第11話 異常事態
その日は朝からティールがそわそわしていた。
「落ち着け。そわそわしても時間の進みは早くならんぞ」
「アハハ、そうなんですけどね。でも楽しみなんですよー!」
「ただでさえ学科の成績が良くないんだ。授業はちゃんと集中して聞け」
「はい、すいません……」
「……ま、良かったな」
「はいっ!」
初めて自分専用の装備が手に入るということで、ワクワクする気持ちは俺にも分からなくはない。今日の放課後は、まず装備の受け取りに行って、そのままお試しだな。
フォンと合流し、学園を出て装備品店フィーリィを目指す。
「どこにする?」
「どれくらいの威力が出るか分からんからな。まずは外の森で試すか」
新しい装備を学園内で試して、予想外の威力に建物半壊などしたら、流石に怒られるでは済まなくなるだろう。ティールならそれくらいやりかねないという、期待と不安が混ざったような予想が出来る。
「ふんふふんふふーん」
「ちゃんと前見て歩け」
「はーい!」
浮かれすぎだな。嬉しいのは分かるが、今後ハンマーや重りを眺めてニヤニヤするようになられても困る。釘を刺しておくか。
「これから受け取るのはあくまで装備だ。飾りじゃないし、宝物でもない。大切にし過ぎて自分の命とどっちが大事なのか分からなくなったりするなよ」
「どういう意味です?」
「たまにいるからな。せっかくの剣を傷つけたくなくて使わず飾っていたりするような奴が」
最初から飾りとして造られた剣ならともかく、使うための剣なら使えと思うんだが、そういう人間にとっては一種のコレクションのような物らしい。
「よく分かりませんけど、ちゃんと使いますよ?」
「ああ、分からなくて良い。装備品は装備品の範疇で大切にしろよ」
もうすぐ目的地だというところで、それは聞こえた。
キャー!?
うわあああぁぁぁ!?
わあああぁぁぁ!?
「な、何ですか!?」
悲鳴だ。一つや二つじゃない。そこかしこから聞こえてくる。
「警備は何をやってる。この都市で大規模な武装組織が現れたなんて聞いたことがないぞ」
この学園都市リーナテイスは、ディルガドール学園を中心としている。国が力を入れているこの学園は、もちろん警備も厳重で、小さな犯罪者ならともかく、大規模組織の侵入を許すなどあり得ない。
そう思っていたんだが……
破壊音が聞こえる。住民の悲鳴が聞こえる。戦闘音が聞こえる。
「だんだん近づいてきている。警備隊が押し負けているということだ。この都市の警備隊が押されるなど、尋常でない戦力だ。逃げるぞ。俺たちがどうにか出来る敵じゃない」
学園へ引き返そうと振り返り、慌てて二人の手を引っ張って路地に引きずり込む。もう学園近くまで侵入してやがる。事件を起こす前に都市の奥まで入っていたのか。
ちらりと覗いてみると、何か手に持った物から魔力の塊を発射して建物を破壊している。何だあれは。見たこともないが、武器なのか?
(あれは、銃。最近学園に試供品が納入されてた。最新の武器だって)
(銃? どんな武器だ?)
