第132話 学園祭の始まり
ついに学園祭の日がやってきた。俺たちの演劇はくじ引きの結果、1日目は昼過ぎという微妙な時間になったが、2日目は最後から2番目というなかなか良い時間になった。
こういった観客投票の場合、最後に見た物が最も客の印象に残り有利になりやすい。時間が後ならばそれだけ票をもらいやすくなる。
そのくじ結果を受けて、俺とアイリスの警備は2日とも午前中を担当することになった。昼前に2年のウェルシー先輩、クロンス先輩のコンビと交代することになる。
「クレイさん、チラシはこんな感じで大丈夫ですか?」
「ああ、良い感じだ。これなら相当な宣伝効果を見込めるだろう」
多くの投票を集めるためには、多くの客に俺たちの演劇を見てもらわなければならない。その為に大切なのが宣伝だ。
ディルガドール学園には150近い数の班があり、この学園祭の出し物もそれに近い数が存在する。何も考えずにただ出し物を行っても、多くの客が来てくれることは期待出来ない。
そこで宣伝だ。俺たちの演劇を周知するチラシやポスターを作成し、客の興味を引く。
「でも……これズルいような気がします」
ルーが持っているチラシには、『レオン王子、アイリス王女が出演!』『カルズソーンからの留学生、アイビー・フェリアラント公爵令嬢が出演!』と記されている。
「嘘を言っている訳でも、意図的に歪めた文言を使用している訳でもない。何もズルいことはないぞ」
「それはそうですけど、でもこれ中身に関係ないじゃないですか。極論、どんな内容でもこの3人が出演していたら良いってことになりますよね?」
意外と潔癖だな。自分の作品の内容に関係ない部分で宣伝することに抵抗があるようだ。
「ルー、これは内容が良いと思えるからこその宣伝文句なんだぞ」
「え?」
「王子、王女、他国の公爵令嬢、その名前を利用して人を集めて、それなのにふざけた内容の演劇だったりしたら、その後が恐ろしいと思わないか?」
このチラシによる効果は、あくまで人を集めるというところまで。その後にどう評価されるかは、演劇の内容で決定する。
最悪、多くの人を集めたせいで逆に批判が殺到し、多大な苦痛を受ける可能性だってある。
「こんなチラシを作ろうと思えるのは、俺たちの演劇が評価されるに値するものだと確信出来るからこそだ」
「クレイさん……!」
「自信を持て。チラシで集めた人間全てを俺たちに投票させるくらいの気持ちで臨むぞ」
「はい!」
「じゃあ俺たちは警備に行くから」
「皆は宣伝よろしくね」
俺とアイリスはこれから警備の仕事だ。その間、仲間たちにはチラシを使って宣伝を行ってもらう。もちろん遊ぶ時間も欲しいはずなので、宣伝は交代で行うことになっている。
「僕とルーは受付に行ってくるよ」
「午後にはわたしも手が空きますから、本番直前まで宣伝しますね」
レオンとルーは生徒会の仕事で、受付をすることになっているらしい。俺たちと同じく午前中の担当のようだ。
「レオンが受付で大丈夫なのか? 女性客が殺到して混乱しないか?」
「僕を目当てに客が来る訳じゃないんだから、そんなことある訳ないだろ」
「いえ、あり得ますね……。レオンさん、顔を隠しましょう」
「ええ……」
「逆に笑顔で『人の迷惑になるようなことをしては駄目だよ、お嬢さん』って言わせれば良いんじゃない?」
マーチの案は一瞬良いかと思ったが、逆に人が集まる恐れもありそうだ。レオンが受付をする以上、どう足掻いても女性客がそちらに行くのは避けられない。ならば、早々に受付を済ませて入場してもらう方向で考えるべきだろう。
「レオンの前に札を立てるか。会話は一人一言まで。受付が完了したら速やかに入場してくださいって」
先にルールを決めてしまえば、一言話したら終わりに出来る。ルールを守らない奴は他の客に追い出されるだろう。後ろで並んでいる人間からしたら、長く話している奴は敵だからな。
「僕は一体何なんだよ……」
「客寄せ」
「酷くないかな」
「仕方ない。お前の顔が良すぎるのが悪い」
「僕のせいじゃないだろ、それ……。クレイ、何かもっと良い方法はないかい?」
「良い方法ね。まあ一応これを渡しておこう」
その場で紙に魔法陣を描き、レオンに渡してやる。
「何だい、これ?」
「分身を生み出す魔法陣だ。動くことさえ出来ない分身だが、しっかり実体がある。いざという時は、これを囮にして逃げると良い」
「それ、問題が起きてから使う物じゃないか……。まあ良いや。受付に行ってくる」
「俺たちも行くか」
警備のために移動を開始した。
警備中、舞台の類を見たり、飲食店などに長時間座ったりという、時間を取られる出し物に行ったりしなければ、学園祭を楽しんでも良いと言われている。
