第127話 1人にしないで
弁当を食べ終わると、何やらもじもじしたカレンから次の希望を伝えられる。
「ソルカフィーに行かないか?」
「食後のデザートが欲しいのか?」
「うむ、まあそんなところだ」
学園の女子たちに人気のあのスイーツ店のことだ。恐らく今日もディルガドールの女子がそれなりにいるだろう。
俺たちのことを知らない人間など学園には存在しないので、カレンと2人であの店に行けば注目されるだろうな。
ま、どうでも良いか。そんなのはカレンの希望を断る理由にはならん。
「じゃあ行くか」
店に入ると案の定、学生と思われる女子がそれなりにいる。女子だけではなく、恋人同士と思われる男女ペアの客もいるな。
俺たちの方にチラッと視線を向ける奴もいるが、全体的にはそこまで注目されてもいないようだ。自意識過剰だったかもな。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「わたしはこのフルーツタルトにしよう」
「俺はティラミスで」
注文を終える頃には、こちらに視線を向ける奴もいなくなっていた。まあ普通にスイーツを食べに来ているだけだからな。見ていて面白いことはないだろう。
「ここに来るのは久しぶりだな」
「あれは入学して間もない頃だったか。半年近く前だな」
まだアイリスとクルが仲間になっていなかった頃、この店で模擬戦の勝利を軽く祝った。それ以来、来ようと思えば来られたんだが、何となく機会がなかった。
「何だかんだ、しばしば来ることになるだろうと思っていたんだがな。誰かが行きたいと言い出したりして」
「意外と誰も言わなかったな」
「いや、1年生限定の対抗戦で優勝した時、祝勝会で行きたいとティールが言っていた。結局却下になったが」
「そうだったか。よくそんな細かいことまで覚えているな」
まるで何年も共に戦ってきたかのように、昔話に花が咲く。まだ半年なのにな。単純計算で、この5倍の期間これから共に戦っていくことになる。そう考えると途方もない時間だ。
「お待たせいたしました。フルーツタルトとティラミスです」
注文の品が届いた。早速いただくとしよう。
「やはり美味いな。人気になるのも頷けるというものだ」
「…………」
「カレン?」
フルーツタルトを一口食べ、無言でこちらを見つめてくる。何だ、口に合わなかったか?
「こ、こ、こ、こちらのタルトも、う、美味い、ぞ?」
「あ、ああ、そうか。それは良かった。どうした、大丈夫か? 顔が真っ赤だぞ」
「美味い、から、クレイにも分けてやろう」
そう言って、タルトを一口分切り分け、フォークに刺してこちらに差し出してくる。
「ほら、あーん」
……なるほど。顔を真っ赤にしてどうしたのかと思えば、これをやりたかったらしい。カレンがフォークを差し出してプルプル震えているものだから、何事かとチラチラこちらを見る視線が増えている。
「……無理はしなくて良いぞ?」
「む、無理などしていない。ほら、食べると良い」
無理をしている訳ではなく、本当にこれがやりたくてやっているのなら、良いか。
「あーん」
「どうだ?」
「ああ、美味いぞ」
「そうかそうか!」
頬を染めたままニコニコと笑顔になるカレン。周囲がヒソヒソと話している様子が伝わってくるが、まあカレンが楽しいならそれで良い。
「そちらのティラミスも美味いのだろう?」
なるほど。俺も同じことをやれ、と。まったく、今日のカレンはやけに甘えたがりだな。
「ほら」
「うむ! あーん、んー! 美味い!」
幸せそうに食いやがって。学生証で支払いをするから、ここは俺が奢ろうと言えないのが残念だ。
「食後の運動に行こう!」
