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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第5章 盛況なる学園祭
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第122話 裏に潜む事情

 せっかくなので、遠慮なくアイビーの下着を眺めていると、ふと思いついた。


 何故アイビーがレオンを落とそうとしているんだ?


 普通、政略結婚の申し込みをしようと思うなら、家が話を通すのではないのか? 本人の意思など関係ないだろう。

 アイビーに下されている指示は政略結婚とは少し違うが、最初から子だけ産ませようとするよりも、結婚する方向で話を進めた方がやりやすいというか、それが普通のはず。


 そもそもの話として、フェリアラント公爵家もしくはカルズソーン王家からヴォルスグラン王家に対して政略結婚の申し込みをするのが筋なのでは?


 陛下が断った、という可能性はあるだろう。だが、それはそれでおかしいようにも思える。

 カルズソーンとヴォルスグランでは、ヴォルスグランの方が多くの面で強く、カルズソーンとの関係を強固にしたところで、ヴォルスグラン側にはメリットが薄いように思える。


 だが、それは違う。


 カルズソーンは、いつ前線崩壊してもおかしくない危うい状態だ。ではもし、本当にカルズソーンが滅んだとしたらどうなるか。



 ヴォルスグランの前線が広がるんだ。



 現在カルズソーンと接するヴォルスグラン西方。これが全て前線へと変化する。更に滅びたカルズソーンからの難民の流入という問題も発生するだろう。

 ヴォルスグランとしては、カルズソーンに滅びてもらっては困るんだ。


 これを防ぐためには、カルズソーンとの関係強化を行い、ヴォルスグランからの戦力支援を堂々と行うことが出来る状況にした方が都合が良い。


 息子を前線送りにする陛下のことだ。当人の意思を無視した政略結婚は行わない、などという理由で断ったりはしないだろう。


 この話、何か裏がありそうだな。


 という話を一通り、アイビーにも伝えてみる。


「え? ……確かに。思えば私のヴォルスグラン行きはかなり唐突でした。お父様から『レオン第二王子の子を授かるのだ! それまで帰って来ることは許さぬ!』と言われて、その3日後にはディルガドール学園の転入試験を受けるためにヴォルスグランへ発っていたんです」


「それでよく合格出来たな」


「私は頭も良い完璧美少女ですから」


「自分で言うのか」


 そうなるとますます怪しい。何か事情がありますと宣言しているようなものだ。しかし、これだけの情報では流石にその事情までは把握できないな。


「あ! ということは、もしかしてその事情というのが分かれば私への指示も撤回される可能性が?」


「その事情によるとしか言えんな。国が解決出来ない事情を個人でどうにか出来るとは思えんが」


「でもクレイ様なら解決出来ますよね?」


「は? 出来る訳ないだろ」


 どこから来るんだその根拠のない信頼は。レオン班の連中は俺についてどんな話をしているのか、気になってきたな。


「そう言わずに助けてくださいませ! ほら、前払いで下着も見せましたし!」


「勝手に見せたんだろうが!」


「えー、でもじっくり眺めていたではありませんか」


「それはまあそうだが……。そもそも出来ないと言っているだろ。仮に出来たとしても、俺がお前を助ける理由もないし」


 ルーを助けた時は、気に入らないから、というだけで助けたが、あれはルーに話を聞いた時点で解決までの具体的な道筋が見えていたからだ。

 今回もアイビーに指示を出している連中は気に入らないが、どうやったら解決なのかも分からないし、仮に解決出来るとしても、気に入らないなどという理由で国の問題に首を突っ込む気には流石になれない。


