第169話 強くなれているか
訓練場の広いフィールドで兄と向かい合う。兄と1対1で模擬戦を行うなど、いつぶりだろうか。学園に入る前も、基本的に妹を含めた2対1が多かったので、1対1は本当に久しぶりだ。
「相変わらず木剣なのか」
兄グレグは、模擬戦で真剣を使わない。これは相手を傷つけないようになどという配慮ではなく、この剣好きの変態のポリシーのようなものだ。
「然るべき戦い以外で美しい剣を用いるなんて、剣に失礼だろう? クレイも、せっかく美しいナイフを作ってもらったんだから、もっと使い方を考えるべきだと思うよ」
「戦いに使うための物だ。ここで使用することに何もおかしいことはない」
「相容れないなぁ」
グレグの部屋には、大量の剣が飾ってある。だが俺は、その剣たちをこいつが使っているところを見たことがない。然るべき戦いがあれば使うと以前から言っているが、然るべき戦いとは一体どんな戦いなのか。俺にはさっぱり分からない。
「ねー! 何でレーナは参加しちゃ駄目なの! お兄様をいじめるつもりなんでしょ! 絶対許さないから!」
フィールドの外で見ているレーナが騒いでいる。俺を後ろに下げて自分が前に出られないことが大層ご立腹らしい。
「当たり前だろう? これはクレイの実力を確認するための模擬戦なんだから。レーナを参加させたらすぐにクレイを後ろに下げようとするじゃないか」
「お兄様はレーナが守るんだから!」
「はいはい。でもレーナも興味あるだろう? 学園でクレイがどれだけ成長したかってことがさ」
「むぅ……それは、まあそうだけど」
グレグが言ったことは、俺自身にも当てはまる。今の自分がどれだけこの兄に通用するのか。
「さて、じゃあ始めようか。せっかく見てるんだから、レーナ、合図をしてくれ」
両手にナイフを構える。眼鏡も起動し、準備は完了だ。
「じゃあ、開始!」
レーナの合図で模擬戦が始まったが、グレグは動かない。これは予想出来ていたことだ。
攻めも守りも完璧にこなす父とは違い、兄妹には得意な戦法がある。俺を下げて自分が前に出るため、レーナは攻め主体。逆にグレグは守りを得意としている。
流水の型、大地の型を用いた柔軟で堅固な戦い。それが兄グレグだ。
まずは視界を奪うか。
「解析、転写」
「! へぇ、面白いことが出来るようになったね」
フィールドにいくつも魔法陣を設置し起動、全体を煙幕で覆う。俺は視界が悪くとも解析で周囲の状況が分かるが、グレグにはそんな能力はない。これでかなり戦いやすくなるはずだ。
背後に回り込み、ナイフを首に当てる
直前
「流水の型」
反撃の気配を感じ、退避を選択する。
「おや、外したか。先読みが得意なのは相変わらずだね」
俺がグレグと戦う場合、絶対に自分のナイフをグレグの剣に触れさせてはならない。受け流されて少しでも体勢が崩れれば、その瞬間敗北が確定するからだ。
煙幕の中で当たり前のように俺の攻撃に対応してくるのはもうそういうものだと気にしないことにするが、こうなってくると、俺が取れる戦法はあまり多くない。
魔法陣を起動、グレグの周囲から一斉に石弾を撃ち込む。
「軽いよ」
これが全て迎撃されるのは想定済み。石弾で気を引いている隙に気配を消す。
石弾を叩き落とした瞬間を狙い接近、そのまま決めに行く。
「少し、本気でやろうか」
「あ、お兄様、気がついた?」
目を開ける。青い空と、覗き込んでくるレーナの顔が視界に入った。どうやらレーナに膝枕されているようだ。
体を起こそうとすると、右腕、腹、頭に痛みが走る。そこを攻撃されたのは分かっていたが、どうやらそれで意識を失っていたらしい。
「駄目だよ休んでなきゃ!」
上げた頭を押さえられ、再びレーナに頭を預ける体勢に戻される。日の位置から見て、どうやらそろそろ昼のようだ。
「もう、やっぱりお兄様をいじめた! 次はレーナが兄さんと戦うから、お兄様見ててね! ボコボコにしちゃう!」
「いじめてないよ。でも次にレーナがやるのはそのつもりだから、準備しておいで」
「分かった。お兄様ゴメンね。レーナ準備してくるから」
「ああ、大丈夫だ」
