第164話 醜い嫉妬
パーティー会場はとても賑やかだ。伯爵家の令嬢として貴族のパーティーにも参加したことがあるわたしからすると、とても新鮮に感じる。
『たのしそう!』
(そうね。パーティーといえば上位の貴族へのごますりとか情報収集とかに忙殺されるものってイメージが強いけど、こういうパーティーなら楽しめそうだわ)
『いろんなパーティーがあるの?』
(エレは気にしなくて良いわ。今を楽しみなさい)
テーブルに並んだ料理を好きに食べる。食べていられる余裕があるなんて、楽で良いわ。
そうして悠々と楽しんでいるわたしとは違い、緊張の表情でダンスへの誘いをしている奴をそこかしこで見る。そんなのパーティーが始まる前にしておくものでしょ。普段は会えないような相手でもあるまいし。
「ルーはクレイを誘わなくて良いわけ?」
「ん、んー、クレイさんはきっと班の人たちと踊るでしょうし……」
「言うだけ言ってみれば良いじゃない。あいつならきっと、頑張って時間を捻出してくれるわ。身内のためならね」
他の誰かの誘いはきっとバッサリ断るだろうけど、ルーとアイビー、あとは一応わたしもかしら。班以外の人間でも、身内認定している相手からの誘いなら無下にはしないはず。
クールに見えて、分かりやすいのよねー。
「そうですかね。じゃあマーチさんも一緒に……」
「わたしはいいわよ。誰かと踊るっていうなら確かに相手はクレイかなーとは思うけど、あんたたちから時間を奪うほどじゃないわ」
とはいえ、他が踊っている中で一人突っ立っているのもちょっと嫌よね。何だかダンスの誘いを断られた哀れな女、みたいになるし。
ルーが行きたいって言うからついてきたけど、止めとくべきだったかしら。ハイラスとフォグルは不参加みたいだし、そうなると相手は……。
「レオン様! 私と」
「レオン様ーー!!」
「レオン王子、是非あたしと!」
「は、はは……。落ち着いて……」
あそこで女子に囲まれて困ったように眉を寄せている、引きつった顔の王子様くらいかしら。でもあれに突撃するのもなかなか勇気がいるわね……。
「ゴメンね。君たちと踊る気はないんだ」
「ええー!!」
「そんなー!」
「じゃあ誰と踊るんですか!?」
女子たちの包囲から抜け出したレオンが、こちらに歩いてくる。あの馬鹿、まさか……!
「僕と踊ってくれませんか?」
ルーに向かって恭しく手を差し出すレオン。
ホントにやりやがった……! こんなことをしたら、あの集まっている女子たち全員の敵意がルーに向くじゃないの! 少しは考えなさいよ!
「え、あ、あの、えっと……」
「もし嫌なら、断ってくれても大丈夫だよ」
断れる訳がない。王子からの直々の誘いを断るなんて、何様なんだと思われるに決まっている。だからといって、この誘いを受ければそれはそれで嫉妬の嵐だ。
仕方がないわね……。
「まあ王子、私と踊っていただけるのですか? 大変嬉しいですわ。是非お願いいたします」
「え? いや」
「ルーさん、あなたはクレイさんのところへ行ってらっしゃいな。私は王子とお話していますから」
「マーチさん、でも……」
良いから行きなさい!!
