第152話 自分らしく
まさか姫様と一緒に来るなんて、と思ったが、考えてみれば姉ちゃんは姫様の付き人なんだから、一緒にいる方が普通な気がする。
そうは言っても姫様相手にどんな対応をすれば良いのかなんて俺には分からない。久しぶりに姉ちゃんと会うってことしか考えてなかったからな……。
「えっと……」
「フォグル君、そんな緊張しなくても大丈夫。ミュア様は気さくな方だから」
「うんうん! カンナちゃんの家族とはミュアも仲良くしたいの!」
カンナちゃん、とは。姉ちゃんの方が10以上も年上のはずだが、まるで仲の良い友達のような接し方だ。確かに、そこまで大げさに気を遣う必要はないのか。
そもそも俺にちゃんと礼儀正しくしろなんて言われても難しいんだ。だったらもう姫様の優しさに甘えて、多少気を抜くくらいで良いのかもしれない。
「そうだ姉ちゃん。これ、用意してもらったんだが」
レオンに書いてもらったサインだ。どのタイミングで渡せば良いのかなんて分からないし、さっさと渡してしまおう。
「何?」
「レオンにサイン書いてもらったんだ。姉ちゃんにやるよ」
「え……これ、レオン様の、サイン……?」
姉ちゃんが固まった。両手でレオンのサインを掲げるように持ち、プルプルと震えだす。そして、
「キャーーー!! レオン様のサイン!? 何それ超嬉しーー!! フォグル君ありがとー!! 大好きだよ!!」
「うおっ!?」
満面の笑みを浮かべて、急に姉ちゃんが飛び付いてきた。首にぶら下がるように抱き着いて、俺の胸に頭をグリグリと擦りつけてくる。
「あー、久しぶりだなぁ、この感じ。姉ちゃん嬉しさが限界を超えて上がるとこうなるんだよな」
「えー、カンナちゃんのこんな姿、初めて見たよ。ミュアの前ではいっつも無表情なのに」
俺にぶら下がっている姉ちゃんの背中に、姫様の視線が突き刺さる。呆れたような、でもどこか嬉しそうな、何とも言えない表情をしている。
「はっ!? んんっ、失礼しました」
そんな姫様の視線に気が付いたのか、慌てた様子で俺から離れ、顔を赤くしつつも無表情を取り戻す姉ちゃん。今更取り繕っても遅い気がする。
「改めて、ありがとうフォグル君。わたしは何も用意してないんだけど……」
「良いって。久しぶりに姉ちゃんに会えただけで充分嬉しいからな」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれるね」
「母ちゃんは元気にしてるか?」
「元気だよ。元気過ぎるくらい」
母ちゃんは、ほぼ常に姉ちゃんのテンションが高い状態に近いくらい元気な人だ。元気過ぎるくらいが普通な人だから、問題ないようで安心だ。
「フォグル君はどう? 学園で上手くやれてる?」
「ああ、まあ、結構上手くやれてる方なんじゃねぇかな。多分」
「何か、可愛い女の子と班を組んでるって聞いた。デリカシーのないことを言って嫌われてない?」
「あー、どうかな。嫌われてはない、と思う。そういうの、あんま分かんねぇけど。てかなんで知ってるんだよ」
「クレイさんから聞いた」
「ああ? なんでクレイが出てくんだよ」
まさかあいつ、姉ちゃんに手を出したんじゃないだろうな。贈り物について相談した時に抱いてた不安が的中したのか……?
