第13話 騎士の道
「トレーニングの準備をしていろ」
それだけ言って、クレイはわたしたちを大通りへ突き飛ばす。どうやら今は大通りに敵がいないようだ。
「クレイさむぐっ!?」
叫ぼうとするティールの口を押さえる。クレイは何の策もなく一人になったりしないだろう。自己犠牲で行動するようなタイプでもないし、心配はいらないはず。
トレーニングの準備をしていろ、か。なるほど、理解した。ティールを連れて駆け出す。
「フォン! ティールは最硬の鉄人形を破壊出来るほどの力がある!」
? そんなことは知っている。わたしがその程度の情報を持っていることは、クレイも分かっていると思うけど、何が言いたいのか。とりあえず聞き流して、ティールの手を引きながら装備品店を目指す。
既に装備品店フィーリィのすぐ傍まで来ている。大通りを走る勢いそのままに店内に駆け込む。
「いらっしゃいませ。ティール様、お待ちしておりました」
以前来た時と全く変わらない様子で、執事服を着た店主のトラスに出迎えられる。
「そ、そんな落ち着いて接客してる場合じゃないですよ! 外が大変なことに……」
「はい、存じております。しかし私の仕事は、この店をご利用のお客様に満足していただくことですので、外の状況は関係ございません」
言っていることは理解出来なくはないが、それを実践出来る人間が果たしてどれだけいるのか。そもそもこんな状況で店を利用する客など来る訳がないのだから、店を閉じても良いと思う。
だが、助かる。
「ハンマーと重りちょうだい」
「はい、こちらがご注文いただいていた重りでございます」
ベルトのような重りがティールに手渡される。肩から腰にかけて斜めに巻くベルトが2本。交差するように体に巻けば、確かに動きを阻害することもなさそう。
「おおー、ピッタリです! それに動きやすいですね。ありがとうございます!」
「こちらがお取り置きしておりましたハンマーでございます。いかがでしょうか。何か問題がございましたら、この場ですぐ調整することも可能ですが」
漆黒に煌めく巨大なハンマーをブンブンと振り回して確認するティール。そのヘッドはしゃがめば後ろに隠れられそうなほどに大きく、わたしでは持ち上げるのも難しいだろう。そんな物を軽々と振り回している。知ってはいても、実際に見ると凄まじい力だ。
「スゴイ……全く体が振り回されない……! 大丈夫です!」
「大丈夫なら行く」
「あ、はい。ありがとうございました!」
「お役に立てて嬉しく思います。存分にご活用くださいませ。またのご来店をお待ちしております」
店から顔を出し周囲を確認。敵はいない。というか、足音が遠ざかっている気がする。クレイが何かしたのか。
とはいえ、流石に堂々と大通りを行く気にはなれない。少し回り道にはなるけど、細めの道を選んで静かに目的地を目指そう。
「ついてきて」
「敵はいないんでしょうか?」
「遠くなってるみたい」
「良かった……」
ティールは模擬戦でもまともに戦えないくらい臆病だ。いきなりこんな命の危険がある実戦なんて出来ないだろう。わたしもたった一発の魔法しか武器がないし、絶対に敵に見つかる訳にはいかない。慎重に進まないと。
何度か都市に響く爆発音を聞きながら、細い道を選んでゆっくり門の付近までやってきた。何かに、というか恐らくこの爆発音に引き付けられて、こちらの方には敵がいない。
一際大きい爆発音が響いてから、そう間を空けずに都市の門が見えた。だが、
「敵が見張ってます……」
何故か外を見ている門番が二人、銃を構えている。どうしようか。門から出れば目的地はすぐそこだし、ここはわたしの魔法で制圧しても……いや。
(フォン! ティールは最硬の鉄人形を破壊出来るほどの力がある!)
