第121話 令嬢のお願い
アイビーを連れて教室に戻ると、レオンがいなくなっていた。
「ああ、レオンのことは気にしなくて良いわ。ちゃんとアイビーとは話せたみたいね」
「ご迷惑をおかけしました。演劇の役については、元の案で大丈夫ですわ」
それからはスムーズに役決めも進み、最終的にこうなった。
勇者:レオン
騎士:カレン
王:クレイ
姫:アイビー
魔王:マーチ
大男:フォグル
女:アイリス
研究者:ハイラス
暗黒騎士:クル
ナレーター:フォン
監督:ルー
道具係:ティール
まず魔王だが、俺たちの中に闇魔法が使える人間はいないので、別の魔法で代用する必要がある。そこで、
「んー、風魔法で何か黒い物を操ればそれっぽくなるんじゃないでしょうか。砂鉄とか」
「砂鉄って、ルー。簡単に言うけどね、そんなものを自在に操るのがどれだけ難しいと思ってるのよ」
「ならこの魔法陣を使おう。煙を発生させるものだ。黒い煙を風で操れば、かなり闇に近くなるんじゃないか?」
「あ、クレイさんそれ良いですね」
「煙なら操りやすくて良いわね」
という流れで風魔法使いであるマーチに決定した。ハイラスも風魔法使いだが、研究者と魔王なら魔王の方が良いというマーチの希望により、やはりハイラスは研究者ということに。
姫は姫っぽいのがアイリスとアイビーの2人ということで、どちらかにしようとなったのだが、性格的に四天王の女はアイリスっぽいというルー監督の一声により決定。
「これだとわたし、マーチのことが好きってことになるんだけれど……」
「そもそも魔王が女子だと、姫をさらってくる時点でそういう趣味があることになりますから大丈夫です。魔王に忠誠を誓う暗黒騎士も女子になってますし、魔王側は女性同士、人間側は男女の付き合いってことでバランスが取れていて良いんじゃないでしょうか」
「監督がそう言うなら良いけどね。ってか魔王と大男が親友なのよね? わたしとこの脳筋が親友ってことになるのね……」
「おう、よろしく!」
「よろしくしないわよ、いちいち声がデカいわね。あくまで役なんだから、調子に乗るんじゃないわよ」
ナレーターは、聞き心地が良く最も平坦な声という理由でフォンに決定。余った王は同じく余っていた俺に決定した。ティールよりは俺の方が王らしいからな。
「あの、あたしはどうしましょう……?」
「元々1人余るのは分かっていたことだ。ルー、ティール用の役が必要になるが、どうにか出来そうか?」
「んー、ちょっと待ってくださいね……」
と、困った様子で悩んでいたルーだったが、そこでハイラスが、
「なあ、演劇ならさ、背景とかそこにあるはずの岩とかのオブジェとかさ、そういうの設置する必要があるんじゃね? ティールちゃん力あるし、その辺やってもらったらどうよ」
という意見を出し、それをティールが承諾したことで、道具係ということになった。
これから生徒会に申請を出さなくてはならないが、恐らく演劇はドームの舞台で行うことになるだろう。
対抗戦の際にも使われていた天井から吊るされたモニターによって、全体から見えるように映像を流すことになるはずだ。
そうなると、全観客が演劇を正面から見られる訳で、背景が果たす役割は大きい。元々全員で道具の設置は行おうと考えていたが、専用の係がいれば全身黒ずくめの衣装を着ることで、劇の役者か裏方かを観客に間違われることもない。完成度を上げるには必要な係だろう。
「よし、役は決定しましたね! じゃあわたしは台本を作ってきますので、数日待ってください!」
そう言ってルーが教室を飛び出して行き、本日は解散ということになった。
役決定から数日。
「それで、今回はどうでしたか?」
「一応聞いたが、やはり当たり障りのない内容しか回答は出てこないな」
ここ数日、アイビーは俺の部屋にレオンの情報を聞きにくる。その度にだらしない姿を見せつけてくるアイビーに対し丁寧に接するのが馬鹿らしくなり、俺の口調も完全にいつも通りになってしまった。
