第137話 仕える喜び
午後。カレンは以前デートしたからじゃんけんから除外する、と自分で言ってしまったため、フォンもじゃんけんから除外された。
そうなると残りはクルとティールの2人だけということになるのだが、
「あたしは大丈夫ですから、クルさん行ってきてください!」
と、得意気な表情でティールが自らクルに譲ったため、午後はクルと2人で学園祭を回ることになった。
何やら準備があるとのことで、校舎前にてしばらく待機していると、後ろから声が聞こえた。
「お待たせいたしました、クレイ様」
呼び方に疑問を抱きつつ声の方へ顔を向けると、そこにはメイドがいた。
正確には、やけに可愛らしい全体的にフリフリしたミニスカートのメイド服を着たクルがいた。
「……どうした、その格好は。まさか城でそのメイド服を着ていた訳ではないよな?」
「はい、こちらは演劇にて使用していた物を借りてきたものになります。城ではもっと飾り気のないロングスカートのメイド服を着ていますよ」
他班の演劇で使っていた物を借りてきたのか。
「わたしとあまり体格の変わらない方で良かったです。流石に少し大きいですけど、問題なく着られます」
「ああ、よく似合っている」
「ふふ、ありがとうございます。こういう衣装がお好きですか?」
「まあ嫌いではないが……クルのイメージには合わないかもな。どちらかと言うと、さっき言っていたような実用的な物の方がクルらしいと思う」
「着替えてきます」
俺の言葉を聞いた瞬間、クルが一切の間を置かずに学園の外に向けて歩き出す。
「待て待て! 良いから! それも似合っていてとても良いと思う!」
「そうですか?」
「ああ。それよりも学園祭を回ろう。今から着替えていたら時間がもったいないぞ」
「承知いたしました。ご希望はありますか?」
俺の希望に沿って動きたいらしい。従者のようにしたいのだろうか。なら、少し試してみようか。
「俺の希望は何だと思う?」
「……昼食後で腹がふくれているので食べ物はなし。軽く腹ごなしに遊べるものが良いな。で、いかがでしょうか」
「流石だ。ほぼ正解だな」
「ほぼ、ということは、一部誤りということでしょうか」
「クルも楽しめるものが良い、と付け加えられていたら満点だった」
「そっ、そうですか。では、射的などいかがでしょうか。以前学園都市に侵入した武装組織が使用していた武器、銃から着想を得て考案された新しい遊びだそうですよ」
少し頬を赤く染めたクルが提案してくる。射的か。確か5階、新聞部の部室で行われている出し物だったな。メイド服を借りてきたことといい、よく調べている。
「ではそれにしよう」
移動を開始すると、俺の後ろを足音も立てずに静かについてくる。完全に立ち位置が従者だな。
「その位置で良いのか?」
「はい。大切な方にお仕えすることがわたしの喜びですから」
俺のためではなく、クル自身がそうしたいからやっていることなら、これで良いか。
5階、新聞部の部室。普段は学生すらほとんど来ない5階だが、現在はそれなりに人が入っている。とはいえ、わざわざ5階まで来なくてはならないということで、あまり繁盛はしていないようだ。
「いらっしゃいませ! おや、クレイさん、ようこそ我が新聞部の射的屋へ!」
2年で部長のニーリス先輩に出迎えられた。室内は学園祭のために片付けたのか、射的用の物以外は置かれていないようだ。
部屋の奥に4段の台があり、そこに的になると思われる札が立てられている。上の段に行くほど小さくなっているので、恐らく上の的ほど良い景品がもらえるのだろう。
その的の台の手前に長机が置かれていて、その上に銃が並べられている。都市に侵入してきた組織が使用していた物よりも長めに作られているようだが、自作だろうか。
「こちらの銃を用いてあの的を狙っていただきます。撃てるのは5発まで、当たったらその数だけ景品を差し上げますよ。こちら、景品一覧です」
ニーリス先輩から紙を渡される。見てみると、1段目から4段目まで、それぞれの景品が一覧になっている。景品は全て学生の人形のようだ。
「これ、景品なんですか? 物凄い精巧な人形ですね」
本物の人間をそのまま8分の1くらいにしたような人形だ。このまま動き出しそうな完成度だな。
「スゴイでしょう! こちら、ラル君が全て手作りした逸品となっておりますよ! 新聞部調べで、人気の高い学生を景品にしています。上に行くほど人気が高い、という感じですね」
改めて景品一覧を見てみると、最上段の景品になっているのは5人だ。アイリス、レオン、会長、フルーム先輩、そしてウェルシー先輩。
他の4人は分かるが、ウェルシー先輩はここに並ぶほど人気だったのか。風紀委員なのに騒がしい先輩だ、という程度のイメージしかなかったのだが。小さくて可愛らしいからだろうか。だとしたら、来年にはティールやクルもここに並ぶのかもしれない。
アイリス以外の班員は上から2段目に並んでいる。ルー、マーチ、アイビーも2段目。ハイラス、フォグルは4段目だ。
「ニーリス先輩のはないんですね」
「わ、わたしのは、ですね……アハハ。こちらです」
ニーリス先輩が部屋の奥から一つの人形を持ってきた。それは、他の人形と比べても異常なほどの完成度を誇るニーリス先輩人形。
