第140話 力のファレイオル
この戦い、一手でも騎士団長を自由に行動させたら、その瞬間負けだ。俺が勝ちを拾うためには、完封する必要がある。
まずは、
「解析、転写」
騎士団長を囲うように、全周一気に魔法を放つ。
「甘いよ」
振り抜かれた大剣。その一撃で、全ての魔法が斬り捨てられる。
既に心眼が開いている。
精神統一することで、見えない物を捉えることが出来るようになるファレイオルの技、心眼。カレンはこれを使用するために、それなりの時間を要する。
が、流石の練度と言うべきか。この人はカレンとは比較にならないほど、心眼を使いこなしているようだ。
飛んでくる魔法の軌道や順番を正確に把握し、剣を一振りするだけで全てを斬り裂くことが出来る道筋を一瞬で読み取っている。
これほどまでに見えているとなると、動きを封じる方向で完封するのは不可能に近い。
戦法を切り替えよう。封じるのではなく、相手にとって思い通りの結果が出ないように。
数発、魔法を撃ち込む。それらは当たり前のように斬り捨てられ、何の成果も得られない。
「まさかこのままチマチマと魔法を撃っているだけで終わりじゃないよね?」
無視して魔法を撃ち込む。連打というほどでもなく、ただ数発を放つだけ。
「……なら、こちらから行くよ」
騎士団長の踏み込み。ただの踏み込みで、魔法強化されたフィールドの床にヒビを入れ、既に剣を振り抜かんとしている。
それに対して俺が行ったのは、ただすれ違うように駆けて回避しただけ。
「っ!?」
たったそれだけで一瞬、騎士団長の動きが止まる。その隙を撃ち抜こうと思っていたのだが、解析から次の行動を読み取った瞬間、退避を選択。
「はぁっ!」
それにより、見もせずに放たれる背後への薙ぎ払いを回避。再び間合いを開けて向かい合う。
「今のは……何だ?」
「俺があなたに勝利した後、お教えしますよ」
俺が回避の際に行ったのは、フェイントだ。通常のフェイントではなく、大きく、ギリギリまで踏み込んだフェイント。
俺の実際の動き出しの直前まで、普通よりも深く踏み込むフェイントを入れていた。
心眼は見えない物を見る。そのあまりにも見えすぎている目には、フェイントもはっきり捉えられている。
そのせいで、深く踏み込んだフェイントにより、俺の本当の動きとは逆へ回避している幻影が見えてしまうことになる。
先ほど騎士団長の目には、俺がまるで分身したかのように見えていたはずだ。どちらが本物の俺か一瞬分からなくなり、その迷いが動きを止めた。
次の瞬間には心眼本来の能力により、背後に駆け抜けた俺を正確に捉えて剣を振るってきたものの、その一撃は騎士団長の実力とはかけ離れた軽いものだ。大した脅威にはならない。
「ならば、はぁっ!!」
再びの踏み込み。床にヒビを入れるどころか、踏み砕くほどに力強く踏みしめ、一気に間合いを詰めると同時、剣を振るってくる。
更に威力と剣速が上がったその一撃。だが、やはり、
「チッ」
フェイントを捉え過ぎて、一瞬動けなくなる。そのまま、一つ、二つ、三つと重ねて振るわれる剣に対し、全てに深いフェイントを入れ回避する。
そろそろか。
「剛打・割砕!!」
「ぐぅッ!」
一瞬で輝きを帯びた大剣が、その場で振り下ろされる。その一撃は空間を引き裂き、衝撃をまき散らして床を軽々と粉砕。ドームごと破壊しそうな勢いでフィールドを割る。
分かっていた。解析から予測出来ていた。回避しても無意味なほどの強大な一撃が来ることは。だから、魔法陣からの鎖で体を引っ張り、足裏から風を放ち、全力で退避していた。
それでも、避け切ることが出来ない。放たれた衝撃が、砕けた床が俺を打ち、吹き飛ばす。
何度も床を跳ね、吹き飛んでいく俺に、
追いついてきた騎士団長が、剣を振り上げる。
馬鹿げた身体能力だ。自分で吹き飛ばした相手に追い付くなど。体勢を整えるどころか、自由に動くことさえ出来ない俺に、それを避ける術はない。
そう思っているだろう。
「まさかッ!?」
剣を振り上げた騎士団長の目の前で、そこにいたはずの俺が消失する。
驚愕に動きを止めるその背に向けて、魔法陣から石弾を放つ。
「お、おおおおおぉぉぉぉッ!!」
「ッ!?」
振り向きながら、その勢いのままに全力で大剣を投げつけてくる騎士団長。石弾を砕き、横回転しながら高速で飛来する大剣。
解析していてもなお予想外のその一撃に対し俺が出来たのは、目の前に石壁を生成して少しでも勢いを削ぐことだけ。
砕いた石弾に隠れるように、飛来していたナイフ。石弾が防がれることも予想の上で、トドメを刺す一撃を放っていたのか。
無理な体勢から大剣を投げつけるなどということをしたせいで、この攻撃に対応する余裕がない。
それでも、ギリギリで額に魔力を集め、そのまま頭で受ける。
「ぐっ」
額が割れ、血が流れ出す。だが、耐えた。ナイフは刺さらず、傷を付けるに止まり落下していく。慌てて崩れていた体勢を整えながら、投げた大剣の結果を見る。
咄嗟に防御のために生成したのだろう石壁を粉砕し、そのまま突き進んだ大剣が、クレイを吹き飛ばしたようだ。腕で防御したのか、明らかに両腕がへし折れているのが見える。
どうやら意識はあるらしい。座り込んではいるものの、しっかりとこちらを見据えている。
