第159話 アインミーク王
アインミーク王が来る休日。寮の食堂は人払いがされているのか、俺以外は誰もいない。
食堂を指定してくるくらいだし、食事をしながらの対面になるのかと思ったが、料理が並べられるということもないようだ。単純に使いやすいスペースというだけか。
来たか。
多くの人間の足音が近づいてくる。当たり前だが、護衛を含めての大人数でやってきたようだ。
食堂に入ってきた集団は、30人ほどか。
外交担当のディムジード侯爵、財務担当のジェラフィルズ侯爵、研究員シェブロス、王女ミュアーナとその付き人カンナ。その他護衛や世話係、補佐役等と思われる人間が多数。
それらを率いて先頭に立つ白銀の男。
若いな。30前に見える。身長は俺より少し高いくらい、170程度か。男性にしては長めの、背中まで届きそうな白銀の髪をしている。
ヴォルスグランの王は戦える人間だが、アインミーク王は鍛えているようには見えない。どちらかというと、あまり動くのが得意ではなさそうな痩せ型だ。
だが、そんなことが気にならないくらいの存在感。
黄金の瞳に宿る意志の力か。ただ見られているだけで、思わず膝を突きそうになる王としての覇気を感じる。
「我が、マシディレン・アインミークだ」
決して大声という訳ではないのに、不思議と耳に入ってくる。その名乗りを受けて、膝を突いた。
「クレイ・ティクライズと申します。この度はわたしに会うためにご足労いただいたということで、感謝の念に堪えません」
「楽にせよ。我が話をしたいと願い席を設けたのだ。そなたは思うようにくつろいで構わない」
そうは言われてもな。流石にくつろぐ気にはなれない。とりあえず、膝を突くのを止めて立ち上がる。
楽にせよとの言葉通り、アインミーク側の主要人物が椅子に座ったのを見てから、俺も席に着く。
「まずは謝罪をさせてもらおう。以前のヴォルスグラン王襲撃や、娘が押し掛けたこと、研究員への対応等、そなたには随分と迷惑をかけた」
「いえ、そんな。謝っていただくようなことではございません」
かなり振り回されたのは間違いないが、それ以上に今回の騒動で手に入れた物は大きい。アインミークという国との繋がりは、将来の自由への道を強固にしてくれるだろう。
そして、災厄が迫っているという情報。
恐らく各国の上層部は何らかの方法でその情報を入手しているのだろう。3国全てが戦力強化に力を入れていることからも分かる。カルズソーンはもしかしたら単純に前線を安定させたくて戦力を求めているだけなのかもしれないが。
だが、それとは別に個人で災厄の存在を把握出来たのは大きい。国は国民に災厄についてを教える気はなさそうだからな。今から情報を集めて対策を考えておきたい。
問題は、迫る災厄の詳細が一切分からないことだが。
「3日前の報告も受けている。そなたとカンナの弟がいなければ、娘の命が危うかっただろう。感謝している」
一昨日の時点で使者としてディムジード侯爵が来ていたのだから、アインミーク王は報告を受けたその日か翌日には俺に会いに来ることを決定していたということになる。
即断即決にもほどがある。それほどまでに俺に対して誠意を見せたいのだろうか。
「ニストフェン・ジェラフィルズ元侯爵は、本来であれば処刑することになる。だが、他ならぬ被害者である娘のからの希望と、本人の反省の態度、及び本人の能力が有用であることから、爵位の剥奪と強制労働を課すこととなった。そなたとニストフェンとの契約は我が引き継ぐゆえ、安心せよ」
強制労働ね。ミュアの教育係のことだろう。あまりにも甘い対応だ。ミュアの教育が出来ていないというジェラフィルズ侯爵の言葉は、間違っていないのだろう。
この王は、恐らく優しい。人道的な政策を打ち出す上では、王として有能なのだろう。
だが、優し過ぎて、人に厳しく出来ない。
今回のジェラフィルズ侯爵の暴走は、それを正したいというこれまで積み重なってきた想いもあるのかもな。
「よろしいのですか?」
ジェラフィルズ侯爵との契約、俺の名を覚えておく。それを王が引き継ぐということは、俺とアインミーク王との間に繋がりが出来たことを意味する。侯爵との繋がりでも充分大きい物だったというのに、それが王となると、その影響力は比較にならない。大き過ぎて、逆にこの繋がりをどう使えば良いのか考えてしまうくらいだ。
「うむ。その契約がなくとも、我がそなたを忘れることはない。気にする必要はないぞ。これはただの引き継ぎであり、此度の事件とは関係がない。ゆえに、何か他に願いがあれば聞こう。立場上、何でも叶える、とは軽々しく言えぬが、出来る限り希望に沿おう。自由に申してみよ」
願いか。ここでティクライズの家から出たいと言ってアインミークに拾ってもらうことは、不可能ではないだろう。最速で俺の目的を達成するなら、願いはそれ以外にあり得ない。
だが……
それをすると、俺の所属はアインミークになる。現在の仲間たちとは離れることになるだろうし、アイビーとの約束も破ることになるだろう。
あるいは、入学してすぐの頃の俺なら、この機会を逃すものかと飛び付いていたかもしれない。
今はもう、無理だ。裏切るには、仲間が大切になり過ぎた。