(トリガーを引くと使用者の魔力を自動で固めて高速で射出する。誰が使っても一定の効果を発揮するらしい。だから学園ではいらないって)
全員が統一された一定の能力、よりも、より優れた能力を育てる、という学園だからな。そんな武器は必要とされないだろう。
しかし敵に持たれると厄介だな。俺の目では、射出される魔力塊を捉えられない。侵入した武装集団が全員あの銃を持っているなら、囲まれたら一瞬で命がなくなるだろう。
何故そんな最新武器が犯罪集団の手に渡っているのか。気にはなるが、今はこの状況をどうにかしなければ。
今なら大通りに敵はいないか。よし、一気に駆け抜けて……
「お、3人発見っと」
「ひっ!?」
悲鳴を上げそうになるティールの口を手で押さえる。この路地、安全ではなかったらしい。大通りとは逆側から敵が来ていた。
「おおっと、そんなに怯えないでくれよ。俺たちは学生さんたちを傷つけに来た訳じゃあないんだぜ?」
数は3。体はほとんど鍛えていないように見える。俺でも制圧は可能か。
もちろん、銃さえなければ、の話だ。
「学生を傷つけないとは?」
「俺たちは子供を戦わせようとする最低な大人たちに天罰を下すために集まったんだ。君たちも本当は戦いたくなんてないだろう? 分かっているぜ?」
得意気に語る真ん中の男は油断しているようだが、左右の男たちはしっかりこちらに銃を向けている。路地は3人に塞がれ、進めるのは大通りへ出る方向のみ。しかし、流石に背を向けて逃走するのは自殺行為だろう。
路地の先から更に2人来るのが見えるな。まだ離れているが、もたもたしている場合ではないか。全員でかかれば、ここは突破出来るだろう。しかしその後を考えると……これが最適解か。
「トレーニングの準備をしていろ」
それだけ言って、二人を大通りへ突き飛ばす。と、同時に、抜き放っていたナイフを両手で一本ずつ投げ、左右の男が手に持つ銃へ突き刺す。
「フォン! ティールは最硬の鉄人形を破壊出来るほどの力がある!」
慌てて銃をこちらに向ける真ん中の男に向かって駆ける。
「このクソガキがぁ!!」
分かりやすくて助かるな。叫んだ瞬間頭を下げれば、頭上を魔力が飛んでいく。
「じゃあな、偽善者」
取り出した予備のナイフで首を掻き切る。掴みかかってくる左右の男たちにわざと捕まりながら、これらの首も斬る。そして死体と一緒に倒れこみ、気配を極限まで薄くする。
「おい、大丈夫か!?」
「あーあー、やられちまってらぁ。やったのはこのガキか? 相討ちか」
死体の状態を確かめようとしゃがんだ男の首を斬りながら、死体の中から飛び出す。驚き固まるもう一人も処理し、クリア。
さて、通信装置は……これか。
「救援求む!! 黒髪のガキが暴れてる! 学園の裏手だ! 急いでくれ!! う、うわああぁぁぁ!?」
で、通信装置を叩き付けて破壊。さて、どれくらい引っかかるだろうか。別の男から通信装置をはぎ取り、会話内容を確認する。
「あー、テメェら、今の聞いたか? 騙されんじゃねぇぞ。いちいち学園の裏手なんかに移動した奴は俺が直々に殺してやるからそこで大人しくしてろ。ただし、黒髪のガキが暴れてんのは多分本当だ。見つけ次第殺せ」
意外と頭が回る奴がリーダーのようだ。通信前に言う符合でも決められていたか、仲間の声を覚えているのか、そもそも殺される直前に通信なんて出来る訳がないと違和感を持ったか。ともかく、さっきの通信が嘘だとばれているらしい。そして、わざわざ黒髪のガキなんて文言が入るのは、本人が黒髪のガキである可能性が高く、通信装置を奪われているということは仲間が殺されたことを意味する。
確かに全て予想は出来るんだが、それをほとんど時間をかけずに理解されるとは思っていなかった。連中、烏合の衆にしか見えなかったんだがな。仕方ない、気配を殺して隠れて移動するか。
ナイフを回収し、大通りとは逆に向かって路地を進む。道の先から足音が多く聞こえてくる。まずは一度敵に見つかって、黒髪のガキを発見したと報告を入れてもらいたいところだ。
学園前の大通りほどではないが、大きめの通りまで来た。まずは顔を出して周辺を確認……
目の前に敵
咄嗟に蹴り飛ばす
追撃にナイフを……
「この、悪党共がああぁぁぁ!!!」
「ぎゃあああぁぁぁぁ!!?」
通りを爆炎が駆け抜ける。俺が蹴り飛ばした男もその炎に飲まれていく。
「チッ、キリがない。だが、わたしは負けん! 騎士の誇りにかけて、貴様らのような外道は全て屠ってくれる!!」
そして、路地の方を向いたその女と目が合った。
「む、クレイ・ティクライズ。お前も連中を倒したのか。やるではないか」
「カレン・ファレイオル。何をしている」
「おかしなことを聞く。悪党を殲滅しているのだ。民を守るのが騎士というものだ」
「そういう意味では……」
「焦焔・破断剣!!」
不意にカレンが振り抜いた剣から炎が飛び出し、俺の横をすり抜けていく。そして背後で上がる悲鳴。どうやら敵が来ていたらしい。
「油断するな、クレイ・ティクライズ! 敵はいくらでも湧いて出るぞ!」
「お前が湧かせてるんだろうが!!」
カレンの背後から迫る敵にナイフを投げながら、思わず叫んでいた。




