレイさんのことを大切に想っているんだって、クレイさんにも分かって欲しい。そうすればきっと、こんな風に自分を貶めるようなこともなくなるはずだから。
「……それは、辛いな」
「みんな、クレイさんのことが大好きなんです。そんなこと、クレイさんなら分かっているはずです」
「……ああ、そうだな」
クレイさんに近づいて、足を拘束している輪を握る。魔力が散らされる感覚があるけど、無視して力を込めて破壊、クレイさんを解放する。
「そういえば、あの日から一回も、なんか、とか、ごとき、とか言ってないんだな」
「はい! クレイさんがあたしを裏切らない限り、クレイさんとの約束は絶対破らないって誓ったんです!」
無意識に言っちゃわないように、出来る限り自分のことを信じるように頑張った。きっとあの約束がなければ、あたしが自信を持って戦えるようになるのはもっと後になっていただろう。
「さあ、行きましょう! きっとみんな、クレイさんを助けるために戦っていますよ!」
「とりあえず、服と武器を取りに行ってからな」
「あ、そうですね」
まずはクレイさんの部屋へ移動することになり、部屋を出ようと扉に手を伸ばした、その時、
勝手に扉が開いていく。
「クレイ坊ちゃま、お召し物です」
クレイさんのものと思われる服と剣を手に部屋に入ってきた男性の姿に、咄嗟に背負ったハンマーに手が伸びる。
執事のクロウという人だ。この人とも戦わないといけないはず。服を受け取り身に着け始めるクレイさんとは対照的に、警戒が高まっていく。
「落ち着いてくださいませ、お客様。私に戦闘の意思はありません」
「……どういうことですか。確かルールでは、あなたも倒さないといけない相手に入っていたはずです」
「よく思い出してくださいませ。ルールの内容は、私を戦闘不能にすること、手段は問わない、です。戦闘は必須事項ではありません」
「…………? 戦闘不能って、戦って倒した状態じゃないんですか?」
「戦闘不能とは、その言葉の通り、戦闘が出来ない状態のことだ。つまり、戦闘の意思がない人間は最初から戦闘不能なんだよ」
混乱していると、服を着終わったクレイさんが解説してくれた。そんなのありだろうか。だったら、何故レイドさんはクロウさんをルールに加えたんだろう。
「全てが奴の掌の上のようで、気に入らないな」
「どういうことですか?」
「ティールは何故この部屋に来た?」
「え? えーっと、廊下で人影を見かけたと思って、追いかけて……」
「そういうことだ。その人影とは、恐らくクロウだろう。最初から、ここに誘導されていたんだよ」
「え? え? クレイさんを解放することもあたしたちの勝利条件なんだから、クレイさんのいる場所に来られたら困るんじゃ……?」
クロウさんの方に顔を向けてみても、ただ穏やかに微笑んでいるだけで何も答えてくれない。でも、否定もしないみたいだし……どういうこと?
「そもそも父がレーナに手を貸してこんなことをしているのが違和感だらけなんだ。最初から、俺をこの家に拘束することが目的じゃない。きっと、班の仲間たちをここに呼び寄せることが目的」
「それは何のために……?」
「さあな。奴には奴なりの考えがある。そんなことは昔から分かっているが、その考えをこちらに共有したことなど一度もない。全て自分の頭の中で完結させやがる。一体何を考えているのか、何が目的なのか、何も分からない」
話を聞いているだけでも、レイドさんは頭が良い人だというのは分かる。きっと色々考えている人なんだろう。
でも、許せない。
「どんな目的があるにせよ、クレイさんにこんなことをするなんて許せません! 行きましょう、クレイさん! しっかり倒して、みんなで学園に帰るんです!」
レイドさんの目的、考えなんて、結局あたしたちには関係ない。ルールの通り、ティクライズの人たちを全員倒して、みんなで帰る。それがあたしたちがやるべきこと。
何も分かっていなくても、それだけは分かっているから。




