第128話 たった一つの親孝行
「まあ、スゴイわカレンちゃん。まだ小さいのに、とっても強いのね」
「えへへ、スゴイ? わたしスゴイ?」
「うん、とってもスゴイ。きっとパパよりも強くなっちゃうわね」
「ホント!?」
「ホントよ。だってパパはそんなに上手に魔法が使えないもの」
父上が忙しくてなかなか帰ってこられない代わりなのか、ママはよくわたしと遊んでくれた。ママは炎の魔法がとても上手で、それを受け継いでいるのか、わたしも炎魔法に適性があった。
今思えば、教わったのは本当に遊びのような簡単な魔法ばかりだ。だが、わたしが教わった魔法を使えるようになる度に、ママは嬉しそうに褒めてくれた。
そんな生活をしていれば、当然はわたしはママに懐く。いつでもママにべったりで、しかしママはそれを突き放すことはなかった。優しくわたしを受け入れてくれた。
髪型もママの真似をして、当時は今より短かった髪を無理矢理後ろで一つに結んだりして。
そんな風に常に一緒にいたからなのか、わたしはママがいないと不安を感じるようになっていた。ママが買い物に出かける時は絶対について行ったし、逆にママが家にいるなら一歩も家から出なかった。
「カレンちゃん、一回カレンちゃんだけでお買い物に行ってみましょうか」
「や!」
「うーん……」
ママは基本的にいつでも柔らかく微笑んでいる人だったが、わたしが我がままを言った時は少し困ったように眉が寄っていたのを覚えている。
「カレンちゃん、強くなりたい?」
「うん!」
「じゃあママと約束しましょう。パパよりも、誰よりも強い騎士になって、ママのことを守ってね」
「分かった!」
ママを守る。その言葉は、子供だったわたしの心に強く響いた。わたしがママを守れるくらい強くなったら、きっとママはずっと一緒にいてくれる。そう思った。
ママが死んだ。
本当に唐突に、いなくなってしまった。原因は不明。衰弱死にしか見えないという診断結果だった。何故それほどまでに弱っていたのかが分からない。何の病気でもなかったはずなのに。
当然、わたしは悲しんだ。塞ぎこんで、部屋に閉じこもって、ずっと膝を抱えていた。
「カレンちゃーん、パパだよー。出ておいでー」
部屋の外から、何度も父上の呼びかけの声が聞こえていた。父上もわたしがママに懐きすぎて寂しがりやになっていることは把握していたから、仕事を頑張って片付けて、何とか帰ってこられるようにしていたらしい。週に2日程度は帰ってくるようになった。父上もママがいなくなって悲しかっただろうに、わたしを優先してくれていた。
だが、その声は耳に届くだけで、全くわたしの中まで入ってはこなかった。
ずっと、ママの言葉が繰り返されていた。頑張って、スゴイわ、カッコいい、強くなれる、良い子ね、やったわね。もういっそのこと、そのままママの声を聞きながら消えてしまいたい。そう思って、ますますママの声以外が聞こえないようになっていって、
暗闇の中に立ってこちらを見つめるママがいた。
いつものように眉を寄せて、こちらに手を差し出してくる。
約束しましょう。
「……約束」
ママとの約束。ママに甘えてばかりで何も返すことが出来なかったわたしに残された、最後のチャンス。たった一つの、孝行の手。
誰よりも強い騎士になる
部屋の扉を開けて、外に出て、
「か、カレンちゃん! 出てきてくれたんだね、良かった」
「父上」
「え?」
「わたしを鍛えてください!」
カレンの体の震えが止まったのを確認して、抱きしめていた腕から力を抜く。
「落ち着いたか?」
「うん……」
赤い顔をあらぬ方へ向け、恥ずかしそうに俺から少し距離を取るカレン。普段通りとはいかないが、落ち着いているのは間違いないようだ。なら、話すべきことをさっさと話してしまおう。
「とりあえず、誤解がありそうだから聞いて欲しいんだが」
「誤解?」
「ああ。カレンは恐らく、俺の部屋に集まる女子たちを俺が呼んでいると思っているのだろうが、それは違う。あいつらは勝手に来ているんだ」
「へ……? あ、じゃあクレイではなく……」
「いや、あいつらがカレンを仲間外れにしているということもない。あいつら、俺の部屋に来てくつろいでいるだけだからな」
「ええ……ただ意味もなく集まっているだけ……? わたしの悲しみ苦しみの意味は……」
「ぶっちゃけ、ない」
「うわああああぁぁぁぁぁぁん!! 酷いじゃないか! 悩んだんだぞ! とっても悩んだんだぞ! もしかしてわたし、クレイに嫌われているのかなーとか! 寂しいのになんで呼んでくれないの、なんてわたしのイメージからかけ離れたこと聞きにくいよなーとか! もしかしたらわたしがそんなことを聞くこと自体が迷惑かもしれないなーとか!」
