第145話 楽しい釣り
それからしばらく釣りを続け、晩飯時ということで切り上げることになった。最終的に俺が1匹、レオンが2匹、ハイラスが5匹、フォグルが0匹という結果になった。
なかなか楽しいものだ。ハイラス曰く、この湖はよく釣れるスポットのようだ、ということなので、またそのうち来るとしよう。
「くっそー! 結局最後まで釣れなかった」
「魚は結構見抜いてくるからな。上手くやらないと釣れんぜ」
「楽しかったよ。また機会があれば皆で来よう」
「この魚はどうするんだ?」
釣った魚はバケツの中で泳いでいる。このまま持ち帰ることも出来そうだが、持ち帰ったとして4人で食うには多い気がする。
「ここで焼いて食う」
そう言ってハイラスが調理器具を取り出す。そんな物も持ってきていたのか。
「多くないか?」
「余ったらフォグルが食うだろ」
「任せとけ!」
フォグルは見るからに多く食べそうだしな。余る心配なんてする必要はなかったか。
ハイラスによって手際良く魚が捌かれていく。内臓を処理し塩を振って、そのまま串を刺して焼くようだ。
「上手いものだね」
「慣れてるからな。小さい頃から何度やったか分からんくらいだぜ」
「くぅー! 良い匂いだぜ! 早く焼けねぇかな」
確かに、食欲をそそる良い匂いがしている。釣ってその場で焼いて食べるなど、初めての経験だ。美味そうだな。
「話が逸れてそのままになっていたが、フォグルの姉への贈り物は考えなくて良いのか?」
「そうだった! 姉ちゃんにあげる物考えねぇと!」
「魚が焼けるまでの間、考えてみようか。お姉さんはどんな物が好きだとか教えてくれるかい?」
「んー、姉ちゃんが好きな物か。……銃?」
物騒だな。写真で見た少女が銃を磨いてニヤニヤしている図が頭に浮かんだ。会ったこともないので、どんな人なのかはフォグルの話から想像することしか出来ない。
「姉ちゃんは銃の扱いがめっちゃうめぇんだ。趣味は銃の整備とか言ってた」
「それは好きな物ってより、必要な物なんじゃねぇの?」
「あとはそうだな……イケメンアイドル? テレビに映るアイドル見て、母ちゃんと一緒にキャーキャー言ってたな、確か」
アインミークは技術が進んでいるな。娯楽もヴォルスグランとは異なっているようだ。
しかし、それはアイドルが好きなのか、イケメンが好きなのか。とはいえ、参考にはなった。
「だったら、レオンのサインでも渡せば喜ぶんじゃないか? 他国からすれば、レオンなんてアイドルと似たようなものだろ」
「えっ、いや、僕は歌ったり踊ったりは出来ないんだけど……。アイドルのダンスってパーティーでやるようなものとは違うよね?」
「それ大丈夫なのかよ。王子のサインって本来超貴重品なんじゃねぇの?」
「だからこそ、そんなものをフォグルが贈ってきたという事実にも喜んでもらえそうじゃないか? 俺は極論、大切な弟がくれるものなら何だって良いんじゃないだろうかと思っているが」
フォグルがこれだけ慕っている姉なのだから、姉の方も弟を大切に想っているのではないか、という予想だ。実際には分からないが、最悪の場合でも、王子のサインを雑に扱ったりはしないだろう。捨てることも出来なくて困るという可能性もなくはないが。
「そ、そうか? それなら、レオン、頼めねぇか?」
「うーん、まあ良いか。分かった、一枚書いてみるよ」
「助かるぜ! レオン、クレイ、ありがとな! 相談して良かった!」
喜んでもらえたなら良かった。あとは実際に姉に贈った時、良い反応がもらえるかだが。流石にそこまでは予測出来ない。フォグルが姉に大切にされていることを祈ろう。
「よっし、焼けたぞー!」
「お、やっとか! 早速いただくぜ!」
「おー、美味しい! こうやって外で食べるのも良いものだね」
「どうよ。自分で釣って食う魚は美味いだろ?」
