第15話 勉強会
襲撃の影響で休みとなった今日。昨日の内にフォンに貰ったメモを確認する。
フォン・リークライト
1年三学期試験成績
学科 900/1000
実技 570/1000
順位 155位/304人
ティール・ロウリューゼ
入試成績
学科 520/1000
実技 550/1000
順位 322位/322人
カレン・ファレイオル
入試成績
学科 380/1000
実技 960/1000
順位 170位/322人
ティールは以前に本人から聞いていたが、これは……。
「という訳で、学科試験対策の勉強会をします」
いつものように俺の部屋の前で待っていたティールに、フォンとカレンを呼んできてもらい、俺の部屋に班の全員が集まった。
「学科試験対策? 来月にある行事は確か1年生の班対抗戦だったはずだぞ?」
「そんなことは分かってる。だが、あまりにも成績が悪い奴がいるらしくてなぁ?」
「何? 誰のことだ?」
「本気で言っているなら、俺はお前をぶん殴る」
「ごめんなさい」
学科は普段からコツコツ勉強していないと成績が伸びない。本当は来月の対抗戦のためのトレーニングに集中したいところだが、今のうちからやっておかないと手遅れになるのは容易に想像出来る。
「始めるぞ」
10分後
「ぷしゅー……」
「いや、早い早い。まだ始めたばかりだろ」
ティールは頑張っている。ペースは遅いが、それでも少しずつ勉強を進めている。何となくだが、思考速度が遅いだけで、理解力自体はそんなに悪くないのではないかと思う。
フォンはもちろん放っておいても大丈夫だ。だが、こっちは……
「何が分からないんだ」
「分からん!!」
「ええ……。ちょっと見せてみろ」
カレンの前に広げられているノートを見てみると、何も書かれていない。
「おい。この10分何をしていた」
「教科書のこの例題を解こうとしていた」
「10分間ずっとか?」
「10分間ずっとだ!」
分からなければ後に回すことを覚えろとか、考えたことを少しでもノートに書けとか、色々言いたいことはあるが、何よりも、
「だったら質問しろ! 何のために集まってると思ってる!」
「…………おお!!」
「おお、じゃねーよ……。ああ、もう。俺は自分の勉強いらないし、基本お前について教えることにする。ティールは分からないところがあったらフォンに聞いてくれ」
「あ、はい。分かりました」
「教えてくれるのか?」
「ああ、教えてやる。隅から隅までお前の頭でも理解出来るようにみっちりとな」
「えっと……優しくしてくれ」
「敵が5人、自分たちも5人。10メートル離れて向かい合っている。この場合の自分たちが取るべき行動を答えよ。なおお互いに武器は剣、魔法は使えないものとする」
「そんなもの、目の前の敵に突撃! 1人が1人を相手にして、全員が勝てば勝利だ!」
「ああ、それで良い」
「え、本当か!? 何か二人組で何とかかんとかとかしなくて良いのか?」
「お互いに実力差がなく、戦場もただの平地。魔法も罠もない状況で余計なことをすれば、敵が1人自由になったりする。そんなことになれば戦っている背後から攻撃されて終わりだ。敵の誰かが1人で2人を相手にしていることになるが、時間稼ぎに徹している互角の敵を瞬殺するのは現実的じゃないからな。つまり1人が1人相手にするのが正解だ」
「お、おう。なるほど、な?」
「あくまで全員剣の場合は、だぞ。だが、ここに実力差があると話が変わる。もしこの10人の中に1人突出して実力が高い者がいた場合、そいつが2、3人引き受けて時間を稼いでいる間に、他の面子で残りを殲滅するのが正解だ。ここにそれぞれの使用武器や魔法の有無、あらかじめ罠を仕掛けられるか否か、地形はどうかなど、様々な要因が……」
「あー、うん。分かる分かる。完全に理解した」
「ま、こんな物は覚えなくて良い。どうせ試験に出るのは互いに実力差がない同じ人数の場合くらいだ」
「あ、そうなのか」
明らかにホッとした様子のカレン。だが、そう簡単な話ではない。そもそもこれくらいの問題ならカレンだってもっと点数が取れているだろうに。自分が点を取れていないのだから、もっと複雑な問題が出るということくらい理解していて欲しいものだ。
