表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第7章 ティクライズ
179/295

第178話 お兄様を傷つけていたのは

 人が3人並べる程度の幅の廊下。周囲には調度品などはほとんどなく、ただ真っすぐな廊下だけが続いている。


 そこで向かい合う黒髪の少女、レーナ・ティクライズ。


 戦闘は、わたしが優位に立っている。



「クソッ! 正々堂々戦え卑怯者!!」



 氷で足を滑らせて転んだレーナがこちらを睨んでくる。完全に氷漬けになった廊下で、氷上での行動に慣れていないレーナの動きなど怖くはない。


「戦いに卑怯なんてものはない」


「黙れ!」


「そもそも人質を取ってわたしたちを呼び出した相手に、卑怯者なんて言われたくない」


「黙れ黙れ黙れ!!」


 立ち上がり剣を構えるレーナに、氷のつぶてを撃ち込む。それは剣で弾かれた。だが、ただでさえ足元がおぼつかない中で、攻撃にも対応しながら距離を詰めるなんてことはそうそう出来ない。


 この勝負、わたしの勝ちは揺るがない。


 氷上を滑り、高速で移動する。


「豪炎!」


 斬りかかってくるレーナの横をするりと通り抜けて、すれ違ったその背中を蹴り飛ばす。


「きゃっ!?」


 勢いを止められず転んだレーナに氷を飛ばして追撃。転がりながら振るわれた剣に弾かれたが、その隙に再び氷上を滑って接近する。


「クソッ!」


 剣の間合いに入る直前で急停止、空振りした隙に更に接近して剣の内側へ。軽くトンッと押してやる。

 滑らないようにと足に力を入れて踏ん張るレーナ。隙だらけだ。後退しながら、いくつもの氷柱を撃ち込む。


「あああああッ! 疾風!!」


 それは本当に疾風の型なのか、がむしゃらに剣を振りまわして何とか全ての氷柱を弾くレーナ。

 その攻撃を凌ぎ切ったと安心した隙を突いて、足元の氷を少しせり出すように変形させてやれば、あっさりとひっくり返って尻もちを突く。


「氷柱落とし」


「豪炎ッ!!」


 慌てて立ち上がった不完全な体勢で、降ってくる巨大な氷柱に剣を叩き付けるレーナ。そんな状態でもちゃんと拮抗して見せる実力は大したものだと思う。


 けど、


「氷晶・破城鎚」


「あああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」


 完全に動きが止まっているレーナの横から、形成した巨大なハンマーを叩き付ける。悪い足場に苦労しながら、別の攻撃に対応している最中だ。避けることも出来ず、直撃する。


 廊下を吹き飛び何度も床を転がり、やっと止まる。よろよろと起き上がろうとして、氷で足を滑らせてまた転んだ。

 何もかもが自分の思い通りにならない現実に苛立ちが限界に達したのか、転んだままで癇癪を起こしたように喚き出す。


「もう! なんでなんでなんで! レーナが勝たなきゃダメなのに!!」


「そんな我がままを言われても困る」


「お兄様にもこうやって酷いことしたんでしょ!? 絶対に許さない!」


「何を言ってるのか分からない。クレイに酷いことなんてしない」


「嘘!」


「何故?」




「だって、お兄様がスゴク優しくなってたんだもん!!」




「…………?」


 理解出来ない。何故クレイが優しいとわたしがクレイに酷いことをしていたことになるのだろう。むしろ逆なのでは?

 というか……


「クレイは最初から優しかった。意味が分からない」


「嘘! お兄様は何にも興味がなさそうで、いつも無表情で、レーナに笑いかけてくれたりしないんだもん!」




「それ、クレイが身内以外に向ける顔」




「………………あ、え?」


 喚き散らしてバタバタと暴れていたレーナの動きが、ピタッと止まった。考えもしなかったのか、やっとこちらの話を聞く気になったのか、倒れたままでこちらに顔を向けてくる。