油断せず、クレイの動きに集中する。何をしてくる? 腕が折れたくらいで、何も出来なくなったりはしないはず。
背後から衝撃。
「な、ぜ……心眼、は……」
完全に不意を突かれたその一撃に、意識が遠のいていく。
最初から、殺す気はなかった。斬り捨てると言ったのは嘘だ。
クレイが俺に勝てるとは思えなかった。騎士団長である俺に対し、善戦出来るか。負けたとして、潔く死を受け入れたりせず、最後までみっともなくても足掻くことが出来るか。
大剣を投げるなどという無理な行動を引き出した上に、俺に血を流させるほどに追い詰めることが出来た時点で、合格にするつもりだった。あとは、足掻くことが出来るかを見るだけだと思っていた。
まさか、本当に負けるなど。
「大丈夫ですか?」
意識が戻る。目を開けると、クレイがこちらを覗き込んでいるのが見えた。
「ああ……大丈夫だ。あ、額の治療をしてくれたのか。ありがとう」
額に止血テープが貼られている。後でしっかり治療しておかないといけない。
「とりあえず、結果から言おうか。分かっているとは思うけど、合格だよ」
「ありがとうございます」
「まさか負けるとはね。分身していたように見えたけど、あれは?」
「ただのフェイントですよ」
クレイが何をしていたのかを教えられる。当たり前のように言っているが、それほど深いフェイントを入れてから回避しようと思ったら、かなりタイミングがシビアになるだろう。俺の攻撃を完璧に見切っていなければ出来ないはず。想像していたよりもずいぶんと実力が高い。
「でも、最後に俺が吹き飛ばした君は、間違いなく実体があったと思ったんだけどね。心眼で確認してから追い付いたんだから間違いないはず」
「実体がある奴は分身ではない。そう確信させるために何度も同じ回避をしましたからね。最後のあれだけは、魔法陣から作った実体のある分身ですよ」
そういうことか。俺が技を使った衝撃によりクレイを吹き飛ばした時、魔法陣から取り出した分身も吹き飛ばされるようにしたんだろう。
実体のある分身が俺の視界に入るように調整しつつ、本体は気配を消す。恐らく本体も衝撃に吹き飛ばされていたはずだが、よくそこまで完璧にコントロール出来るものだ。
「一番分からないのはその後だ。背後から何かの攻撃を受けたみたいだけど、俺は心眼で後ろも見えるはずなんだが……」
「あの時、騎士団長の心眼は閉じていましたよ」
「何……?」
「本体だと思っていた俺が消えた驚愕、体勢を早く整えようとする焦燥、怪我の痛みによる思考の乱れや、俺の動きに集中することでの背後警戒の緩み。それによって精神統一が崩れたところを狙ったので」
まさか、そこまで狙って分身を出したのか……? 俺が吹き飛ばした分身に追い付くことや、剣を投げることまで読んでいたというのか。
「ああ、いえ、流石に剣を投げてきたのは予想外でしたよ。分身が目の前で消えたら驚愕で精神統一に乱れが生じるはず、と思ってやったことです」
これは……認めざるを得ないだろう。レイドめ、何が『実力が足りない』だよ。確かにティクライズとはずいぶん違った戦い方だけど、不意打ちだろうが初見殺しだろうが、俺に勝って見せるこの子が弱い訳ないだろう。
「カレンちゃん、出ておいで」
「クレイ! 大丈夫か!!」
呼びかけた瞬間、全速力でクレイに駆け寄っていくカレンちゃん。くっ……俺よりもクレイの心配をするのか……! いや、俺が仕掛けた勝負なんだから仕方がないんだけどさ……。
「ああ、腕がこんな……父上! 殺す気はないと言っていたのに!!」
「いや、確かに殺す気はなかったようだぞ。投げ付けられた大剣も、刃がこちらを向かないように投げられていたからな」
「父上の力で投げられた大剣が当たったら、刃なんて関係なく危険に決まっているだろう! クレイ、すまない。わたしのためにこんなに……ありがとう」
目の前で愛しの娘と男がイチャイチャしている光景が、これほどまでに憎いものだとは。世の父親たちはどうやって納得して娘を嫁に出しているのだろうか。
「コホン。えーとだな、クレイ。君の実力は充分に分かった。君になら娘を任せ……まか……まか、せても、良い、だろう……!」
「いや、そんな血の涙を流しそうな表情で言われましても……」
駄目だ。今から真剣な話をしようとしているのに。一つ、深呼吸して、心を落ち着ける。
「君がいれば、カレンちゃんはきっと大丈夫だろう」
「当然です! クレイは頼りになる奴ですから!」
「だから、君がいる今なら、カレンちゃんに教えても大丈夫かと思ってね」
「わたしに……?」
「ああ。カナの、ママの話だよ」
「ママの!?」
カレンちゃんは母親が亡くなり、しばらく塞ぎこんで部屋から出てこなくなってしまった時期があった。そんな母親を思い出させる話をするのは、正直俺にとっても怖いことだ。
だが、そんな話をしても良いと思えるくらいには、この少年を信用している。俺の気持ちを裏切りたくないと思ってくれているのか、クレイもカレンちゃんの様子を見逃さないように気をつけているようだ。
懐かしい。今でも鮮明に覚えている。
「俺が初めてカナに出会ったのは、騎士団に入って5年くらいの頃だった。あの日、城で門番をしていた俺の目の前で、彼女は言った。頼れる人がいない、自分を保護してもらえないか、と」
彼女は自分のことを、炎の精霊だと名乗った