最近俺の部屋にはカレン以外の班員たちが入り浸っているのに、まるで彼女らの行動を知っているかのように、誰もいない時を見計らってやってくる。
「私がクレイ様の部屋に出入りしているのを見られると面倒でしょう? クレイ様の班の皆様の行動は把握してから来ていますわ」
などと言っていたが、どこまで本当なのやら。
俺のベッドの上でゴロゴロと転がるアイビーに、レオンに質問した結果を教えた。
あれから俺は、レオンに何度か質問していた。女性の好みをレオンに質問した結果をアイビーに伝え、参考にならないからもう一回聞いてこいと言われ。
女性の好み、どんなことを女性にされたら嬉しいか、女性のどのような仕草が好きか。
だが、そのどれに対しても当たり前のようなことばかり回答され、全くアイビーの参考にはならないということが続いていた。
簡単な質問を一つするだけだし、それくらい良いかと思いアイビーに従ってきたが、いい加減面倒になってきたな。
「面白味のない方ですわねー。もっとこう、女性のこういうエッチな姿を見たら興奮して襲い掛かってしまうかもしれない、とかないですかね」
「そろそろレオンに不審に思われている。これくらいで良いんじゃないか?」
「でもこのままだと目的が達成出来ませんわ。あー、でも達成してもレオン様と結婚しないといけないのですわよね……。嫌ですわ。結婚したくないですわー、結婚したくないですわー」
ですわーですわーと喚きながらベッドの上でゴロゴロと往復するアイビー。すると、段々とスカートが捲れ上がっていき、ついに下着が丸見えになってしまった。
「おい、下着が見えているぞ」
「別に良いですわ、下着くらい」
「羞恥心はどこに行ったんだよ……」
「そんなもの、国を出る時に一緒に置いてきましたわ。レオン様の目の前で全裸になって誘惑してみようかと考えたこともありますわよ。レオン様の場合、普通に引かれそうですから止めましたが」
「だからって俺を誘惑してどうする。男の部屋に2人きりで下着を丸出しにしてベッドに横になっているなど、何をされても文句は言えんぞ」
本当にアイビーを襲う気はないが、流石にこのまま放置していると目の毒だ。俺の部屋に来る度にベッドに横になるせいで、最近ベッドからアイビーの匂いがする気がして寝づらいし、そろそろ起き上がって欲しい。
「何をされても文句は言えない……?」
俺の言葉に転がる動きを止め、何やら考え込むアイビー。
「おい、本気にするな。本当に襲ったりはしない」
「いえ……そうですわ!」
ガバッとベッドから起き上がり、こちらを期待の眼差しで見つめてくる。
「私を襲ってください!!」
「大声で何てこと言ってんだお前は!!」
ふざけんなよ、こいつ。もし部屋のすぐ外に人がいたらどうしてくれるんだ。いや、気配は感じないから恐らく大丈夫だが。
「私をお嫁に行けない体にしてください! そうすればレオン様と結婚しなくて済みますわ!」
「いや、国からの指示は、子を作れ、なんだろう? どんな体だろうと関係ないんじゃないか? レオンがそんなことを気にするとも思えんし」
「あー、そうですわね。駄目ですか……」
もしそれで解決するとしたら俺と性行為に及ぶつもりなのか……? 頭大丈夫かこいつ……。
「そもそもどうしてレオンの子が必要なんだ?」
「確か、強い血を我が国にも広めたいとか、そんな理由だったはずですわ。カルズソーンの前線状況はあまり良くありませんから、思いつくあらゆる案を試してみるくらいの心持ちでいるようですわね」
前線状況は、アインミークとヴォルスグランの2国はほぼ安定している。何か想像を絶する異常事態でも発生しない限りは前線崩壊は起こらないと思って良いだろう。
だが、カルズソーンは予断を許さない状況が続いているらしい。今にも崩壊するかもしれないし、今後も何とか戦うことが出来るかもしれないし、何とも安定しないという。
