第165話 2人だけのダンスパーティー
ルーから話を聞き、念のためにと見に来てみれば、案の定と言うべきか。マーチが危険な状況に陥っていた。
これに関しては俺にも悪い部分がある。マーチが油断しているのは分かっていたのに、繰り返し忠告しなかった。想像よりも酷い状況に、人間の嫉妬とはここまで醜いものなのかと驚いたほどだ。こうなるなら、しつこいと思われたとしてももっと注意しておくべきだった。
「落ち着いたか?」
「え、ええ、もう大丈夫」
顔を真っ赤にして俺から少し距離を取るマーチ。普段は悪ぶって斜に構えていることが多いマーチだが、こうしていると素直に可愛いと思えるな。
「はぁ……」
「ため息を吐くほど素を見せたのが嫌だったのか?」
「それもそうだけど……そうじゃなくて。これからずっとあの馬鹿どもの相手をしていかなきゃいけないと思うとね。憂鬱で」
なるほどな。今回は追い払ったが、それで解決した訳ではない。あの連中もここの学生なのだから、いつだって同様の襲撃をされる恐れはある。
マーチなら油断していなければあの程度の連中は敵ではないが、だからと言って常に警戒していては気が休まらない。憂鬱にもなるだろう。
だが、その心配はない。
「あいつらはもう学園からいなくなる。既に解決したも同然だ」
「え? どういうことよ」
「全員の顔を記憶した。3バカは以前も問題を起こしているから、今度こそ退学になるはずだ。他の奴らもどうせ成績が悪い奴ばかりだろう。嫉妬であんなことをする程度には頭が悪いのだからな。理事長に全て報告してやる。もし退学にならないなら新聞部にネタを提供してやる。徹底的に追い詰める。二度とこんなことをする気にならないように」
正直なところ、かなりイラついている。あいつらがやろうとしていたことをやり返してやろうかと思った程度には。
俺が気配を消して嫌がらせを繰り返しても良いが、それがバレて成績に響くのは避けたい。仲間たちの迷惑にもなるからな。
「仕方がないから、とりあえずは穏便に退学程度で勘弁してやることにした。それが失敗したら、別の方法を考えるとしよう」
「……なかなか見られない邪悪な笑みね。正直引くわ」
「そういうお前も笑っているようだが?」
「ふっ、まあね。そうやって悪だくみしてるとこ、結構好きよ」
「悪だくみとは人聞きが悪い。優秀な人材が集まるこの学園の評判を落としかねない者を排除し、真に優れた学園にしようという、風紀委員としての崇高なる使命に準じているんだ」
「そんな使命初めて聞いたわよ。でも、そういうことにしておいてあげるわ」
「さて、そろそろ中に戻るか。出来る限り1人にならないようにしろよ」
「ええ、レオンに守ってもらうとするわ。ついでに、さっきの連中を煽ってやろうかしら」
「あんなことをした後に呑気にパーティーに参加しているとは思えんが……余計なことをしてまた事件に巻き込まれたりするなよ。俺は理事長に報告してくるから」
「大丈夫よ、もう油断しないわ。えっと……ありがと。あ、あと、出来ればこの後、ルーの相手もしてあげて」
「さっき本人にも言われた。時間どうするかな……」
「何ならわたしの相手もしてくれて良いのよ? もしかしてアイビーからも誘われてるかしら。ふふっ、大変ね?」
「勘弁してくれ……」
5人でも時間的にギリギリだと思われるのに、ルーを含めて6人となると相当キツイ。ましてやマーチ、アイビーもなんて、不可能だろう。
「なら、ここで」
「ん?」
「曲はないけど、私と踊っていただけませんか?」
普段の嫌らしい笑みを浮かべた顔とは全く違う、真剣な表情でそう尋ねてくるマーチ。だから、
「喜んで」
そう、返した。
「上手ね」
「そちらこそ、流石だな」
ドームから聞こえる遠い喧噪を聞き流し、踊る。クレイのダンスはとても平民とは思えないほど上手で、こちらも気持ちよく踊ることが出来る。
「練習していたの?」
「まあな。レオンに教えてもらった」
そういえば、レオン様が男同士で踊ってたーなんて、興奮した女子が噂していたっけ。クレイのダンス練習のためだったのね。
「もう少し、激しく行こうかしら」
「どうぞ、ご自由に」
スピードを上げて、わざと振り回すように激しくステップを踏んでいく。わたしの動きが分かっているように、完璧に合わせてくるクレイ。