「ああ、確かに」
今までも魚を食う機会はあったが、一際美味く感じる。自分で釣ったからか、外で焼いて食っているからか。また釣りに来たいものだ。
翌日。
「クレイー! 助けてくれー!!」
朝からカレンが訪ねてきた。何やら慌てているのか、扉をドンドンと叩いてやかましい。
「何事だ一体」
「これ、見てくれ!」
カレンに差し出された紙を見てみる。それは、カレンに作ってやったテストだった。昨日の勉強会の終わりにカレンに渡しておいたものだ。
「おい、何故こんなにも真っ白なんだ」
「全然分からなかったんだ!」
カレンの勉強は順調に進んでいると思っていた。それは勘違いではないはずだ。実際、今までこれ以外にもいくつもテストは作ってやったが、その全てでそれなりの点数を取れていた。
では何故このテストだけ急に点が悪くなったのか。
「お前、さては普段分かるところだけ勉強していただろ」
「うっ」
分かる範囲はより分かるように、分からない範囲はそのままに。それでは勉強の意味がない。今までのテストは分かる範囲だったのだろう。今回作ったテストが分からない部分に入ったから、ここまで極端に差が出る。
「はぁ、仕方ない。ほら、部屋に入れ。教えてやるから」
「クレイ……! ありがとう!」
それからしばらく、カレンが分かっていない部分を教えてやる。まあこうして分かる部分、分からない部分があるというだけでも、1学期の頃よりは成長しているのだろう。
「解けた!」
「ああ、分かってきたな。これでこの部分も自分で勉強出来るだろ?」
「うむ! ……でも、またクレイに教えてもらいにきても、良いか?」
「別に、良いけどな」
そう言うと、カレンの表情がパァッと明るくなる。分かりやすい奴だ。こうも嬉しそうにされると、こちらも教えがいがある。
「やっほー、クレイ。いるかー?」
そうしてカレンに勉強を教えていると、扉の向こうから声が聞こえた。
「ハイラスか。悪い、ちょっと出てくる」
カレンに断り、部屋の扉を開けて対応する。
「どうした?」
「これこれ。釣り竿やるよ」
ハイラスが釣り竿を押し付けてくる。昨日借りたものだ。
「どうした急に。釣り竿とはそれなりの値段がするものではないのか? 流石に悪いぞ」
「いや、これはそんな良い物じゃないから、大した値はしないぞ。レオンとフォグルにも渡してきた。お前ら、釣りを楽しんでたみたいだったからな。また行こうぜ!」
別に釣り竿を渡してこなくとも、また釣りに行くことくらい出来るだろうに。こいつもずいぶん楽しかったようだ。せっかくの厚意だ。受け取っておくか。
「ならもらっておくか。ありがとう」
「おう、また誘うからな! 練習しとけよ!」
そう告げて去って行くハイラス。やけに元気だな。確かに昨日は楽しかったが、それとは別に何か良いことでもあったのだろうか。
「それは、釣り竿か? もらったのか?」
「ああ、昨日釣りに行ってな。それが楽しかったから、また行こうぜって竿を渡してきた」
「ふーん、釣りかぁ。わたしはやったことないな」
「行ってみるか? なかなか楽しいものだぞ」
「……本当に、楽しかったようだな」
「ん?」
「クレイがそんなに雰囲気に出るほど楽しそうにしているのは、とても珍しい」
「……そんなにか?」
雰囲気などに鈍いカレンにすら読み取られるほど楽しそうにしていたか。それは確かに、我ながら珍しいことだな。
「釣り、行ってみるか。せっかくだ、班の皆を誘って行こう。きっと皆楽しめるだろう。何せクレイがそんなに楽しそうなのだからな」
「準備もある。竿だけで釣れるものではないしな。流石に今日いきなり皆で、とはいかないぞ。だが、そうだな。行ってみるか」
俺が教えられるかは分からないが、釣れなくてもそれなりに楽しめるだろう。