「助けてくれたら私を好きにして良いですから!」


「お前は体しか払える物がないのか!」


「ありませんわ!!」


「堂々と言うな!!」


 この馬鹿、いい加減部屋から追い出しても許されるだろう。

 そう思い、ベッドの上で下着を見せびらかす痴女に手を伸ばそうとしたところで、


 部屋の外に気配を感じた。


 そしてノックされる扉。


「クレイ、いる? またお茶持ってきてあげたわよ」


「クレイさん、ちょっと演劇のことで相談があるんですけど……」


 マーチとルーか。面倒な奴が来たな。ルーはともかく、マーチにアイビーがいることを知られたら、ろくでもないことをされるに決まっている。


「アイビー、絶対に声を出すなよ。物音も立てるな」


「分かりましたわ。ふふ、何だかいけないことをしているようで、ちょっとワクワクしますわね」


「こいつ……」


 人が緊張しているというのにこの態度。ぶん殴りたい衝動を抑え、扉へ。扉を少しだけ開け、念のため部屋の中が見えないようにして対応する。


「どうした?」


「だからお茶持ってきてあげたって。ルーが相談があるって言うから、中に入れなさい。お茶淹れてあげるから」


「マーチさん、そんな上から言ったら失礼ですよ。すいませんクレイさん」


「それは構わないが……今は部屋の掃除中でな。人を上げられる状態じゃない。10分くらいで終わるから、もう少し経ってから来てくれるか」


「えー、面倒ね。10分くらい待っててあげるから、とりあえず中に入れなさいよ」


 クソ、マーチ以外なら、見られたくない物があるから、と言えば帰ってくれるだろうに。マーチなら嬉々として部屋に侵入して来かねない。


 どうするのが良いか……。


「……何か怪しいわね。クレイが会話中に数秒間も黙り込むなんて。クレイの思考速度でそんなに考えないといけないことが今あるかしら」


「いやなに、マーチ以外なら、見られたくない物があるんだ、と言えば帰ってくれるのになと思っていたところだ。どうやったらマーチを部屋に侵入させずに済むだろうか、とな」


「へえ、あんたでも何かエッチな物が部屋にあったりするの? ちょっと気になるわね」


「こうなるからどうしようか悩んでいたんだ。ルー、助けてくれ」



「わたしも気になりますっ!!!」



「……おい」


 嘘だろ。こう言えばルーがマーチを連れて帰ってくれるだろうと思ったのに。これは計算外だ。この流れはマズイ。


「ほらほら、扉を開けなさい。そしてあんたのお宝を見せなさい」


「すいませんクレイさん……。でもクレイさんがいけないんですよ。そんな気になることを言うから……!」


 2人掛かりで扉を開けようとするマーチとルー。曲がりなりにもディルガドールで鍛えている人間2人相手では、俺の力では対抗し切れない。徐々に扉が開いていく。


 そしてついに2人の侵入を許してしまう。


「突撃ー!」


「お邪魔しまーす!」


 勢い良く部屋の奥まで駆けて行き、


「わお……」


「あらー……」


 ベッドの上に乱れた服装で横になるアイビーを視界に捉え、固まった。


「あら? クレイ様、お二人を部屋に上げて良かったのですか?」


 こちらにのんきな声をかけてくるアイビー。


 こちらに振り向き、ニヤァッと嫌らしい笑みを浮かべるマーチ。


 アイビーの方を向いたまま、耳まで真っ赤にするルー。


 さて……どうしようかな。


「うふふのふー。じゃあお邪魔みたいだし? わたしは帰るわねー。あ、お茶はここに置いておくからー」


 テーブルに持ってきたお茶を置いて去ろうとするマーチの肩を、ガシッと掴む。


「まあ待て」


「いや待って待って。あんたのことは嫌いじゃないけど、流石にそういうことをするほど好きかと言われるとちょっと」


「誰がお前を襲おうとしてるか! お前この部屋を出た後何をするつもりだ?」


「別に? 何も? しようとなんて? してませんわよ?」


「嘘つけ! 絶対に言いふらすつもりだろう! 待て、俺は何もやってないからな! 弁明の機会を寄こせ!」


「いやー、この状況で何もやってないはちょっと、無理じゃない?」


 それは自分でも思う。だが、俺は本当に何もやっていないのだから、こんな話を広められては困る。いや、何かやっていたとしても広められたら困るのだが。


「よく考えろ? もし俺がアイビーと性行為に及んでいたのなら、ベッドやアイビーの着衣の乱れはこの程度では済まないはずだ。よって俺はアイビーに手を出していない。分かるな?」


「えー、でもー、もしかしたらこれからやろうとしてたところかもしれないしー」


「お前……さては分かってて言ってるな?」


 物凄い棒読みだ。自分でもこの状況で何もやってないは無理があると思っていたんだが、マーチには分かっているらしい。


「ふっ、そりゃあそうでしょ。だって、アイビーよ? なんでよりによって他国の公爵令嬢に手を出すのよ。クレイがそこまで後先考えずに行動するとは思えないし。仮に性欲を抑えきれなくなったとしても、最初に手を出すのは班員の誰か、まあフォンかティール辺りでしょ」


「いや、フォンにもティールにも手は出さんが」


「仮によ、仮に。あんたが手を出せる時に手を出すような奴なら、わたしと2人でテントに泊まった時にやってるでしょ」


 思ったよりマーチの俺への評価が高くて安心した。どうやら切り抜けられそうだ。


「あ、あ、やってない……? そ、そうなんですね、クレイさんは何もやってないんですね?」


「あら、もしかしたら私がクレイ様の好みにバッチリ合致した結果、思わず襲ってしまったかもしれませんわよ?」


「お前はややこしくなるようなことを言うな!!」


「お前……? あんたいつの間にアイビーとそんなに親密になったの? アイビーに対してだけやけに丁寧に接してたのに」


「やっぱりヤることヤったんですか!?」


「やってねぇって。ちょっと落ち着け、説明するから」


 やっと話が出来る程度に場が落ち着いたので、ここまでの経緯を説明する。

 といっても、アイビーに国から出されている指示については俺が話すことは出来ないので、あの役決めの日に相談されて、それ以降しばしばアイビーが俺の部屋に来て相談するようになった、という程度の説明しか出来ないが。