何だか、まるで一つになったかのよう。ダンスの激しさにつられるように、わたしの気分もどんどん上がっていく。
「ふふふっ、楽しいわね」
「それは良かった」
「クレイは楽しくないの?」
「いや、楽しいよ。楽しそうな笑顔が見られて」
「っ」
不意打ちで意外なほどキザなセリフを言われて、思わず照れが表情に出てしまう。さらっとそんな言葉が出てくるなんて、いつの間にかずいぶん女慣れして。生意気だわ。夏休みに一緒にテントに泊まった時は可愛かったのに。
だから、という訳ではないけど。
ダンスの動きで抱き寄せられる勢いに乗せて、
クレイの頬に、唇で触れる
「っ!? お、お前、何を……」
「お礼! 助けてくれたことと、あと踊ってくれたことの! それだけ! それだけだから!」
もちろん嘘。ただのお礼で、頬とはいえ口づけするほどわたしは軽くはないつもりだ。
でも、ただでさえルーには迷惑をかけたのに、更に恋敵にまでなるほど、恥知らずでもないつもりだ。
だから、これだけで、終わり。
「じゃあ、ドームの中に戻りましょ。まだダンスまでは時間があるけど、でもそろそろ戻っておくべきだと思うし」
それだけ言って、クレイの様子も見ずにさっさと歩き出す。これ以上クレイの顔を見ていたら、どうにかなってしまいそうで。
「俺からも礼を言わせてくれ」
「え……?」
その意外な言葉に足を止め、振り返ってしまう。
「ありがとう。マーチにはいろいろ助けてもらってばかりだ。感謝してるよ」
その柔らかい微笑みに、目を奪われて。
駄目だって、分かっているのに。
ドクン、ドクンと、うるさい心臓を、どうやったら落ち着けられるのか、
わたしには、分からなかった。
「あ、マーチさん! どこに行ってたんですか?」
ドームの中に戻りクレイと別れると、ルーが駆け寄ってきた。
「クレイさんにマーチさんの話をしたら、急に用事が出来たってどこかへ行ってしまって。マーチさん、クレイさんと一緒じゃないんですか?」
「……さっきまで、一緒だったわよ」
ルーの顔をまともに見られない。今までどうやって話していたんだっけ。そんなことすら、分からない。
「何かありました? 何だか顔が赤いような……」
「っ! な、何でもないわ!」
演技はどうしたのよ! 普段なら、自分の内心を隠すなんて余裕なのに! あのクレイ相手だって隠し通せる、それがわたしの演技なのに!
クレイ……か……。
っ! 違う違う! クレイは関係ない! クレイなんてどうでも良い! 大丈夫大丈夫……。
「ねえ、マーチさん」
「え、な、何?」
「クレイさんのこと、好きですか?」
「っ!? な、なーにを言ってるのかしら! そそ、そんな訳、ない、じゃない……」
自分でも分かる。全く誤魔化せていない。動揺が完全に声に乗ってしまっている。
「以前から思っていました。マーチさんは何だか、わたしに遠慮して、自分がやりたいことを隠してそうだなって」
「……だって、ルーには迷惑かけたし」
「そんなこと気にしないでくださいよ。言ったじゃないですか、今でもお友達ですって」
ルーが気にしていないのは分かっているけど、それに甘えきるのは嫌だった。そんな関係、友達という対等なものだとは思えなくて。
「ルーは良い訳? わたしがクレイのことが好きだって言ったら、ライバルになるのよ? それでもわたしのことを友達だって言えるの?」
「言えます!」
即答された。きっとそう言うだろうなとは思っていたけど、何故そこまで迷いなく断言出来るんだろう。
「考えてみてくださいよ。もしわたしとマーチさんだけがクレイさんを取り合っているなら、そりゃあマーチさんさえいなければって思うかもしれませんけど。でも、自分を含めて最低でも7人もいることが確定してるんですよ? マーチさん含めて8人になったからって、そんなに変わらないと思いません?」
なんだ、それは。人数の問題? たとえライバルが何人だろうと、1人でも少ない方が良いと思うものじゃないの?
「……ぷっ」
「あー! 笑いました!? わたし結構真剣な話をしてたつもりなんですけど!?」
「ぷっふふっ、いや、だって……7人でも8人でも変わらないから良いよって、あんたホント、ふふふっ」
「もう……気分は晴れましたか?」
「ええ! わたしたちは、親友でライバル! そういうことで!」
「はいっ!」
次回で第6章完結になります。