しかしそれにしたって、もし思惑通りにアイビーとレオンの子が出来たとして、その血が戦力になるほど広まるのに何年かかるのか。迷走しているとしか思えない話だ。
「はぁ、嫌ですわ、そんな思惑を乗せられるのは。疲れてしまいます。お庭のお世話だけしながらのんびり生きていきたいですわー」
そんな意味があるかも怪しい策のために嫌いな相手の子を産めと強要されるアイビーのことを考えると、気の毒だとは思う。
しかしだからと言って……
「ねえ、クレイ様。お庭のあるお家を購入されるつもりはありませんか?」
「……何のために?」
「もちろん、私を養っていただくために! 私はお庭のお世話だけして生きていきたいのです!」
こんな馬鹿みたいな提案に乗ることは出来ない。
「何故俺がお前を養ってやらないといけないんだ」
「えー、駄目ですか? 私、とっても都合の良い女ですわよ?」
「自分で言うのか……。養ってくれなんて言ってくる女のどこが都合が良いんだよ」
「私のことを好きにしても良いですわ」
「は?」
「私がお庭のお世話をする環境さえ整えてくだされば、私に対していつどこでどんなことをしても決して拒否しません」
なるほど、自分で言うだけはある。
「何故俺に言うんだ。他の奴では駄目なのか?」
「よく知らない人に好き勝手されるのは流石に嫌ですわ」
「俺のことだってよく知らんだろうに。転入してきてすぐの頃、少し話したくらいだろう」
「クレイ様のことは、班の皆様からよく聞きますもの。ルー様もマーチ様も、レオン様もハイラス様も、皆様クレイ様のお話をしてくださいますわ」
一体どんな話をされているのやら。こんな提案をしてくるくらいだし、悪いことを言われている訳ではないのだろうが。
「その班の皆様は駄目なのか? レオンのことは嫌いにしても、ハイラスは?」
「ハイラス様は……何と言うか、怖いですわ。私のことを好きにしても良いですわ、と言ったら、本当に好きにされそうで」
「何だ、実際に好き勝手されるのは嫌なのか」
「いえ、性的なことなら全て受け入れる覚悟なのですが……ハイラス様の場合、私を囮に使ってモンスターに好きにさせている間にモンスターを殲滅している姿が頭に浮かびまして……。嫌ですわー、死にたくないですわー」
ハイラスだって流石にそこまで鬼畜ではないと思うが……。
「ならフォグルは?」
「フォグル様は大き過ぎますわ。私、壊れてしまいます。嫌ですわー、死にたくないですわー」
「死ぬほどデカくはないだろ。だったら国の人間はどうなんだよ。カルズソーンで付き合いがあった男が皆無ってことはないだろう」
「……ふふふ、貴族社会を知らないからそんなことが言えるのですわ。あんな信用出来ない連中と人生を共にするくらいなら、何も考えてなさそうなレオン様の方が万倍マシですわ」
レオンだって何も考えてないってことはないだろう、失礼な。
というか、何か偏見が入ってないか? 確かに貴族は権力闘争に明け暮れて信用出来ない奴も多そうだが、全員がそうという訳ではないだろう。
最初から貴族は信用出来ないという思考バイアスがかかっている状態で貴族と接してきたのではないかと思えるくらい、貴族への印象が悪いな。
「クレイ様はクールなフリして優しいですし、好きにしても良いと言っても、きっと丁寧に接してくださいますわ。クレイ様に気持ちよくしていただいて、普段はお庭のお世話だけして生活するのですわ。ああ、何て夢のような……!」
欲望に塗れすぎだろ……。どうしてこんな本性を暴いてしまったんだ。以前までの儚げな令嬢然とした姿はどこに行ってしまったのか。
「まあ仮に俺がその提案を受け入れたとしても、お前は国からの指示があるからそんな生活は本当に夢なんだけどな」
「そうでしたわ……」
うう……と泣き真似をして再びベッドに顔を埋めるアイビー。そして再びゴロゴロ転がり下着を丸出しにする。
それを止めろと言うのに。わざとやってるんじゃないのかこいつ。