目でルーを送り、レオンに向き直る。
「では王子、あちらへ参りましょう。ここは騒がしくて敵いませんわ」
「あ、ああ、分かった」
ダンスの時間までまだしばらくある。とりあえず一度会場を出て、この馬鹿を反省させるとしよう。
ドームの外へ出る。こんな時間に学園にいるのはパーティーに参加している人間だけなので、ドームの外には誰もいない。ここなら話が出来るだろう。
「あんたねぇ! 少しは考えて行動しなさいよ!」
「う……ゴメン……」
衝動のままに怒鳴りつけると、バツが悪そうに謝ってくるレオン。まあ分かってはいた。本当は自分でも分かっているだろうということは。
「はぁ……。最近は多少マシになってたのは知ってるわ。大方、緊張して気遣いが吹っ飛んでたんでしょ? どれだけ人気があろうと、あんただってただの男子だもんね」
「その通りです……」
レオンがルーに対して特別な思いを持っているのは知っている。見ている限り、それは恋愛感情というよりも感謝や信頼に近いように思えるけど、とにかくレオンの中でルーという存在はとても大きい。
無理もない。わたしを含めて、班員がどいつもこいつも真面目に戦わない中、ルーだけは頑張ってレオンを助けようとしていたのだから。
いつもは基本的に誘われる側のレオンが、そんな大切に思っているルーを誘おうと言うのだから、緊張してしまうのも無理はないのかもしれない。だが、レオンの場合は仕方がないでは済ませられない。
「いくら緊張していようと何だろうと、あんたが人前でダンスに誘ったりすれば、誘った相手の迷惑になるの。あんたが困るだけならどうでも良いけど、相手のことを考えるならもう少し頑張りなさい」
「気をつけるよ」
「今回のダンスの相手は、わたしで我慢しなさい。次からは事前に誘っておくのよ?」
「良いのかい? マーチだって、クレイのところに行きたいんじゃ」
「別に良いわよ。どうせクレイは忙しいだろうし、わたしもあんたで我慢してあげるわ。んじゃ、先に中に戻ってなさい。ダンスの時間になったらあんたのところに行くから」
「分かった。ありがとう、マーチ」
ドームの中に戻っていくレオンを見送り、一人外に残る。日は沈み、辺りをドームの中からの光だけが照らして薄暗い。
『マーチ』
(ええ、分かってる)
風の流れで、周囲の状況を把握する。レオンとすれ違ってドームから出てきたのが3人。それ以外の方向からもぞろぞろと、えーっと、30人かしら。ドームから出る道は複数ある。わざわざ囲うために回り道してきたのだろう。
ここに至って、クレイの言っていたことを思い出す。
(気をつけろよ。その3バカだけが敵とは限らない)
心配のし過ぎだと思った。だって、3バカが誰かに協力してもらえるとは思えなかったから。わたしよりも周囲に嫌われている3バカでは、3人でいじめているつもりになるのが精一杯だと思っていたのに。
まさかこんな大人数を集めてくるなんて。
「こんばんはー、マーチ」
自分たちが有利な状況だと思っているのだろう。ニヤニヤと笑いながら声をかけてくるバカの1人。それに合わせるかのように、集まった連中に完全に包囲された。
全員が女子だ。どいつもこいつも、わたしを憎々し気に睨み付けてくる。凄いわね。嫉妬って人間をここまで醜くするんだ。歪んだ連中の表情を見て、そんな感想が浮かんでくる。
「こんばんは。何か用かしら」
「決まっているでしょう? あなたを潰して、レオン様のダンス相手を空けるんですよ」
「ズルいよねー。自分だってあたしたちと同じようにレオン様の足を引っ張ってたのに、自分だけレオン様と踊ろうなんてさー」
知っていたけど、やっぱりそういう用よね。レオンのダンスの相手を潰すという共通の目的で、3バカ以外にもたくさんの人間が集まったらしい。
「ズルいとか、そうやって嫉妬するのは勝手だけど。あんたたちも馬鹿よね。わたしを潰したとして、それでレオンがあんたたちの誰かと踊るとでも思ってる訳?」
「それは分かんないけど。でも良いのよ。とりあえずあんたをボコボコに出来れば、それで」
「ふーん」