なるほど、そういうことか。この状況まで読み切っていたんだ。ここでは敵に近すぎる。もう少し離れよう。
「こっち」
門から少し離れる。敵から見えづらい程度、見られてもすぐには駆けつけられない程度に。
今は多少静かになっているけど、何度も破壊音や爆発音が響いてたし、今もたまに何かを破壊する音が聞こえている。もう一発くらい大きな音がしても問題ないはず。
「ティール、外壁を破壊して」
「……え?」
「早く」
クレイの状況が分からない。トレーニングの準備をしていろってことは、重りとハンマーを受け取ってから外の森に来いってことだと思うけど、そこで何をすれば良いのかまでは指示されてない。最悪、そこにクレイの死体が転がっている可能性も……。
急ぐべきだろう。
「でも、そんなことしたら……」
「今は緊急事態。クレイからの指示」
「クレイさんの?」
「そう。早くして。クレイが危ないかもしれない」
「わ、分かりましたっ!」
外壁の前でハンマーを構え、そして
「はああぁぁぁぁぁぁっ!!」
横薙ぎに叩き付ける。
瞬間、
世界が揺れた。そう錯覚するほどの衝撃。
ハンマーが直接叩いた部分だけでなく、走り抜けた衝撃が、壁を粉々に粉砕する。目の前にあったはずの壁が跡形もなく吹き飛んでしまった。何という……。
「行きましょう!」
「わ、わかった」
驚いている場合ではなかった。砕けた壁を越え、外へ。
「トレーニング場所は?」
「こっちです! 前に一度来ました!」
ティールについて森を走り抜ける。途中、上空に炎が上がるのが見えた。恐らくそこが目的地。
まるで殴り倒されたように木が少ないその場所。森の中にあって見晴らしが良いその場所で、人だかりが出来ている。人の隙間から、わずかに見えた。
「いた。あの中」
今にも殺されてしまいそうな危機的状況。だが、間一髪間に合った。ここは温存していた魔法を使う時だ。
「クレイさん!!」
駆けだしたティールを見て、急いで魔法を構築する。クレイと、その隣のカレン・ファレイオルを囲うように氷の壁を作る。魔力が暴走して勝手に全魔力を消費、巨大な塔のような壁になった。
壁の生成と同時、ティールがハンマーを振りかぶって突撃する。怯えた様子を一切見せず、構えたハンマーを敵の手前の地面に叩き付け、
大地が、割れる
轟音を響かせ、地が揺れ、衝撃をまき散らし、何人いたのか把握出来ない敵をまとめて薙ぎ払う。全魔力を注いだ相応に強度があるはずの氷壁も砕けてしまった。壁を作って良かった。おかげで、壁の中にいたクレイたちは何とか無事だ。
「カレン、敵を掃討しろ!」
「あ、ああ! 承知した」
残ったわずかな敵もカレン・ファレイオルが素早く倒し、ほどなく敵の殲滅が完了した。
完璧なタイミングだな。予定とは違い、カレンと行動を共にすることになったから時間調整が心配だったが、何とか予定通りに進んだようだ。
「クレイざあああぁぁぁぁん!! ぶじでよがっだでずううぅぅぅぅ!!」
俺にしがみついて泣きじゃくるティールの頭を撫でながら、考える。
本当に解決したのか?
敵は思考する。当たり前だが、重要なことだ。今回、俺は明らかに敵を集めて誘っていた。それくらい敵も分かっていたはず。つまりここで俺が何らかの作戦を発動するくらいは予想していて然るべきだ。
多数の手下を使って囲み、それで殺れればそれで良し。だが、もし失敗したら? 失敗を想定出来ない無能だったというのならそれに越したことはないんだが……。
この状況で敵が諦めず、もしくは諦めた上の悪あがきとして何かしてくるとして、何が出来る?
