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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第5章 盛況なる学園祭
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第123話 狂乱する令嬢

 翌日、ルーから台本完成の連絡があった。本当にすぐだったな。

 それを受けて、クレイ班、レオン班のメンバー全員が寮の談話室に集まった。


「では、台本を配りますね」


 ルーから渡された台本をパラパラと読んでいく。内容は最初に聞いたものから特に変更はなさそうか。魔王と暗黒騎士が女になった影響で多少それらしいセリフになってはいるが。

 あとは所々に魔王と姫の会話が挿入されているくらいだな。それを見る限り、どうにか姫を自分の物にしようと会話を試みる魔王と、助けを信じて魔王を突っぱねる姫、という構図か。


「こう見ると、何というか、平和に見えるよな。魔王が女子になった影響だと思うけどさ、姫が危険だって風に見えないというか」


「そりゃあ男から見れば女子がワイワイしているように見えて平和かもしれんが、いきなり知らん女に自分の物になれと迫られるのはなかなかの恐怖だと思うぞ」


「そういうもんかね。俺は男だから分からん」


「いや、俺だって男だが」


 だが、姫をアイビーにするなら魔王を女子にしたのは正解かもしれないな。カルズソーンからの客も来るようだし、彼らが見に来た時に、自国の公爵令嬢が劇とはいえ平民の男に誘拐され迫られる構図はあまり良くないだろう。


「うーむ、仕方がないことだが、わたしのセリフが多いな。覚えられるだろうか……」


「カレンさん、話の流れさえ変わらなければ、一字一句台本の通りにやってもらわなくても大丈夫ですよ」


「それはそれで難しい気がするが……まずはやってみなければな」


 劇自体の方はやっていけば恐らく何とかなるだろう。どちらかというと問題は、道具や衣装の方な気がする。


「ルー、道具や衣装はどうする?」


「あ、はい。それなんですが……」


「衣装はわたしが用意してあげるわ。といっても、王らしい服と暗黒騎士っぽい服、あとは魔王っぽい服くらいかしら。他は自前で用意出来るでしょ?」


「あ、アイリス。わたしに男性用騎士服も用意して欲しいのだが」


「実家にないの?」


「父上の服はサイズが違い過ぎてわたしには着られんぞ。そもそも団長服だし」


「ああ、そういえば騎士団長は結構な大男だったわね。分かった、カレン用のも用意するわ」


 騎士団長シュデロ・ファレイオルは、身長190超えの小豆色の髪の男だ。筋骨隆々という感じではなく、実戦的な引き締まった体付きをしている。

 俺は実際に話したことはないが、何度かティクライズの家に来ているのを見たことがある。カレンとはあまり似ていない男だ。カレンは母親似なのだろう。


「背景はこれから描いていかないといけません。主にティールさんに描いてもらうことになると思いますが、1人で描ききれる量ではないので、余裕がある人は手伝ってもらう感じでお願いします」


「が、頑張ります」


 セリフは既に覚えたし、王が登場するシーンは少ないため、他のメンバーの練習に俺が必要になる場面も少ないだろう。俺もティールの手伝いをするとしよう。


「武器は皆さん使い慣れた物で。あとは……小道具が必要そうなら用意していく感じですかね」


 とりあえず各々台本を読んで個人練習ということで、解散となった。







「で、何故お前はまた俺の部屋に来ている?」


 解散後、自室に戻ると、すぐにアイビーが訪ねてきた。もうレオンの情報を報告することもないし、俺の部屋に来る必要はないはずだ。


「このベッドの感触が忘れられなくて……」


 部屋に入るなり一直線にベッドに飛び込むアイビー。そしてまたゴロゴロと転がり出す。


「いや、どの部屋のベッドも同じだろ。最初から部屋に備え付けられている物なんだから」


「男の方のベッドで寝るのが良いんですわ」


 相変わらず下着を丸出しにして楽しそうに寝ているアイビー。こいつ、まさか……。


「本当に痴女なのか? 露出狂か?」


「もうそういうことで良いかもしれませんわねー。いっそのこと上も丸出しにします?」


 チラッと服の裾を捲りながら挑発的な目を向けてくる。襲ってくださいと言わんばかりだ。……いや、もしかして実際に襲って欲しいのか?


「昨日言っていた、庭いじりをしながらのんびり生きていくという夢。まさかあれを、冗談ではなく本気で叶えようとしているのか?」


 そう俺が問いかけると、ピタッと転がるのを止めて起き上がり、服の乱れを整える。


「もう、鈍感なのは困りますが、鋭すぎるのも考え物ですわね」


「ということは、本当に?」


「ええ、まあ。カルズソーンでは国を越えた通信は出来ませんから、裏事情を調べようとしても今は出来ません。学園祭の日に来るであろう故国の方に尋ねる時までは行動出来ないのです。ですから、私自身の夢を追いかけてみようかと」


 夢を追いかけると言うと聞こえは良いが、やっていることはただの露出行為だ。こいつの夢は本当にこれで良いのか……?