「それでどうしたらこんな状態になるのよ」


「アイビーが俺の部屋に来ると勝手にベッドに横になるんだから仕方ないだろ」


「ええ……アイビーあんた……クレイのことが好きなの? だとしてもそのアプローチの仕方はどうかと……」


「実はそうなんです。クレイ様にどうやったら振り向いてもらえるか分からなくて、思わず……」


 手で顔を隠してわざとらしく、よよよ……などと泣き真似をするアイビー。


「お前は息をするように嘘を吐くな」


「まあ、嘘だなんて心外ですわ。私、間違いなくクレイ様のことが一番好きですわよ?」


「はいはい、だとしても恋愛感情とかではないって言うんだろ。わざと紛らわしい言い方をするな」


 実際のところ、一番好きだというのも本当か怪しいものだ。そんなに好かれることをした覚えもないし、アイビーから見たら俺などその辺の通行人と変わらないのではないだろうか。


「いや、でも実際アイビーがこんなに気安く話してるの見るの初めてかも」


「そうですねぇ。アイビーさんはいつもおしとやかで、一歩引いた所から皆さんを見守っているような立ち位置ですし」


「……で、ルーは何をメモしてるのよ」


「え? だってこんな貴重な資料、なかなか見られませんし」


「俺をネタに物語を書くのは拒否すると言ったよな?」


「はい! だから分からないくらい改変して書きます!」


「堂々と約束を破る宣言したわね」


 ルーも段々おかしくなっている気がする。レオン班にまともな奴はいないのか。


「はぁ。それで? 何の相談をしに来たんだ?」


「あ、そうでした。演劇の台本は大体出来ているんですけど、完成間際になってふと思いまして。登場人物のセリフとして書いているけど、もしかして役の本人に合わせてセリフを作った方が良いのかもって」


「要するに例えば俺なら、王らしいセリフかクレイ・ティクライズらしいセリフかどっちが良いのかってことか?」


「そういうことです」


「それは、王らしいセリフ、登場人物らしいセリフが良いだろ」


「そうでしょ? わたしもそう言ってるんだけど、この子納得しないのよ」


「だって、実際に演技するのは役の人じゃないですか。だったらその人らしいセリフの方が、力が入るっていうか、本気が出ると思うんですよ」


 まあ言いたいことは分からなくもない。マーチと、あと一応ハイラスも除いて、俺たちは演技の素人だからな。素の自分の方がやりやすく、演技の完成度は高くなりやすいだろう。


 だが、それでは駄目だ。


「ルー。俺たちが作るのは何だ?」


「え? 演劇、ですよね?」


「そうだな、演劇だ。演技ではない。俺の演技の完成度で勝負するなら、俺らしいセリフが良い。だが、演劇の完成度がそれで高くなるか? 全員がバラバラの演技で、決して一つの作品として完成度は上がらないだろう。俺たちはお前が創り上げた世界を観客に見せるんだ。俺たちの演技を見せるんじゃない。それをはき違えるな」


「わたしが創り上げた世界……!」


「自分の作品を評価して欲しいんだろ? 全部ぶつけてみろ」


「はいっ!」


 どうやら納得したようだ。ルーに迷走されてはおしまいだからな。台本作りは全ての始まり、頑張って欲しいものだ。


「クレイに言われたらすーぐ納得しちゃって。あーあ、結局友達よりも男なのねー」


「ふぇっ!? そそそ、そんなのじゃないですぅ!!」


「どーだか。あー、嫌だ嫌だ。わたしは先に帰ってるわねー」


「ちょっと待ってください! ホントにそういうのじゃないんですってば!」


 バタバタと慌ただしくマーチとルーが部屋を出て行く。


「クレイさんありがとうございました! 台本はもうすぐ完成するので楽しみにしててくださいね!」


 部屋を出る直前にそれだけ言葉にして、2人が出て行った扉が閉まる。部屋には再び俺とアイビーの2人になった。


「クレイ様、私もそろそろ戻りますわ。相談に乗っていただきありがとうございました。私への指示の裏にある事情、少し調べてみます」


「ああ、まあ気をつけろ。迂闊なことをすると消されるかもしれんからな」


「その時は、助けてくださいな」


 そう言って部屋を出て行くアイビー。


「だから、何故俺がお前を助けなくてはならないんだ」


 誰もいない部屋でそう口に出す。


 だが、まあ、やれる範囲でなら助けようとするくらいはしてやっても良いかもな。

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