そう言うカレンに連れられてやって来たのは、剣振り場だ。料金を支払うことで、剣で斬るための丸太を貰うことが出来る。持ち込みの剣を使っても良いんだが、この施設に用意されている剣を使って斬ることも出来る。
この丸太、ランダムに一本線が入っていて、施設の剣で完璧に線に沿って斬ると景品がもらえる。丸太を斬るためにはそれなりの勢いが必要なので、ゆっくり線に沿って斬るということは出来ない。まあ要するに、ちょっとした遊び感覚で剣の鍛練が出来る施設だな。
「初めて来たな。存在は知っていたが、剣の鍛練の必要性がなかったからな」
「わたしは何度か来ているが、なかなか楽しいぞ。見ているから、やってみると良い」
カレンがやったら全ての丸太で景品が貰えてしまうのではないだろうか。よく出禁になってないな。
もらってきた丸太を台座の上に置き、借りた剣を構える。置いた丸太を見ると、右上から左下に向かって斜めに線が入っている。斬りやすいやつだな。
「ふっ!」
斬りやすいやつだが、線に沿って斬れるとは言ってない。丸太自体は斬ることが出来たが、二つに分かれた丸太を見てみると、どうやら線よりも更に斜めに入ってしまったようだ。
「力が入り過ぎだぞ。線の通りに斬ろうと意識し過ぎると、逆に難しいものだ」
次の丸太を置く。今度はほぼ垂直に縦線が入っている。真っすぐに振り下ろすというのは意外と難しいんだが……。
「はっ!」
案の定、線からズレた。やや斜めに丸太を両断したようだ。
「うーむ、難しいものだな」
周囲を見てみると、学園の男子生徒と思しき3人組が盛り上がっていたり、ちょっと運動しに来ましたといった風体の男性が剣を丸太に弾かれたりしている。
男性の方はともかく、3人組からはよっしゃー! などという叫びが聞こえてくることから、どうやら線の通りに斬ることに成功しているらしい。
「クレイ、ちょっと構えてみろ」
カレンに促され、次の丸太を置いて剣を構える。丸太には最初の物と似た斜め線が入っている。
「狙いの通りに剣を振る時は、もう少しこう……」
突如、背中に柔らかい物が押し当てられる。同時に手に添えられる別の手。どうやらカレンが背後から抱き着くようにして俺の手に手を添えているようだ。
俺とカレンではほとんど身長差がない。肩から覗き込んでくるカレンの顔がすぐ横に来て、何とも落ち着かない。
「聞いているのか、クレイ?」
「あ、ああ、大丈夫だ」
「よし、ではやってみろ」
俺の手からカレンの手が離れていく。そのまま剣を振り下ろしてみれば、狙い通り、線に沿って斬られた丸太が倒れていた。
「やったなクレイ! 成功だぞ!」
「ああ、流石カレンだ。剣を扱わせたら一流だな」
「へ、へへ、そうか?」
「何だその照れ笑い。初めて見たぞ」
「よ、よし! では少し剣を貸してみろ。わたしがこの丸太を線に沿って斬って見せよう!」
そう言ってカレンが置いたのは、真横に線が入った丸太だ。こんなもの、どうやって斬れば良いのか見当もつかない。普通に斬れば当然丸太が吹っ飛んでいくだろう。
「どうやったら斬れるんだ?」
「ふふん、よく見てろよ。まず剣を構える。そして、集中……」
頬を染めてニヤニヤしていたカレンの表情が引き締まり、その視線が一直線に丸太を貫く。まるで周囲の時間まで止まったかのような静寂。そして、
次の瞬間には、既に剣が振り抜かれていた。
剣に遅れて、真っ二つになった丸太がずれていく。完璧に線に沿って斬られた丸太を見てみると、切れ目を合わせたらくっつくのではないかというくらいにキレイな断面をしていた。
「ふぅ……と、このように、きちんと斬れば丸太は飛んでいかない。どうだ、やれそうか?」
「出来る訳ないだろ」
その後も何度かカレンの手ほどきを受けつつ、時間を忘れて楽しんだ。
気が付くと、日が沈みかけていた。
「もうこんな時間か!? しまった、夢中になり過ぎた……!」