敵の武器は銃。これは誰でも一定の遠距離攻撃を可能とする最新の装備だ。だが、一定というのはあくまで威力の話であって、狙いをつけて当てるのには相応の腕が必要になる。
逆にいえば、腕があればより離れたところからでも対象を撃ち抜くことが可能、と予想される。敵の下っ端共は遠くてもせいぜい10メートルくらいの距離で撃ってきていた。だが、未だに姿を見せない親玉が、銃の扱いに長けている、と想定したら。
勝利に沸き、緊張が解けている現状。ティールは泣きわめき、フォンは魔力切れで座り込み、カレンは死の恐怖から解放されてホッとしている。
俺が狙うとするなら、標的は最も暴れていた……!
「カレン!!」
しがみつくティールを引き剥がしながら、カレンを押し倒す。背中から腹にかけて激痛。だが、大丈夫だ。これなら生き残る。
「く、クレイさん!?」「クレイ!!」
「お、おい、どうした!? 何が起きた!!」
「気に、するなっ!! 敵だ、やれ!!」
「っ!」
弾かれたように立ち上がり周囲の警戒を始めるカレン。咄嗟に押し倒しただけで、敵の位置が分からない。これでは適切な指示が出来ない。だが、
「くそっ、どこだ……! どこに敵がいる……っ!」
「落ち着け、カレン。心を静めろ。精神を澄ませ。敵は見えずとも、守るべきは見えているはずだ」
目を閉じる。そうだ。ずっと教わってきたはずだ。目に映るのみが世界ではない。どんな状況だろうと、守るべきを守る。
それこそが、わたしの道。これまでも、これからも、一本通った騎士の道。
光もない真っ暗な視界の中で、一条の光が向かってくる。
見えた
「はあっ!!」
目を開き、剣を振り抜く。敵の魔力弾を斬り裂くと同時、駆け出す。
「殺すなよ!」
「烈火・爆炎脚!!」
足に込めた魔力を爆発させ、加速。捉えた敵へ一瞬で接近。
「クソッ、来るなっ!!」
慌てた様子で乱射される銃から飛び出してくる魔力弾を全て斬り裂き、
その勢いのままに、敵まで斬り捨てる。
「勝った、か。はぁ、何とかなったか……。そうだ、クレイ! クレイ、大丈夫か!?」
急いでクレイに駆け寄る。アワアワ慌てているティールは置いておいて、傷の状態を見ている青みがかった黒髪の女子に声をかける。
「大丈夫なのか!?」
「とりあえずテープで止血はした。でも背中からお腹にかけて穴が空いてるから、早く魔法で治してもらった方が良い」
学園生徒に配られている止血テープか。貼り付けた傷を止血してくれる便利な物だが、傷を治してはくれない。このまま放置は出来ないだろう。
「分かった。なら……」
「殺すなって言っただろうが!」
「っ!? お、おい、大きな声を出すな。傷に響くだろう」
「お前なぁ! 敵の目的も、どうやって都市に入り込んだのかも、どうやって最新武器を手に入れたのかも、何も分かってないんだぞ! それなのに貴重な情報源を消しちまいやがって……! この脳筋突撃猪突娘がっ!!」
「だ、誰が脳筋突撃猪突娘だと!?」
「ああ!? 違うってのか? どう違う、言ってみろ!」
「えっと……だから、それは……う、うるさい! バーカバーカ!」
「馬鹿はお前だ、この馬鹿! 全く、これで敵の目的が分からなかったら、ぐっ!?」
文句を叫び続けていたクレイが突然呻き黙り込む。そうだ、こんな言い合いをしている場合ではない。早く治療してもらいに行かないと!
「お、おい、止め……」
クレイを横抱きに持ち上げる。学園まで行けば、専属の治療師がいる。ディルガドール学園の職員だけあって優秀なはずだ。きっとすぐに治してくれる。
「行くぞ!」
「止めろ、こんな状態で街中を走り抜けるな!」
全力で都市に向けて走る。門から大通りを抜けてまっすぐ学園まで行けば、すぐに着く。
「すぐに治してもらえるからな。もう少し我慢してくれ」
「いくらでも我慢するから、人目の少ない道を選べえええぇぇぇ!!」
訳の分からないことを叫ぶクレイを無視して、全速で学園を目指す。