痛みを無視して体を起こす。どうやら骨まではいっていないようだ。アザにはなるかもしれないが、動かすのに支障はない。
レーナが建物の中へ走っていくのを見送ると、グレグがこちらに向き直り、口を開く。
「強くなったね、クレイ」
……まさかそんなことを言われるとは。相変わらず手も足も出なかったというのに。
「戦術の幅が広がっているとか、僕の剣に反応出来るようになっているとか、そういう分かりやすい強さもあるけど。何よりも、勝つ気があった。負けて当然で、最初から諦めているような、以前の雰囲気がなくなってるからさ。強くなったな、と思ったよ」
成長した今ならやれるかもしれないと思ったこと。自分の強さを自覚出来るようになったこと。仲間たちに恥じないリーダーでありたいと思うようになったこと。
理由は色々あるが、確かに勝とうと思って戦っていたのは間違いない。
思えば、学園に入る前の俺は、常に負けるのが当たり前だという前提を持って戦っていた。
俺は落ちこぼれで、弱くて、どう足掻いても勝つことは出来ない。その中でどれだけ工夫して足掻くか。そんなことばかり考えていた。
「それでもやっぱり単純な実力が足りてないから、僕が負けることはないと思うけど。でも『思う』って言う程度には脅威になるようになったよ。以前ははっきり僕が負けることはないって断言出来たからね」
この兄がこれだけ言うのだから、俺は強くなったのだろう。それは確実だ。
だが、悔しい。そう思う。
「疾風の型!」
「流水の型」
レーナが繰り出す連撃を、グレグが残らず受け流す。俺の目では捉えきれない攻防を、解析を用いて脳で追いかける。
やはり、俺はまだまだ足りない。もっと強くなりたい。もっと。
剣を両手に持ち、型の構えをしてみる。豪炎、疾風、流水、大地。構え方自体はもちろん理解しているし、見た目をなぞるだけなら俺にも可能だ。
だが、その型の効果を引き出すだけの身体能力がない。疾風の型を使う意味があるだけの速さが出ないし、豪炎の型をする意味があるだけの力がない。見た目だけの無意味な構えだ。
だが、それで諦めていては先がない。
仲間たちはどんどん強くなっている。恐ろしいほどの成長速度。入学時点とは最早別人だ。
俺も強くはなっているのだろう。様々な強者の動きを見てきたことで咄嗟の体の動きが良くなっている自覚はあるし、転写魔法も使えるようになった。
それでも全く足りない。仲間たちの成長とはまるで釣り合わない。
「あっ!?」
「ふっ!」
レーナの手から剣が吹き飛ばされ、無防備になったところへ容赦なくグレグの木剣が振り降ろされる。
「そこまで!」
相変わらず手加減というものがない。寸止めなどという概念を知らないかのように、当たり前のように剣を叩きつけてくる。
模擬戦終了の合図を出し、意識を失ったレーナを回収。家の中で休ませてやることにした。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
家の中に入ると、クロウが救急箱を手に立っていた。背負っているレーナを片手で支え直し、救急箱を受け取る。
この家には回復魔法を使える人間がいない。怪我の治療は、市販品を使って行うしかない。昔から、鍛練を終えたら救急箱の世話になるのが日常だった。
レーナの部屋に入り、意識を失ったままのレーナをベッドに寝かせる。
妹とはいえ女子だ。あまり体を見ないように気をつけながら少し服を捲り、手早く木剣に打たれたところに湿布を貼ってやる。魔力が込められた湿布は、アザでも一日とかからずに治してくれる。
レーナの治療を済ませたら、ついでに自分の治療も行う。今日は数枚の湿布を貼るだけだ。簡単に済む。
「ゴメンね、お兄様。負けちゃった」
「ん、起きてたのか。気にするようなことじゃないだろう。何度負けたか分からん相手だ」
「うん。でも今日は勝ちたかった。お兄様も強くなってたし、レーナも頑張ってるんだよって見せたかったのに」
「……俺は、強くなってたか?」
「え? うん、なってたと思うよ」
「そうか」
この妹にもそう言われるくらいには、俺は強くなれているのか。だったら、少しは胸を張って仲間たちと並んで立つことも出来るかもな。