「この後の予定も考えていたのか?」
「いや、特に予定はなかったが……」
「なら良いだろ。楽しかったか?」
「う、うむ。楽しかったぞ」
「じゃあ帰ろうか。俺も今日は楽しかったよ。ありがとう」
こんなに充実した休日は初めてかもしれない。そうだよな、本来休日とはこのように遊んだりして過ごすものだよな。部屋で大人しくしているばかりの普段が、もったいなく思えてきた。
次からの休日も誰か誘って遊びに行ったりしてみようか。そんなことを考えつつ、帰路に就こうとすると、カレンに呼び止められる。
「待ってくれ!」
「どうした? やっぱりまだ行きたいところがあるか?」
「行きたいところというか……誰も来ない落ち着いて話せる場所に行かないか?」
そんなカレンの希望に従い、学園の屋上までやってきた。沈む夕日が世界を茜色に染め、それに同化するようにカレンの顔も赤く染まっている。
屋上の落下防止柵を背にこちらを向くカレン。その表情は見たことがないほどに硬い。
「改めて、今日は付き合ってくれてありがとう。とても楽しかった。いつになくクレイが優しくて、ドキドキしっぱなしだったよ。一生ものの思い出だ」
その硬い表情とは裏腹に、カレンの口から出てきたのは楽しそうに今日を振り返る言葉だった。だが、その言い方はまるで、どこかへ行ってしまうかのようで。
「一生ものの思い出なんて言わなくても、別にまた行けば良いだろう。これからだっていくらでも時間はある」
「……そうだな、行けたら良いな。……さて、いい加減、本題に入ろう」
本題。このデートに誘ってくる時、何か言いかけて止めていた、あれだろう。一体何があったというのか。
「なあ、クレイ。何故わたしは呼んでくれないんだ?」
ん?
「何故わたしだけ仲間外れにするんだ。わたしが何かしてしまったのか? わたしは頭が悪いから、知らない間にクレイを怒らせてしまっても不思議ではない。だが、今日のクレイはとても優しかった。わたしを邪険に扱うこともなく、わたしの我がままにずっと付き合ってくれた。怒っている訳ではないのだろう? なら、何故……」
「カレン、待て。待ってくれ。きっと何か勘違いを……」
「嫌なんだ、1人は! 寂しいんだ……! わたしを1人にしないで……!」
ぽろぽろと、カレンの目から涙が溢れ出す。今日はカレンの意外な姿を見ることが多かったが、それら全てが霞むほど、今のカレンの姿は意外だった。
まさか、カレンがここまで寂しがりやだったとは。
入学間もない頃、カレンの班員たちが一斉に抜けてしまい、カレンが1人になったことがあった。あの時、何故すぐに次の班員を探さないのかが不思議だった。カレンなら班員の募集をすればすぐにでも集まるだろうに、いつまでも落ち込んでいて班員探しをする様子がなかった。
あの頃はカレンに対してそこまで興味もなかったので気にしなかったが、今思えば異常なほど落ち込んでいたように思える。ヒントはちゃんとあったんだ。
だというのに、カレンがここまで思いつめるまで気づくことが出来ないなんて。
「ゴメンな、カレン。気づいてやれなくて。寂しがらせて、不安にさせて、ゴメン」
その震える体を抱きしめる。常に俺たちを助けてくれる強いはずの体は、今はどこまでも弱々しく感じた。
「ううん、良いんだ。何か理由があるって分かってるんだ。クレイは意味もなくわたしを仲間外れにするような酷い奴じゃない。でも、分かっていても、駄目なんだ……。わたしこそ、ゴメンな……! こんな面倒な性格で、本当にごめんなさい……!」
カレンも抱きしめ返してくる。強く、強く、俺の背中に回した腕に力を込めて。1人にしないでと主張するように。
太陽が沈み、夜が世界を包むまで、そうしていた。