レオンと踊れるかどうかは関係ないってことね。ホント、醜いわ。それに、ホント、バカだ。
「人数集めればわたしをボコれるって? あのさぁ、あんたら、馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、本当に馬鹿ね。有象無象がいくらいようが、わたしの敵じゃないのよ!!」
こんな連中、風で薙ぎ払えば一瞬で片付く。
魔法を発動しようと、魔力を操り、
体が痺れて動けなくなる。
「っ!?」
「っくく、馬鹿はあんたよ! 話してる間、麻痺霧の魔法があんたの周囲を漂ってたのに、気づかなかったでしょ? こんだけの人数がいるんだから、誰かしらそういう魔法が使える人間がいるかもって思わなかった訳?」
自由を奪われた体が、地面に倒れる。倒れた痛みすら感じない。完全に痺れて、感覚までおかしくなっているようだ。
3バカの1人が寄ってきて、うつ伏せに倒れるわたしを足でひっくり返して仰向けにさせてくる。
「良い姿ねぇ。でもまだよ。とりあえずこのままボコボコにして、その後で全裸にしてドーム内に放り捨ててやるわ」
「その前に体に落書きしましょう。下腹部に『ご自由にどうぞ』とでも書いておけば楽しいことになると思いますよ」
「ぷぷぷ、変態マーチちゃんの完成だねぇ! ドームじゃなくて、街に捨てても面白いかもね!」
こいつら、わたしが言えたことじゃないけど、本当に性格が悪いわ。どうにか状況を打開したいけど、指一本動かせない。
(エレ! どうにか出来ない!?)
『だめみたい。まーちとつながってるから、かんかくがないの』
魔力の流れも分からない状態では、魔法は使えない。感覚まで麻痺している今、わたしに出来ることは何もない。
「じゃあとりあえずー、そこの木に縛り付けて魔法の的にしましょ」
ずるずると地面に引きずられて木の傍まで運ばれ、縛り付けられる。簡単に解けないようにしっかりと、わたしに苦痛を与えるように、無駄にギリギリときつく締めてくる。
眼球すら動かない目で見える連中が、魔法を放とうと手をこちらに向けている。きっと視界の外の奴らも同様なのだろう。
こんなことになるなんて。
クレイの忠告を真面目に聞いておけば良かった。そんなに敵が多いとは思っていなかったし、たとえそれなりの数がいたとしても、一斉に襲われるようなことはないと思っていた。嫉妬なんかで攻撃してくる連中、わたしの実力なら余裕で返り討ちに出来ると、そう思っていた。
こんな奴らの言うことを認めるのは癪だけど、
確かに、馬鹿なのはわたしだった。
こんな状態では、防御することも逃げることも出来ない。連中が満足するまで、ひたすら魔法を受け続けるしかない。
感覚がない今、その痛みはきっと感じないだろう。だからこそ、自分の身がボロボロになっていくのがはっきりと見えるはずだ。
そして、痛めつけられて動かなくなったわたしの体を、好き勝手にされる。
そんなの嫌だ。どうしてわたしがこんな目に遭うの? 確かに善人だなんて口が裂けても言えないけど、でもここまでされるほどなの?
そんなわたしの心の声なんて、届く訳がない。
「じゃあ行くわよー。せーの!」
準備された魔法が一斉に放たれる
その直前、
「風紀委員だ!! そこで何をしてる!!」
聞き慣れた、そんな声が聞こえてきた。
「え、嘘っ!? なんでこんなに早く!?」
「そんなことを言っている場合ではありません! 逃げますよ!」
「みんな逃げろー!」
木に縛り付けたわたしを放置して、連中が逃げていく。助かった……の……?
「無事か?」
そう言いながらわたしを解放してくれたのは、よく知っている黒髪の男子。
「クレイ……」
「まったく、だから言っただろうが。気をつけろって」
「クレイ……クレイ……!」
「お、おい」
思わず抱き着いていた。止める間もなく涙が溢れ出し、それを拭うこともせずに縋りつく。
「怖かった……怖かった! ありがとう、クレイ!」
「大丈夫だ。もう大丈夫だから」
そう言って頭を撫でてくれる優しい手がとても心地良くて。安心に満たされて、更に涙が流れ出した。