冗談や比喩ではなく、本物と見分けが付かない。この人形を本物のサイズにしたら、ニーリス先輩が2人並んでいるようにしか見えないだろう。
「ラル君がこんな物を作ってしまいまして……流石にこれは景品に出来ないので、わたしが預かっているんです」
頬を赤く染めて恥ずかしそうにするニーリス先輩。満更でもなさそうだ。仲が良いな。恋人として付き合っていたりするのだろうか。
人形を片付けに部屋の奥に行くニーリス先輩から、景品一覧の紙に視線を落とす。
「俺の人形もあるのか」
俺の人形も上から2段目に並んでいる。仲間たちが上の方にいるのは分かるが、俺もか? ハイラスやフォグルと同様に最下段にあったとしても評価されすぎという印象だが。
「クレイ様の人形はどうやったら入手出来ますか!?」
「うわっと!? クルさん? えーと、クレイさんの人形は上から2段目の的に当てれば差し上げますよ」
「やります!」
「ど、どうぞ。……様? あ、そういうプレイですかね。メイド服ですし……なるほどなるほど」
俺の呟きを聞いたクルが、瞬間移動するかのような勢いで奥から戻ってきたニーリス先輩に詰め寄り、並べられている銃を手に取った。
先輩から何か勘違いを受けている気がする。新聞部に妙な勘違いをされるのは恐ろしいが……大丈夫だろうか。
「行きます! ……あ」
早速一発目を撃ったクル。銃口から発射された魔力弾は、的を大きく右に逸れて飛んでいく。
銃口もやや右にズレているように見えるが、それよりも大きく外れた。魔力弾が曲がったな。例の組織の銃は真っすぐ飛んでいたが、自作でそこまで高い性能の銃は作れなかったのだろう。
「つ、次行きます! ……うう」
二発目。先ほどの結果を受けて銃口を左に動かした結果、動かし過ぎて的を左に逸れた。更に上にもズレていて、一発目よりも的から離れている。このまま続けても当てるのは難しそうだ。
「俺がやろうか?」
「い、いえそんな! クレイ様のお手を煩わせるようなことでは……」
そう言いつつも、当てられる気がしないのだろう。やや涙目になっているような気がする。
ん? クルがこちらにチラッチラッと視線を向けてくる。……ああ、もしかして、そういうことか?
「貸せ。俺がやる」
「は、はい! どうぞ!」
嬉しそうに両手に乗せた銃を恭しく差し出してくる。
「ほほう!」
ニーリス先輩の嬉しそうな声が怖い。変な新聞を発行しないでくれよ……。
「さて、恐らくこれくらい……ん?」
クルから受け取った銃を構え、2段目の的を狙って撃ったのだが、左に逸れていく。クルが撃った魔力弾の曲がり方に合わせて補正したのだが、先ほどとは曲がり方が違うな。
恐らく撃つ人間によって魔力弾の軌道が変わるのだろう。むしろこの自作銃で銃としての用途を満たせている方が驚きだからな。これくらいの乱れはあって然るべきだったか。
俺の魔力弾の曲がりに合わせて修正。次弾を放つ。
「よし、命中だ」
「流石クレイ様です。最後の一発はクレイ様が欲しい景品を狙ってください」
「良いのか? アイリスの人形とか欲しいんじゃないか?」
「アイリス様の人形は、子供たちに貰った物がありますから」
誕生日の際に贈られていた物か。クルとアイリスを模した手作り人形だったな。ここの景品とは大分違う物だが、クルにとってはそれで良いのだろう。
「なら、これだな」
もう一発、2段目の的に命中させる。
「はい、5発終了です。景品は2段目の物が二つですね。どれにしますか?」
「俺とクルの人形をください」
「え?」
「分かりましたー! どうぞ、こちら景品です!」
袋に入れられた2体の人形を受け取る。
「良いんですか? わたしの人形なんて……それこそアイリス様とかの方が」
「良いんだよ。俺が欲しかったんだから」
「そっ、そうですか……」
さて、予想外に良い物が入手出来た。人形を傷つけてもいけないし、一度寮まで置きに帰るか。
「クレイさんもどうぞー」
「え、良いんですか? 練習してしまいましたが……」
「はい、大丈夫ですよ。お一人様5発までですから。その5発を別の人に撃ってもらってはいけないとは決められていませんからね」
「では、ありがたく」
銃を構え、5発撃つ。2段目に4発、最上段に1発命中。
「ティール、フォン、カレン、アイリス、あと俺の人形をもう一つ、お願いします」
これで班全員が揃った。部屋に飾っておこう。
「全弾命中報酬でーす! 追加で三つ景品をお選びください!」
「え」
全弾命中報酬? そんなものがあったのか。追加で三つと言われたら……。
「では、ルー、マーチ、アイビーの人形で」
「はい、どうぞ!」
「……今、俺が言う前から用意していませんでしたか?」
「いやー、何故か選ばれるであろう景品が分かってしまいまして。いやー、なんでだろうなー、不思議ですねー」
この人、絶対俺の情報を色々調べているだろ。今のところ発信されてはいないようだが……。
「ありがとうございましたー!」
新聞部の部室を出る。こんな大量の人形を持って学園祭は回れない。やはり一度寮に置きに行くとしよう。
「追加でもらえる景品、レオン様やハイラスさんなどのご友人ではなく、ルーさんたちの物を選ぶあたり、やはりクレイ様もお好きですね」
「うっ……」
クルの静かな指摘が突き刺さった。




