第129話 練習風景
演劇の練習はあまり人がいない場所を探して行うため、様々な場所で行っている。
基本的には教室でやることが多く、空いていればドームを使ったりするのだが、今日は学園内で良い場所を見つけられなかった。
「はふー、涼しいですねー」
そこで練習場所に選んだのが、夏休み中に良い風が吹く場所を探して見つけた、都市の外にある森の湖だ。
ここならまず間違いなく人は来ない。本番で使うドームのように広い場所での練習にもなるし、むしろ普段からここを使っても良いかもしれない。
「マーチはやはり日頃からここに足を運んでいるのか?」
「ええまあ、週に一回くらいね。エネルギー的にはもっと頻度を落としても良いんだけど、ここに来るとエレが喜ぶから」
体内の妖精、エレとは問題なく共生出来ているようだ。とはいえ、フォンも精霊界を出てからしばらくの間は問題なく生活出来ていたようだし、まだしばらくは様子を見ないと何とも言えないか。
「皆さん、そろそろ練習始めますよー。今日は場面ごとに区切って実際に演技してみましょう」
カレンのセリフ記憶も大体は出来てきているようだし、そろそろ場面ごとに区切れば最後まで一通りやることが出来るだろうか。
ルーの呼びかけで集合し、練習を開始した。
「ふん、なれ合う気はない。貴様は魔王を討ち倒すことだけ考えていろ」
「はい、カット。なかなか良い感じじゃない、カレン。あんたデートして恋心を掴んだんじゃない?」
「なっ!? そ、それは関係ないぞ! 単純に今までの練習が積み重なっているだけだ! うむ、クレイのアドバイスもあったからな。それだけだ」
「はいはい、そういうことにしときましょ」
「マーチさん、カットはわたしの仕事なんですけど……」
カレンの演技は以前と比べてかなり質が上がった。いけ好かない奴が仲間に入った時の気持ちでやった結果だろうか。
「勇者レオンはまあほとんどいつも通りだからどうでも良いとして」
「ええ……酷くないかな」
「いつでも勇者様のようねって褒めてあげてるのよ。で、姫アイビーはもうちょっと声張って。誘拐されるって時にキャー! じゃ迫力ないし、魔王の恐ろしさが伝わらないから。きゃああああああっ!! くらい欲しいわね」
「分かりました、やってみます」
「でぇ、王クレイ。あんたねぇ、もうちょっと愛娘が危ないって感じ出せない?」
「そう言われてもな……」
当然俺に娘などいない。代用出来そうな家族への愛情というのも持ち合わせていないし、娘を誘拐される王の気持ちというのをどうにも掴みかねている。
「ほら、いくらでも周りにいるでしょ、可愛い嫁が。どれかが危険な目に遭ってる想像しときゃあ良いのよ」
可愛い嫁ね。嫁かどうかはともかく、可愛いのは否定しないが、とはいえこいつらが危険な目に遭っている想像か。
「…………強敵だな」
「なに戦わせてんのよ! ピンチにしろっつってんのよ!」
「いや、分かってはいるんだが、抵抗せず危険を受け入れるなどあり得ない。抵抗した上でピンチになっていると考えるべきだ。そうなると、敵は強大だぞ」
「あんた、ホント頭良いくせに馬鹿なんだから……。仕方ないわねぇ、後で個人練習してあげるわ。……はい、そこでグリンッてこっちを見ない。一斉に見られると怖いから。何も変なことしたりしないわよ」
「わたしも付き合う」
「わたしも行きます。監督として練習はしっかり見届けたいですからね」
「あーもう、好きにしなさいよ。どうせ女子全員来るんでしょ」
「当然です。クレイさんだけ練習させてわたしは休むなど、到底受け入れられません」
「ん? クレイが練習するというなら、女子だけと言わず僕も……」
「レオン、止めとけ。危険だ」
「え? 演劇の練習をするだけだろう? 危険なことなんて……」
「止めとけ」
「……まあハイラスがそこまで言うなら」
居残り練習が決定した。まあマーチに付き合ってもらえるのはありがたいことだ。さっさと演技をものにして、足を引っ張らないようにしなければ。
「じゃあ次……」
「あ、待ってくださいマーチさん。魔王についてなんですけど」
「え、何かあった? わたしの演技は完璧だったでしょ?」
自分で言うのか、などと思えないくらいマーチの演技は素晴らしかった。存在するだけで重圧を放っているような、恐ろしい魔王が目の前に現れたかのように錯覚するほどだ。
「怖すぎます。この魔王はもっと俗っぽいというか、普通な感じというか……ともかく、あそこまで威厳はいらないです。あれだと姫に恋して攫っちゃった魔王じゃなくて世界を支配しようとしてる魔王なんで」
「あー、なるほど。じゃあフランク魔王でいくわ。それじゃあ次、四天王初戦、大男戦のシーンまでやるわよ」
「お、出番か! よっしゃあ!」
その後も練習を続け、最後のシーンまで一通りやり切ることは出来た。まだまだ最高の出来とは言い難いが、本番までに完成しないなどということはなさそうだな。
……最も演技の質が低かったのは俺なので、俺が頑張れば、ということになるが。
練習が終わり、寮に戻ってきた。俺の練習に付き合うために、女子たちはそのまま俺の部屋に集まる。
「で、そろそろイメージは固まった?」
「恐らく大丈夫なはずだ。実際にあった出来事からイメージを固めたからな」
「へえ、じゃあこの中の誰かをイメージしてる訳?」
「そうなるな」
今までにあった仲間が危なかった事件のことを思い出し、魔王に姫が攫われることに対する危機感を想像することが出来るようになった。これで俺の演技も質が上がるはずだ。
「精霊界に行った時、ティールを助けに向かった時、クルが操られた時、アイリスがクルに襲われかけた時。思い返せばいくらでも想像の材料になる事件があった」
「事件に巻き込まれ過ぎね」
「……あれ? フォン、ティール、クル、アイリス……わたしは?」
カレンがまた寂しがりやを発動しそうになっているので、頭を撫でて落ち着かせる。
「落ち着け。今までに何もなかったというだけだ。カレンが何かに巻き込まれたらちゃんと助けに向かう。俺がカレンだけ見捨てるような奴に見えるか?」
「ううん、見えない。大丈夫、信じてる」
何か幼児退行してないか? 本当に大丈夫か?