「本当はここにはクレイさんに会いに来たんだよ。ミュア様が会いたいって仰ったから」
「姫様が?」
「そうなの! お兄ちゃんはスゴイからね!」
やけにキラキラと輝く瞳でクレイを褒める姫様。ずいぶん懐いている感じだ。
「あいつ……また女子に好かれてるのか……」
「あ、やっぱりそういう感じなんだ。そうだろうとは思ってたけど」
「やっぱりって……まさか姉ちゃんも……?」
「え? いや、違うけど」
何を言ってるんだと言わんばかりの目で見られてしまった。どうやら姉ちゃんの気持ちがクレイに向いている訳ではないみたいだ。
今からクレイを狙ったって絶対に他の誰かに取られるだろう。姉ちゃんが叶わぬ恋をするようなことがなくて良かった。
我ながら、ずいぶん柄にもないことを考えてるな。
「弟さんはお兄ちゃん……えっと、クレイさんのこと、知ってる?」
「ええ、まあ、よく知ってるってほどじゃないですけど、知らないってことはないです」
「普段のお兄ちゃんのこと、教えて!」
普段のクレイか。正直俺が知ってることなんて、いつも女子に囲まれてるってことと、頭がヤベェくらい良いってことくらいなんだよな。
そんな話をして面白いとは思えないが……まあ何も答えないよりはマシか。
「あいつはいつもあいつの班のメンバーとか、あとはウチの班の女子に囲まれてます。詳しくは聞いてないですけど、どいつもこいつもクレイに助けられたとか何とか」
「うんうん、お兄ちゃんは優しいもんね!」
「あと、頭が良いです。テストは満点以外取ったことがないらしいです」
「うんうん、やっぱりお兄ちゃんはスゴイね!」
姫様、クレイに懐きすぎじゃないか? 確かにあいつはスゴイ奴なのは間違いないが、それにしたって全肯定過ぎだろ。
「未来予知については知らない?」
「未来予知?」
先読みのことだろうか。解析魔法を使ったあいつの先読みは確かに脅威だ。もしあいつと俺が一対一で戦うことになったら、まず間違いなく直撃はさせられない。周囲を吹き飛ばすくらいの勢いで衝撃を発生させれば、無理矢理ではあるが勝てるだろうか。それも読まれて何らかの対策をされそうではあるが。
「確かにあいつの先読みは未来予知って言っても良いくらいの精度ですね」
「え?」
「え? 何か変なことを言いましたか?」
「え、だって……お兄ちゃんは、すぐ目の前の未来が見えるんでしょ……?」
「いえ、あいつの能力は解析ですよ。周囲の情報を集めて、それで未来予知に近いくらいの精度で先読みしてるんです。スゴイですよね。尊敬できる奴だと思います」
「え、だって……お兄ちゃんは、ミュアと同じ……未来予知の、能力者で……」
「ミュア様! 落ち着いてください!」
どうしたというのだろう。さっきまで笑顔だった姫様の顔が、今は血の気が引いてしまっている。そんなにクレイが未来予知能力を持っていなかったことがショックだったのだろうか。
「え、っと、姫様、クレイはスゴイ奴です! たとえ未来予知が出来なくても、あいつは」
「フォグル君、ちょっと黙ってて!!」
「そ、んな……やっとミュアのことを分かってくれる人が……見つかったって思って…………騙してたの……?」
「ミュア様! きっと何か考えがあったんです! 彼はとても頭が良いと聞いたばかりじゃないですか!」
「っ!!」
「ミュア様っ!!」
俺から逃げるように駆け出す姫様。振り向く瞬間、わずかに涙が舞ったのが見えてしまった。
泣かせた……のか……?
「姫様!」
「フォグル君は待ってて! わたしが追いかける!」
「でもっ!」
「分かってる! あれは仕方がなかった! フォグル君は悪くない! でも今はミュア様が冷静になる時間が必要だから、フォグル君は追いかけないで!」
そう言って姉ちゃんも姫様を追って走り出す。姫様の身体能力はそれほど高くない。姉ちゃんの足ならすぐに追いつけるだろう。
それは俺も同じ。追いかければ、すぐに追いつく。
だが、足が動かない。
昔から、親父にも母ちゃんにも姉ちゃんにも言われ続けてきた。
お前はもっと相手の気持ちも考えれるようにならないといけないって。
でも、それが分からなかった。
だって、俺が言っていることは正しいことのはずなんだから。
出来ないなら出来るように頑張るべきだ。目指すなら頂点であるべきだ。間違っていることは間違っているとはっきり言うべきだ。
俺が言っていることは正しいはず。なのに、それを言うと誰もが同じ言葉を返してくる。
自分はお前とは違うんだって
何度も同じ反応をされれば、いくら鈍いと言われる俺だって理解出来る。きっと普通じゃないのは俺の方なんだろうって。
だから、俺も努力した。出来るだけはっきり言葉にしないようにしようとか、何を思って諦めるのかを聞いてみようとか。
でも、駄目だった。本音を隠し切れなかった。
結局俺は俺のまま。昔から何も変わらない。
でも、
(俺たちにはお前が必要だ)
(俺が必要? 何のために)
(頂点を取るために)
俺のままでも、認めてくれる仲間が出来た。お前は本当に馬鹿だ、脳筋だって言って笑って、俺を受け入れてくれる仲間が。
俺がもっと頑張るべきだなんて言わなくても、当たり前のように頑張れる奴ら。孤立してた俺を受け入れてくれた、大切な奴ら。
認めてくれたあいつらに、恥じない俺でありたい。
確かに姉ちゃんの言う通り、今は俺が姫様を追わない方が良いんだろう。俺は馬鹿だから、余計に傷つけることを言いかねない。
だが、今俺がすべきなのは、ここで突っ立っていることじゃなくて、謝ることだ。俺はそれが正しいと思う。
俺自身が思う正しいを貫く。きっとそれが、俺の生き方だ。
固まっていた体が動くようになった。わざわざ改めて気持ちを確認しないと動けないなんて、俺もまだまだ弱いな。
通信機を取り出す。もう見えなくなってしまった姫様を追うなら、行き先を予想しなければならない。俺にそんなことは出来ないから、出来そうな奴に頼ろう。
「クレイ、聞きたいことがあるんだが」