「実力が互角で同数でも、前衛後衛の数や使用武器によって取るべき戦術は変わる。使える魔法によっても全く別の展開になるし、覚えることはいくらでもあるぞ」
「……ちょ、ちょっと気分を変えないか? 別の科目をやろう!」
戦術は苦手だろうなとは思っていた。だからこそやっているんだが、確かに試験まではまだ時間がある。少しずつ覚えていけば良いし、苦手なことばかりやっても続かない。
「まあ良いだろう。得意科目は?」
「算術だ」
「意外だな。ならとりあえず、54×30は?」
「1620だ!」
全く間を空けずに答えたな。算術が得意というのは嘘ではないらしい。
「朝10時、時間になっても集合場所にカレンが来なかったので、俺は先に行くことにした。4分後、慌てて集合場所に来たカレンは俺がいないので、後を追いかけることにした。俺は秒速5メートルで小走りしている。カレンは時速90キロで追いかけている。さて、追いつくのは何時何分だ?」
「えーと、クレイは分速300メートル、わたしは分速1500メートル、クレイは既に1200メートル進んでいるから、1分後には追いつくな。10時1分だ!」
「何故そこまで合ってるのに答えを間違えるんだ……」
「え? ……あっ、10時5分だ」
「正解だ。算術については落ち着いて回答すれば大丈夫そうだな。良いか? 絶対に慌てるな。時間をかけ過ぎるのも良くないが、終わってから絶対に見直しはしろ。恐らく単純なミスによる減点部分がある」
「わ、分かった。見直しする」
きっとこういうミスのせいで大幅に点を失っているんだろう。カレンの性格からして、容易に想像出来る。算術に限らず、どの科目でもミスによる減点は非常にもったいない。解ける問題は確実に正解しないとな。
「クレイ、それわたしも聞きたい」
「ん? どれだ?」
「ミスのなくしかた。満点なんてどうやったら取れるの?」
どうやったら、と言われてもな。俺がやっているのは何も特別なことじゃない。結局はただの見直しだ。
恐らくただ勉強が出来るだけの人間には満点が取れないように問題を作ってあるとは感じたがな。あえて言うなら、
「重要なのは客観性だ」
「客観性?」
「最初に問題を解く。この時にミスがあったとして、自分でそれに気付くのは難しい。例えば、4×7=32と書いていても、頭の中でそれが正解だと一度思ってしまうと、この違和感に気付けない」
「ふむふむ。分かる、分かるぞ。毎回自分でも意味が分からないミスをしているんだ」
お前は見直しの仕方以前にもっと落ち着いて問題を解け、と言いたいが、それで分からない問題に時間をかけ過ぎるようになるのも良くないな。難しいものだ。
「だから見直しというのは解き終わった直後ではなく、全ての問題を解き終わってから行うんだ。問題を解いてから時間を空けることで、自分の回答を客観的に見ることが出来るようになる」
「わたしも見直しは解き終わってからしてるけど」
「見直しは頭を空にして行うんだ。自分が解いたという事実を消す。また最初から解き直す。そうするとミスに気付くことが出来る」
「……それ、時間が倍かかる」
「そうだな。俺は試験時間が半分以上残っているから完全に頭を空にして見直しをするが、時間がないならこの方法は難しい。確実に言えるのは、自分の回答を流し見るのはあまり意味がないということくらいだな」
「そもそもあたしは見直しする時間がないんですけど……」
「見たところ、ティールは一つ解くのに時間がかかり過ぎだな。ティールに必要なのは深く考え過ぎない訓練だろう。試験に出る問題なんてどこかで見たことがあるような物ばかりだ。つまり、パッと見て自分に解ける問題か無理な問題かは分かる。無理な問題を考えるな。解ける問題だけ確実に取っていけ」
「ほえー……」
何だかんだ言って2時間はみっちり勉強したな。今日はこれくらいで良いか。
「今日はここまでにしよう。これから毎週休みの内1日の午前中は勉強会だな」
「お、終わりか! よし、トレーニングに行くぞ! ずっと室内にこもっていては体が鈍る!」
「先に昼食」
「おお、そうだな。言われたら急にお腹が空いてきた。食堂に行こう」
「ごはん! 楽しみですねー! 今日は何食べようかなー」
時速90キロは誤字ではないです。




