第175話 対ティクライズ
魔導列車に乗って学園都市を出て王都へ。そこからバスで貴族街前まで移動する。
「通るわよ」
「はっ! どうぞ、お通りください!」
貴族街の門を通り抜けてすぐ左。
「ほえー……これがクレイさんのお家、ですか」
相変わらず、まるで牢獄のような屋敷だ。今回は、この屋敷の構造がそのまま敵になる。
「分かっていると思うけれど、恐らく逃げながらの脱出は不可能よ。完全に逃げ切ってからか、もしくは倒してからしか出ることは叶わないわ」
「ん。門を開ける余裕はないと思う」
鉄柵付きの壁を乗り越えるのは不可能だし、相応に重厚な門は開けるのに時間がかかる。ティクライズの人間を目の前にして、そんなことをしている時間があるとは思えない。
ティールなら壁を破壊することも可能かしら。貴族街でそんな騒ぎになりそうなことはしたくないけれど……いざとなれば、やるしかないわね。最終手段として覚えておこう。
「じゃあ、行くわよ」
呼び鈴のスイッチへ手を伸ばした、丁度その時、指が触れる前に、勝手に門が開いていく。
「お待ちしておりました」
穏やかそうな老紳士がわたしたちを出迎えた。使用人、かしら? 何故わたしたちが来る時間が分かったのか……何となく、気味が悪いわね。
「私、ティクライズ家で執事をしております。クロウと申します。どうぞこちらへ。ご案内いたします」
「案内というのは、クレイのところへ連れて行ってくれるのかしら?」
「いえ、当家の主人の待つ場へのご案内となります」
「クレイに会いに来た。クレイのところへ案内して」
「申し訳ありません。私に与えられた命令は、皆様を主人の前へご案内することですので」
駄目か。強行突破するべき? でも、もしかしたら向こうは戦う気などないかもしれない。こちらから仕掛けて戦闘になるのは馬鹿馬鹿しい。
レイド・ティクライズと会うのは少し怖い感じもするけれど……行くしかないか。
「分かった。案内して」
「む、良いのか? 戦うのかと思ったが」
「こっちは現状、招かれてやってきた客でしかないわ。いきなり騒ぎを起こすのは望ましくない」
「そういうものか」
クロウの案内で、ティクライズ家の敷地に足を踏み入れる。そのまま真っすぐ進み、建物の中に入るのかと思いきや、回り込んで裏に向かうようだ。
そうして見えてきたのは、訓練場と思しきフィールド。その中央に佇む、一人の男。
レイド・ティクライズ
「手紙の差出人はレーナ・ティクライズだったと思うけれど、何故あなたが待っているのかしら? 本人はどこ? クレイは?」
「クレイを連れ出す条件は二つ」
こちらの質問は全て無視して話し始めるレイド。条件? ゲームでもしているつもり?
「一つ。この屋敷のどこかに拘束されているクレイ・ティクライズに会い、解放すること。二つ。レイド・ティクライズ、レーナ・ティクライズ、グレグ・ティクライズ、クロウの計4名を戦闘不能にすること。以上だ。手段は問わない」
「何よそれ。そもそもどうしてクレイを拘束しているの? あなたたちは何がしたいの?」
「補足事項として、我々はこの訓練場及び建物内以外に移動することはない。ただし、そちらが敷地からの逃走を図った場合、即座にクレイ・ティクライズの四肢を一本斬り落とす」
「質問に答えなさい! 分かっているの!? あなたは今、王女に攻撃しようとしているのよ!?」
「必要なことだ」
……お父様と同じことを。何が必要なの? 何に必要なの? どうして何も教えてくれないの?
「良かろう」
「ちょっとカレン! 何が良いのよ!?」
剣を抜きながら一歩進み出たカレン。何も良くない。こんな、一切合切が分からない状態で戦うことなんて出来る訳がない。
「説明する気がないのだ。戦うしかあるまい。それとも、理由が分からないから戦えないと言うのか? クレイが人質に取られているというのに?」
「それは……!」
「やるべきことは単純明快。戦い、勝利する。それだけだ。何も迷うことなどない。任せろ。レイド・ティクライズはわたしがやる」
「…………はぁ」
分かっている。本当は分かっている。レイド・ティクライズは明らかに本気だ。冗談を言っている様子など微塵もなく、逃げようとすればクレイの手足が一本なくなるのだろう。
自分の息子になんてことを、とか、言いたいことはいくらでもあるけれど、それを言っても意味がない。カレンの言う通り、やるべきことはただ一つだ。
「あなた一人でレイド・ティクライズに勝てる訳ないでしょ。わたしもやるわ。皆はクレイを探して!」
駆け出す仲間たちを見送ることもせず、レイド・ティクライズを睨みつける。グルグル巻きにして転がして、絶対に目的を吐かせてやる。
フォンさん、ティールさんと別れ、建物内を駆け抜ける。一番奥から順番に探していくことにしよう。そう思い、階段を上る。この建物は二階建てだから、二階の最奥から探していこう。
まずはここから。順番に部屋を探していこうと思っていた、最初の部屋。
そこでいきなり、当たりを引いた。
「おや、いらっしゃい」
部屋中に剣が飾られた異様な部屋。壁を剣が埋め尽くし、他にはこれといって物がない。剣はどれも丁寧に手入れされているのが分かる輝きを宿しているが、それでもこれだけ見渡す限り剣だと、流石に少し恐怖を覚える。
「僕はグレグ。グレグ・ティクライズだ。名前を聞いても良いかな?」
「クル・サーヴと申します」
「ルールは聞いているかい?」
そう言いながら、木剣を両手に構えるグレグ。これだけ剣があるのに、木剣を使うのか。手加減をする優しさか、舐められているのか。
「ええ」
「じゃあ、始めようか。果たして君は、輝きを持っているかな?」
ティール、クルと別れて、手近な部屋から探していく。前衛がいない今、あまり戦闘はしたくない。出来ればクレイを見つけたい。
そんなわたしの願いを嘲笑うかのように、
咄嗟に掲げた氷の表面を、振り下ろされた剣が撫でていく。
「チッ、やり損ねた」
完全に殺す気で来ている。流石にあの手紙だけでは、何故ここまで憎まれているのか分からないけど、そんな話が出来る雰囲気じゃない。
「レーナ・ティクライズ」
「そうだけど。その氷、アンタがフォン・リークライトね。寄生虫め、絶対に許さない。ここで駆除してやる」
寄生虫? わたしが一発魔法を使うだけで後は見ているだけだったから、そう言われているのだろうか。
そんな訳ない。クレイは絶対にそんなことは言わない。わたしが自分のことを寄生虫と表現したら、そんなことを言うなと怒ってくれるだろう。
じゃあ、何故レーナ・ティクライズはわたしを寄生虫と言うの?
勝手にクレイの気持ちを代弁しているってこと?
は?
「許さないのはわたし。勝手にクレイのことを知った気になっている妹ごときが、調子に乗らないで」
「は?」
「何?」
「ぶっ殺す!!」
フォンさん、クルさんと別れて走る。
「ん? 今の……」
廊下の曲がり角にチラッと、動く物が見えたような。人だとしたら、倒さなきゃいけない。追いかけてみよう。
「あれ、いない……?」
見えたと思ったんだけどな。とりあえず、すぐ近くの扉を開けてみる。
全体的に暖色系の部屋。女の子っぽい? 妹さんの部屋かな。
その部屋の奥、壁から伸びる鎖で足を繋がれた、
「クレイさん!」
「ティール?」
クレイさんがそこにいた。