俺の目的は、学園卒業時に勝ち取る。
だから、今は、
「では、どうかミュアーナ姫と話し合いの場を持ってください」
「え、お兄ちゃん……?」
これから王族らしい王族を目指して戦っていくことになるミュアに、少しでも手助けをしてやろう。
「む……それは、どういう意味だ。我が娘をないがしろにしていると言いたいのか?」
「ミュアーナ姫は、ご自分の未来予知が親に信じてもらえているとは知らなかったようですが」
「なに……?」
「彼女は付き人のカンナさん以外、誰にも信じてもらえないと嘆いておいででした。例の機械兵開発が何故行われているのか。他にも、わたしは具体例を把握してはいませんが、彼女の未来予知から行っていた開発があったのだと聞いています。それを伝えてあげて欲しいのです。見知らぬ誰かではない、大切な家族に信じてもらえているという事実が、何よりも彼女の支えになるはずです」
俺が言ったことがよほど予想外だったのか、驚愕の表情を隠しもせずミュアへと視線を動かすアインミーク王。
それに負けないくらい驚いていたミュアだが、父親からの視線を受け、肯定するように見つめ返す。
少しして、驚愕を自嘲へ変化させた王が、視線を下へと落とす。
「伝わっているだろう、などというのは、あまりにも怠慢が過ぎたということか……。情けない」
「お、お父様! えっと……」
「良い。また、ゆっくりと話をしよう」
「は、はいっ!」
そうしてミュアが笑ったのを見て、王もまた薄く笑みを浮かべた。そこには確かに親子の愛があり、これから先は心配いらないだろうと思えた。
何故俺が、家族の愛などというものに口を出しているんだろうな。そんなもの、自分では長いこと感じていないというのに。
「クレイよ。我がそなたの願いを叶えるはずだったのに、逆に我が助けられてしまったようだ。他には希望はないのか?」
どうしようか。アインミーク製アーマーでも貰うか? 様々な機能が付いていて、装着者の戦闘能力を底上げしてくれるらしい。アインミークの前線で戦っている人間は、皆そういった装備を色々身に着けているそうだ。俺もそれらを使いこなせれば、もしかしたら強くなれるかもしれない。
……いや、無理か。整備が出来ない。アーマーなんて大掛かりな物を貰って、どこかに塵が入っただけで使えなくなってしまいました、なんて、もったいな過ぎる。貰った最初の頃だけ使えても仕方がない。
もっと小さくて、あまり整備が必要なさそうな……。
「シェブロス研究員、少々伺いたいことが」
「おやぁ? 僕に? 一体なんだろうねぇ?」
「もし出来るのならば、作っていただきたい物がありまして」
機械兵に搭載されていた周辺解析機能。あれを眼鏡か何かに付けて、俺でも見られるように出来ないかと考えた。
あれなら300メートル先まで見ることが出来るし、俺の脳へ負担もかからない。魔法陣の転写は出来ないため、完全に解析魔法の負担から解放される訳ではないが、それでもかなり有用だと思う。
「ほう、なるほどなるほど。解析情報からの先読みが出来る君だからこその装備だねぇ。もし他の人間が同様の装置を使っても、情報の使い方が分からないから何の意味もない。しかし君ならば、解析情報を活用してこれまでよりも」
「シェブロス、出来るのか出来ないのか、簡潔に答えよ」
「既に存在する装置を応用するだけですから、2週間もあれば完成できます」
「では帰ったら早速取りかかれ。クレイよ、完成したらこの学園にそなた宛で送るとしよう」
「ありがとうございます」
長時間の解析による脳への負担問題は、これでほぼ解決したと思って良いだろう。魔法陣転写の瞬間だけ解析すれば、今までとは比較にならないほど継戦能力が上がるはずだ。
ハイラスと戦った時、解析のし過ぎで気絶してしまった。あんなことはもう起こらない。非常に助かるな。
「では、我らは帰るとしよう。クレイ、そなたには我への通信を許可しておこう。忙しい身ゆえ、常に対応出来るとは限らぬが、自由に使用して良い」
「え、あ、ありがたき幸せ」
王への直接通信など許可されても……。まああって困る物ではない。ありがたいということにしておこう。
「改めて感謝を。また会おう」
ぞろぞろと人を引き連れて去って行くアインミーク王。本当に礼を伝えに来ただけだったな。それでわざわざ会いに来るって言うんだから、本当に優しいというか甘いというか。
「お兄ちゃん!」
周囲と共に去って行こうとしていたミュアが振り返る。
「ありがとう! きっと立派な王族になるから! だから、えっと……とにかく、また会おうね!」
そもそもその話し方が王族らしくない。まったく、まだまだ先は長そうだ。
「ええ、またお会いする機会があれば、嬉しく思います。お気をつけてお帰り下さい」
「あ……はい。お気遣いありがとう存じます。失礼いたします」
淑やかに一礼し去って行くミュア。その隣で、同じくこちらに頭を下げてからミュアの後を追っていくカンナさん。
ミュアの未来予知が信じてもらえるか否か。それはこれから次第だ。だがまあ、協力者も出来たことだし、本人のやる気もあるし、きっとどうとでもなるだろう。
俺は俺で、災厄に備えるための情報収集をしなければ。




