第130話 暗殺者(仮)
学園祭の準備も順調に進み、このままいけば万全の状態で本番を迎えられるだろうという目処が立った頃。
本番まではあと1週間。明日からの休み2日と授業がない来週の5日の計7日を残すのみだ。
「これから本番に向けて仕上げていこうという時に申し訳ないのですが、明日は私用で練習を欠席させてください」
今日の練習が終わって解散しようというところで、アイビーがそんなことを言ってきた。
「大体は完成出来ていますし、1日くらい大丈夫ですけど……私用というのを聞いても良いですか?」
「どうやら故国から既に人が来ているようでして。そちらの対応に行って参りますわ」
「ああ、なるほど。それは仕方がないですね」
隣国カルズソーンから、学園祭を見る客がヴォルスグランに来ているのか。どれだけの人間が来ているのかは分からないが、陛下や貴族への挨拶回りなどもあるだろうし、むしろ遅いくらいだろうな。
「むしろ1日で大丈夫なのか?」
アイビーとしては、レオンの子を身ごもる指示の裏事情も調べたいだろうし、1日では足りないような気がするが。
「1日では戻ってこられない事態になりましたら、その時に連絡しますわ。極力1日で終わらせるつもりではありますが……」
対応と言ってもアイビーがヴォルスグランを案内する必要はないだろうし、来た人たちに挨拶して終わりという感じなら1日あれば充分か。
「じゃあ良い機会なので、明日は練習をお休みにしましょう。アイビーさんは休みがなくなってしまいますけど……」
「いえ、こちらの用事ですから、仕方がありませんわ。皆様はゆっくりお休みください」
「ありがとうございます。じゃあ今日は解散! お疲れ様でした」
1日休みを挟んで、演劇の練習のために1年3組の教室に集まった。学園内は俺たち以外にも学園祭の準備をしている学生たちで溢れ、とても休日とは思えない賑わいに満ちている。
「アイビーさんから今日も欠席するという連絡がありました」
ルーからアイビーの欠席が知らされる。やはり1日では足りなかったか。アイビーが不用意に裏事情を尋ねたせいで拘束されているなどということがなければ良いが。
「そもそもカルズソーンからはどれだけの人が来ているのだろうな。わたしでは想像も出来ん。王侯貴族がぞろぞろとやってきているのか?」
「その可能性もゼロではないが、恐らくフェリアラント公爵とその護衛が来ているくらいだと思うぞ。国の運営に支障が出るほどの人数はもちろん動かせないし、あまり大人数で他国に押し掛けるのは失礼というのもあるしな」
いくらただの観光で来ているとはいえ、恐らくヴォルスグラン側で宿の手配くらいはしているだろう。カルズソーン側もその辺りは理解しているだろうし、最小限の人数に止めるはずだ。
「ふむ、そうなるとアイビーにとってはただの身内なのでは? そう何日も対応に取られるものかな?」
「ま、家族ともなかなか会えないんだ。話したいことはいくらでもあるだろう」
「アイビーってそんなタイプかしら」
「あたしは分かりますよ! 久しぶりに家族に会ったら話したいことたくさんありますよね!」
「うん」
とは言うものの、カレンの言う通り、本来は何日もかかる用事ではないはずだ。やはり何かあったか? 予想外に大勢の客が来ていて対応に手間取っているというだけなら良いのだが。
アイビーが尋ねようとしている裏事情が予想以上に危険なものだった場合、それを聞こうとするだけで国に刃向かったと判断される恐れもある。
最悪、現在追手から逃走中という可能性や、既に亡き者にされてしまったという可能性すらある。
流石に俺が余計な入れ知恵をしたせいでアイビーが死んだとなっては、大きな罪悪感に襲われることになるが……。
いくら心配しても、現状では俺に出来ることなどない。今は演劇の練習に集中するしかないな。
夜。ふと、何かの気配を感じて目が覚めた。時刻は深夜。一部の夜更かしを除いて、学生なら誰もが眠っている時間だ。
俺もその例にもれずベッドで眠っていたんだが、流石にこんな気配を感じては目を覚まさざるを得ない。
何者かが部屋の扉を開けようとしている。
気配を消して音もなく鍵開けを実行するその能力は確かなものだが、気配の消し方がやや雑だ。本職の暗殺者とは思えないが、素人でもないというレベル。
何故俺の部屋に侵入しようとしている? ここは寮の4階だ。無作為に選んだとは思えない。確実に俺を狙ってきている。
悩んでいる場合ではないか。侵入に備えよう。
俺に対して暗殺を仕掛けてくるとは、愚かな。素直に正面から殺しに来た方がよほど成功率が高いというのに。
少しして、扉の鍵が開く。音を立てないように扉を開け、1人の黒ずくめが中に侵入してきた。
無音で素早くベッドまで近づいてくる黒ずくめが、布団のふくらみを確認するようにベッドの脇に立った瞬間、背後から黒ずくめの腕を引いて床に倒し、その首にナイフを突き付ける。
「動くな」
「っ!?」
拘束から逃れようと暴れ始める黒ずくめ。動くなと言っているのに、まったく。なかなかの力だ。やはり戦える人間だな。当たり前か。
だが、完全に不意を突いておいてみすみす取り逃がすようなことはしない。
魔法陣から鎖を伸ばして更に拘束、黒ずくめの動きを完全に封じる。
「何者だ。誰の命令で来た」
「ま、待ってくれ! 違う、殺しに来た訳じゃない! 手紙、手紙を渡しに来ただけなんだ!」
「そんな言葉を信じられると思っているのか? 手紙を渡すだけならこんな時間に部屋の鍵を開けてまで侵入する必要はない」
「そういう命令だったんだ! 本当だ信じてくれ!」
「誰からの命令だ」
「ヘデラ・フェリアラント公爵だ!」
「……は?」
ヘデラ・フェリアラントは、アイビーの父親、カルズソーンの公爵だ。アイビーがディルガドール学園にいるため、学園祭の観光をするために現在ヴォルスグランに来ているはずだ。何故そんな人間が俺に暗殺者を差し向けてくる?
いや、この黒ずくめの言葉を信じるなら、俺を殺しに来ているのではなく、何か手紙を送ってきているのか。それも理由が分からないが……。
うん? いや、待て。フェリアラント公爵が俺に対して手紙を送ってくるということは……。
「おい、手紙というのを寄こせ」
「鎖を解いてくれ。これでは手紙を取り出せない」
新たな魔法陣を設置。いつでも再拘束出来るように準備して、一度黒ずくめの拘束を解く。
「これだ」
黒ずくめが懐から取り出した一枚の紙を受け取り、中を確認する。本当にただの紙だ。手紙など書く予定がなかったのに急に書くことになり、手元にあった紙に書きました、といった感じだ。
差出人が書いていない。内容は、30分後に森の湖にて待つ。それだけだ。
「…………茶番じゃねーか」
「え?」
「面倒な……。仕方がない、流石に放置は出来ん。おい、解放してやるから、公爵に伝えろ。30分は短い。せめて1時間くらい待ってくれ、とな」
「え、あ、ああ。良いのか?」
「何だ、殺されたいのか?」
「い、いや、分かった! 確かに伝える!」
慌てて部屋を飛び出して行く黒ずくめ。まあ殺してくれと言われたとしても、殺せないんだがな。国際問題になりかねないから。
はー、しっかし、何か勘違いされていそうだな。相変わらず女関係で誤解されやすい。アイビーめ、どうせ無駄にエロティックな表現をしたんだろう。
本当に、面倒な。