要するに食べ歩きだな。警備の仕事さえしていれば、何をするかは自由で良いらしい。
「賑やかね。皆楽しそう」
「ああ」
1階の廊下を歩いていると、客引きの声がそこかしこから飛び交っているのが耳に入る。1階に限らず、学園の敷地内のどこでも同様だろう。
まだ受付開始からほとんど時間が経っていない。この辺りにいる客もそう多くはない。それでも声が絶えることはなく、今まで感じたことのない盛り上がり様だ。
「あ、ねえクレイ、ケーキだって、ケーキ! 片手サイズの小さいものみたいだし、買って行きましょう!」
アイリスの声の音量が急上昇した。ケーキが好きらしい。俺の返事も聞かずに店に駆け寄り、小さいカップケーキを2つ買ってくる。
「はい、クレイの分」
「ああ、ありがとう」
「んー! 美味しい!」
なるほど。このサイズにすることで、少し買っていくか、という購買意欲を刺激し、少しでも多くの客に食べてもらえるようにしている訳だ。
一口かじってみると、ふわりとした食感と甘味が口に広がる。軽めのケーキにすることで、他で何か食べてきた客でも食べられるようにしているんだな。よく考えている。
「ちょっと、何難しい顔で考え込んでいるのよ。美味しくなかった?」
「ん? いや、美味いぞ」
「……やっぱり、わたしと一緒じゃ楽しくない?」
さっきまでの楽しそうな様子から一転、表情を暗くするアイリス。急にどうしたのか。知らない間に何か悪いことをしたか?
「やっぱりデートするなら、わたしみたいな面倒な相手じゃなくて、もっと素直な子の方が良いわよね。カレンとか」
「何が言いたいのかいまいち分からんが……カレンも大概面倒な奴だぞ。というか俺の班はどいつもこいつも面倒な奴ばかりだ」
フォンは何考えているか分からないし、ティールは以前は臆病だったくせに最近やけに活発になって飛び付いてくるし、クルは要らないと言っているのに無理矢理世話をしてくるし、カレンは1人にするとすぐ寂しがるし。
むしろ素直じゃないだけで基本常識的な行動をするアイリスは、比較的面倒ではない方だ。クルに言わせると、突拍子もないことをよくするらしいが、俺はアイリスに対してそんな印象は持っていない。あれは恐らくクルが相手だからこそ遠慮なく振り回しているのだろう。
俺自身も大概面倒な人間だという自覚もあるしな。ごく普通と言うことが出来る人間が全くいない。どいつもこいつも何らかの問題を抱えた面倒な集団だ。
だが、それを嫌だとは思わない。互いに自分の面倒な部分を相手に見せられるほどに信頼し合っていると思えば、嬉しいくらいだ。
「だって、全然楽しそうじゃないし……」
「いや、楽しんでいるぞ。先ほどはこのケーキについて考察していた。なかなかよく考えられていると思ってな」
「へ?」
先ほどまで考えていた考察をアイリスにも伝える。他の班もこのレベルなら、最優秀賞を取るのはなかなか険しい道のりになりそうだ。
「あ、そう……」
「そもそも今は仕事中だ。自由にしていても良いとは言われたが、だからといってあまり羽目を外すのもどうかと思うが」
「……もう、真面目なんだから。ふん、良いわよ。警備に集中しましょ」
頬を膨らませて、わざとらしく不機嫌な様子を前面に押し出してくるアイリス。カレンの話を聞いて羨ましくなったのだろうか。
「そんなにデートがしたいなら、別にいつでも付き合うがな」
「えっ!?」
「カレンと同じようなことがしたいんだろ? 拒否する理由はないと思うが」
「そ、そう? ふふん、なら付き合ってあげるわ。カレンと同じようなってところが何とも言えないけれど。喜びなさい。この姫様がデートしてあげるって言ってるんだからね」
そう言って俺の左腕を抱きしめるようにくっついてくるアイリス。今やるのか? いつかの休日にでも付き合うというつもりで言ったんだが……。
「ほら、クレイ! エスコートしなさい!」
エスコートね。まあ学園のどこに何の出し物があるかは、生徒会から風紀委員に共有された情報で全て頭に入っている。それらしいことくらいはしてやるか。
「どのような出し物がお望みですか、お姫様?」
「警備しながらでも楽しめるところね」
「難しいことを……大道芸でも見ながら歩くか」
校舎の外には、屋台のような店も多く並んでいるが、屋内では出来ないようなダイナミックな出し物をしているところもある。そういったものは、歩きながら軽く見る程度でも楽しめるだろう。
「へえ、大道芸。わたし、そういうのは見たことがないわ。行ってみましょう!」
「では、校舎の外へ参りましょう」
アイリスと寄り添うように、歩き始めた。