そんなことを考えていたのか。しかし、こうして無事誤解が解けたからこそ笑っていられるが、最悪カレンが班を抜けていた可能性すらあったのだと思うと怖くなるな。班で集まって悩みを打ち明け合う場を設けたりするべきだろうか。
「まったく、夏休み最終日にも言ったはずだがな。俺はお前を大切な仲間だと思っていると」
「あ、うむ! それは覚えているぞ! そうだそうだ、クレイはわたしをとても大切に想っているのだった。悩む必要はなかったのだな!」
「調子に乗るな」
「あいたっ、へへっ」
軽く頭を叩くと、嬉しそうに照れ笑いを浮かべるカレンの姿が。何だか開かない方が良い扉を開きかけている気がする。
「しかし、カレンがこれほどまでに寂しがりやだったとはな」
「う、うむ、恥ずかしながらそうなのだ。良い機会だ。クレイにはわたしがどのようにして育ったのか、聞いて欲しい」
そうして語られたのは、幼いカレンと母親の話。辛い過去でもあるだろうが、大切な思い出でもあるようで、語るカレンの表情は柔らかい。
「だから、わたしは騎士になる。レオン王子も、父上も、他のあらゆる強者たちも超えて、最強の騎士になるのだ」
「母親譲りの魔法に、父親に鍛えられた剣技。正しく両親の能力を受け継いでいるんだな」
「うむ。それらを合わせたわたしの剣は、ファレイオルの剛剣を一段上へと押し上げるぞ。多分」
「それはお前が自分の子にちゃんと教えられるか次第だろ。お前しか使えないようでは、ファレイオルの剣とは言えんぞ」
カレンの能力が子供に受け継がれるという保証もないしな。ティクライズにおける俺のような出来損ないが生まれてくる可能性だってある。
「わたしがちゃんと子の教育が出来なかったとしても、クレイがやってくれるだろ?」
「は?」
「ん? ……あ、いや、違う! 違う違う! 今のはちがくて! そういう意味じゃなくて!」
やっと顔の赤みが引いてきていたのに、再び顔を真っ赤にしてブンブンと首を振るカレン。まったく、これから一生を学生として生きていくつもりか?
「学園を卒業したら基本的に現在の班も解散だ。そのまま戦場に出て行ったりしない限りはな。子を持つような歳になっても学生気分では困るぞ?」
「……そうか、解散、か」
解散という言葉に寂しがりやの部分が反応したのか、急に大人しくなるカレン。俺のせいかもしれんが、精神が安定しないな。
「解散したって、交流がなくなる訳じゃない。いつでも連絡は取れる。それに、俺たちの実家はどちらも王都にある。会おうと思えば簡単に会えるはずだ。そう寂しがるな」
その時、果たして俺がどうなっているのかは、分からないが。
「うむ……」
「それに今からそんな先のことを考えていてどうする。まだまだ学園生活は続くぞ? 後悔のないように、現在を全力で楽しむべきだと思うがな」
「……そうだな! ママもきっと見ていてくれるに違いない! よし、クレイ! 今度は全員でデートに行くぞ!」
「それはデートと言うのか?」
「呼び方なんてどうでも良い! 今を全力で楽しんで、全力で鍛練して、全力を振り絞って勝利するのだ! その先にママとの約束がある!」
「ああ、そうだな」
周囲はすっかり暗くなってしまった。テンションが振り切れているカレンと共に寮への帰路に就く。
翌日。
「クレイ、わたしだ!」
カレンが部屋を訪ねてきた。どうやら何も用事がなくても来て良いのだと知ってやってきたらしい。
しかし、今日は来るべきではなかっただろう。
「いらっしゃーい、カレン」
「お? アイリス?」
部屋の扉を開けてカレンを迎え入れたのはアイリスだ。そしてアイリスに手を引かれて中まで入ってきたカレンが固まる。
そこには、クレイ班、レオン班の女子たちが勢揃いしていた。
「お、おお、皆集まっていたのだな」
「よく来たわね、カレン。まあ座りなさい」
「あ、ありがとう?」
椅子に座らされたカレンを取り囲むように、女子たちが集まる。そして、
「昨日1日クレイとデートしてたってホント!?」
「どんなことしたの!?」
「楽しかったですか? クレイさんはどんな様子でしたか? 手とか繋いだりしましたか?」
始まる質問攻め。どうやらどこからか昨日のデートのことを聞きつけてきたらしい。
「あ、あわわわわ、クレイ、助けてくれ!」
「頑張れ」
俺は既に質問を受けた後だ。疲れた。カレンを助けてやる気力が残っていない。
「カレン! 答えなさい!」
「せめて順番に質問しろおおおおぉぉぉぉ!!」