「クレイは仲が良い人、お世話になってる人、身内認定した人には凄く優しい。でも、それ以外にはあんまり興味がなさそうにしてる」


「レーナがそれ以外だって言いたいの?」


「そう」


「ふっざっ!!」



「というか、そんな優しくないクレイにどうしてそんなに懐いてるの?」



「え……」








 フォン・リークライトに尋ねられて、思わず言葉に詰まる。それは、何故レーナがお兄様に懐いているのかが分からなかった訳じゃなくて、むしろその逆。はっきりとその理由を覚えているからだ。



 昔、お兄様はとても優しかった。



 よく怪我をしたレーナを心配してくれて、笑いかけてくれて、庇ってくれて。この家の中に味方はお兄様だけで、お兄様と一緒にいる時だけが安心出来た。



 お兄様はどこまでもレーナに優しかった。



 いつからだっけ。お兄様が全然笑ってくれなくなって、よそよそしくなって、冷たくなって。一緒にいるのに何となく遠くに感じるようになったのは。



 あの日か



 お兄様が無理してレーナの分まで鍛練をしようとして、そのままにしていたら死んでしまうんじゃないかって心配になって。だから、レーナが前に出た。お兄様は何もしなくて良いと思って。ただ一緒にいてくれればそれだけで良いと思って。



 お兄様は何も出来ないのだから、わたしに全部任せて



 あれ以降、お兄様は笑わなくなってしまった。



 あれ? むしろ学園から帰ってきてからのお兄様は、以前の優しいお兄様に近くなってるんじゃないの?

 お兄様が優しくなかったのは、レーナのせいなんじゃないの?

 お兄様は学園が好きだって言ってた。仲間の話をしてる時はスゴク優しく笑ってた。学園で強くなって、笑うようになって、優しくなって、楽しいって……

 レーナはそれを嘘だって言った。レーナがお兄様に嫌われているとは思ってなかったから。だって、お兄様はすっごく優しかった。だから、レーナはお兄様に大切にされてるって。

 じゃあ、優しくなくなったお兄様はレーナを大切に想ってなかったんじゃないの? あの日から、レーナはお兄様に嫌われちゃったんじゃないの?




 お兄様を傷つけていたのは、レーナじゃないの?




 お兄様を守るためなら何でもするって誓ったのに。辛いことから、厳しい人から、悲しい時から、あらゆるものからお兄様を守るって




 レーナは、何がしたいんだっけ








「豪炎・万灰(ばんかい)



 振り下ろされた剣が、氷を砕く。それだけに止まらず、まるで魔法そのものを消し去ったかのように、氷漬けになっていた廊下が元に戻っていく。



「疾風・瞬華(しゅんか)



 反応は出来なかった。気付けば吹き飛ばされていた。ただ、念のために用意していた身を守るための氷の鎧。体に纏っていたそれのお陰で、吹き飛ばされるだけで済んだ。もしこれがなければ、胴が真っ二つになっていただろう。

 吹き飛ばされて倒れていた体勢から起き上がると、粉々になってしまった氷の鎧がばらばらと床に落ちていく。再び鎧を纏い直して、レーナへと顔を向ける。


 急にレーナの雰囲気が変わった。先ほどまでの喚き散らす子供のような態度は鳴りを潜め、表情の抜けた、ぼんやりした顔でこちらを見ている。


 勝手な理屈で怒って、勝手に暴れて、自分の中で勝手に何かの結論を出したと思ったら、今度は自分でも分からないままに攻撃してくる。

 何て自分勝手な子なんだろう。昔、精霊界を飛び出した時のわたしと良い勝負かもしれない。


「ねえ、聞こえてる?」


 返事はない。意識があるのかも怪しい。最早ただ暴れるだけの災害だ。


 何故か魔法を無効化してくるし、見えないほどの速度で攻撃してくるし、まったく。



 でも、帰ってきてからのクレイはレーナに優しかったらしい。



 以前のクレイは優しくなかったそうだが、今は優しいというのなら、この妹のことをクレイは大切にしているのだろう。

 正直、何故こんな面倒な子のことをわたしが世話してあげなきゃいけないんだという気持ちになるけど……



「おいで。お義姉様が受け止めてあげる」



 クレイが兄らしくしているなら、わたしも姉らしくしないと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