「はいはい、寂しがりやのカレンちゃんはこっちでお姉さんたちと遊んでましょうねー」
「はっ! だ、誰がお姉さんだと!? どちらかというと妹という感じの体格だろう、お前は!」
「はぁ!? 言ったわね!? 言ってはならないことを言ったわね!?」
「お二人とも、クレイさんの練習の邪魔になりますから、騒ぐなら出て行ってください」
「はい、すみません……」
クルに怒られて大人しくなったカレンとアイリス。頼りになるな。
「アイビー、あんたはクレイの練習相手なんだから、ベッドに横になる隙を探してないでこっちに来なさい」
「いえ、流石にそのような隙は探していませんが……分かりましたわ」
「ルーも、自分の事件がクレイに例として挙げられなかったからって落ち込んでないで、ちゃんと見てなさい。監督として来たんでしょ」
「落ち込んでませんけど!? ちょっとマーチさん、妙な印象操作するの止めてくださいよ!」
賑やかなことだ。背景の作成を行っているティール、フォン、クルを見習って、少しは大人しくしていて欲しいものだ。
その後、カレンとアイリスも背景の作成を手伝いだして静かになったので、集中して演技の練習をすることが出来た。
マーチにはまだ甘いと言われたが、そこそこ良くなったとも言われたので、この方向で練習していけば本番には悪くない演技が出来るようになっているのではないだろうか。
「じゃあそろそろお開きってことで。ちゃんと自主練もしときなさいよ」
「ああ、ありがとう。悪いな、頼り切りで」
「あら、お礼に宝石を買ってくれるの? ありがとう、嬉しいわ。待ってるわね」
「いや、要求が高い」
「冗談よ。またご飯でも奢りなさい」
「この都市内ならほとんどが学生証で食事出来るのに、奢らせるの好きだよな」
「当然。何か気分良いでしょ、奢られるのって」
「ま、否定はしないが」
「じゃ、また明日ね」
そう言ってマーチが部屋を出て行く。店を探しておかないとな。
「じー……」
マーチを見送った背中に突き刺さる複数の視線。今度は何だというんだ。
「何かマーチだけ仲良いわよね」
「思います。気の置けない友人感スゴイです。わたしだってマーチさんとあそこまで仲良くない気がしますもん」
「ずるい」
「妙な言いがかりでクレイさんを困らせてはいけませんよ」
マーチと仲が良い、か。思えば、クルの店のことも演劇のことも、最近はマーチに頼ってばかりな気がする。それでよく話すようになって、単純に会話が多いから仲が良いように見えるのかもしれない。
もしくは……
「マーチは最初が最初だったからな。厳しい言葉もぶつけてきたし、遠慮しなくても良い相手だと思っているのかもな」
「え、何それ。第一印象が悪い方が後になって接近するとか、恋物語の世界じゃない」
「そ、そんなの、物語の中だけのことだと思っていたのに……メモしておかなきゃ」
「興味深い。でもそれはそれとして、ずるい」
ずるいと言われてもな。どちらかと言えば、傷付けないように気遣っている仲間たちの方が大切にしていると思うんだが。
「ならお前らにも辛辣に対応してみるか」
「え、そんなこと出来るの?」
「は? 出来るに決まってるだろ。お前みたいな奴に優しくする理由がない」
「く、クレイさん? ちょっと怖いと言いますか、もうちょっとマイルドに……」
「知るか。お前が怖いとか、そんなことはどうでも良い」
「ゴメン、クレイ。辛い」
アイリスとルーが涙目になっている。フォンも無表情が崩れて眉が寄っている。
「最初の頃は大体これくらいの対応をしていた気がするな。そう考えると、確かに現在はずいぶん仲良くなったな」
「くっ、これを乗り越えなければならないというの……? これが、試練……!」
「いや、頼まれてもこんな対応しないぞ。必要もないのに厳しく当たるのは俺だって辛いんだ」
何故自ら大切な相手を傷つけるようなことをしなければならないのか。何の罰ゲームだ。
「そうね。無理をすることはないわ。今のまま、普通で良いのよ。いえ、むしろ極限まで優しくしてくれても良いわね」
「かなり優しくしてるだろ」
「それもそうね。じゃあわたしもこれで。また明日」
「お疲れ様です」
「ん」
「お疲れ様でしたー。明日も頑張りましょう」
アイリス、クル、フォン、ルーが部屋を出て行く。
「なあ、ティール。クレイとマーチはそんなに仲が良く見えたか?」
「えっ……さ、さあ、どうですかねー? あ、クレイさん、お疲れ様ですー」
「ティール? なあ、何故逃げるんだ。ティール! あ、クレイ、また明日だ!」
カレンの質問に答えかねて、逃げるように部屋を去るティール。それを追いかけてカレンも出て行った。
「二人きり、ですわね?」
「さっさと帰れ!」
アイビーを追い出し、扉の鍵を閉めた。