「どうですか? 私を愛人として囲う気はありませんか? 昨日も言いましたけど、私とっても都合の良い女ですわよ?」


「いや、愛人どころか本妻もいないんだが」


「えっ?」


「え?」


「……嘘、ですわよね?」


「何がだよ。学生に妻なんている訳ないだろ。恋人すらいないぞ」




「そんな馬鹿なっ!!?」




 何故か急に興奮しだした。何だっていうんだ。俺は何もおかしなことは言っていないぞ。


「この部屋に来るのにどれだけ苦労していると思っているんです!? 毎日毎日何人もの女子を連れ込んで! 隠しても無駄です、全部知っているんですからね! 良いではありませんかあんなにたくさんお相手がいるんですから! 私も仲間に入れてくださいよ!」


「はぁ?」


「……まさか、本当に誰にも手を出していないとでも仰るのですか?」


「そうだが」


 そう答えると、アイビーの顔が急速に赤くなっていく。そして顔を手で覆って俯いた。


「何てこと……。女好きの性欲狂いだと思っていたからこんな迫り方をしたのに……。私ただの変態ではありませんか……」


「あー、何だ。もしかして羞恥心を置いてきたとか言っていたのは、建前か?」


「いえ、嘘は言っていませんわ。羞恥など気にせずレオン様を落とそうとしていたのは確かですし、失敗して国に切り捨てられた時の保険としてクレイ様に手を出してもらえないかなーなんて考えていたので」


 俺の愛人枠をキープしておきたかったのか。俺が班員全員、もしかしてルーとマーチもだと思われているか? それら全員を囲っている好色だと思い、だったら自分が混ざっても良いだろうと。


「いや、昨日ルーとマーチが来た時に話していただろう、手を出していないって」


「ああ、このお二人はまだなんだなって思ってましたわ」


 思い込みとは恐ろしいものだな。まさか流石に学園全体の認識がこうという訳ではないよな?


「はあ。何だか疲れましたわ。このまま眠らせてもらいます。眠っている間に、私に何かしても構いませんので」


「だから何もしないって」


「分かっています」


 枕に顔を埋めて眠り始めるアイビー。またベッドにアイビーの匂いが染み付くな……。








 翌日。


「……で、何故お前はまた俺の部屋に来ている?」


 今度こそ俺の部屋に来る理由はもうないはずのアイビーが、またもや俺のベッドに横になっている。今日は下着は見えていないが。


「聞いたのです」


「……何を?」


「クレイ様は身内に甘いって」


 そんなことを言うのはマーチか。いや、最近はルーもおかしいから、もしかしたらルーかもしれない。


「なのでこれからもタイミングを見計らって訪ねることで、私も身内認定していただけないかなーなんて」


「素直だな」


「はい。もうクレイ様に隠し事はしません。意味ないので。私の野望からスカートの中まで全てお見せしますわ」


 自覚はある。俺は実はチョロイということは。特に事件があった訳でもなく、ただ友人として接しているだけだった頃からハイラスを身内認定して大切だと思っていたのだから。

 なので、アイビーのこの目論見は上手くいってしまう可能性が高い。実際既に、少しくらいなら助けてやっても良いと思っている訳で。


「あ、今残念に思いましたね? スカートの中までか、下着の中までは見せてくれないのかって。それは私を受け入れてくださった後のお楽しみですわ」


 しかしこいつは、何故こうも下の話しか出来ないのだろう。馬鹿馬鹿しくなったので、アイビーの戯言は無視して演劇の台本を読むことにする。


「露骨ですわね。今日は下着が見えていないから、私から視線を外して台本を読み始めたのですね? 仕方がないですわねーブッ!?」


 アイビーの顔面目がけて台本を投げつけた。


「いったー……もう、何をするのですか。こういうのがクレイ様の趣味なのですか?」


「はぁ……で? お前はもうセリフは覚えたのか?」


「はい、完璧ですわ」


「だったら魔王か勇者相手に練習でもしてこいよ……。セリフを覚えたら終わりじゃないんだぞ」


「それならお父様、相手をしてくださいませ」


「俺とお前が一緒に出るシーンなんて、お前がさらわれるところだけだろうが。魔王のところに行ってこい。演技指導してもらえ」


「むむむ……」


 これではただの変態だと嘆いていたのに、逆に吹っ切れたのか当たり前のように下品な話を振ってくるようになるとは。これを得だと思って良いものかな。


 その時、部屋の扉がノックされる。


「あの、クレイさん」


 ティールか。アイビーの方を見るとしっかり身だしなみを整えているので、問題ないと判断して部屋の扉を開ける。


「今から背景作りをしようと思うんですけど」


 背景を描くのを手伝おうと思っていたので、作業開始前に声をかけるように言っておいた。だから訪ねてきたのだろう。


「ああ、分かった。手伝おう」


「ありがとうございます!」


「私も手伝いますわ」


「あれ、アイビーさん? ありがとうございます」


 こいつは……まあ良いか。人手は多い方が良い。

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