第113話 英雄願望の暴走
翌日。とりあえず森の探索は完了ということにして、今日はリレポステ西側の山岳地帯に来た。
拠点の場所の手がかりはないものの、この近辺で巨大なモンスターを隠しておけそうなのは、地下を除けばこの山岳地帯になる。
ゴツゴツした岩場をむき出しにした山だ。ほとんど人は来ないし、どこかの洞穴にでも隠してあれば、わざわざ探そうとしない限り簡単には見つからないだろう。
問題は、こうして見つけようと思って探しても、そう簡単には見つからないということか。
「俺は、何をやってるんだろうな」
昨日までの森探索もそうだが、何故俺はこんなにも無駄になる可能性が高いことを何日もかけてやっているのだろう。
モンスターへの憎悪か? もちろんそれもある。だが森探索はともかく、今探しているのは憎いモンスターではない。哀れな被害者だ。
モンスターを殺すことさえ出来れば良いと思っていた。その果てに自分が息絶えたとしても、1体でも多くクソ共を道連れに出来ればそれで良いと。
だが……
絶望的な状況の中、それでも俺に向かって笑って見せた、誇り高い親父の背中を覚えている。
班の全員で全力を振り絞って戦って、それでも負けた悔しさと、次こそは勝つという決意を覚えている。
故郷が滅んだあの日から、ほとんどキレア以外の人間と関わらずに生きてきた。ひたすら自己研鑽の日々。それは俺を強くした。
しかし同時に、俺本来の性格を殺してしまっていたのではないか。
故郷にいた頃、いつものメンバーで集まって遊ぶことが何よりも好きだった。どんなことをしていたって、仲の良い連中でつるんでいれば楽しかった。
全員死んでしまった。
あの後、キレアに協力してもらって、出来る限りの弔いをした。恐怖や苦痛に歪む仲間たちの顔を何度も見ることになった。だからこそ、俺はモンスター共へ復讐してやろうと思った。
だが、新たな仲間が出来て、やっと冷静に物事を見られるようになって。やっと気づいた。俺がやろうとしているのは、仲間たちのための行動ではなくて、ただの八つ当たりだ。
今殺し回っているモンスターたちは仲間の仇ではないし、親父もお袋も仲間たちも俺がこんなことをするのを望んではいないだろう。
俺がやるべきなのは、復讐ではなく……
日が暮れてきた。流石に当てもなく捜索しようというのが間違っている気がする。そもそもこの山岳地帯に探し物があるという考えだって、この近辺で隠しておけそうなのはここだけだから、という薄い根拠たった一つに基づいている。時間を無駄にしているような気しかしない。
森を探していた時も全く同じことを考えていた気がするな。それで本当に研究者の拠点を見つけたのだから、この探索も無意味ではないのかもしれない。
その時、聞こえた。足音だ。ズシン、ズシンと、重く響く足音。
「……まさか、本当に当たりとはな」
足音とはそれなりに距離がある。少しずつ離れていくことから、恐らく元々この近辺に隠されていて、現在どこかへ向けて移動中なのだろう。
何故移動している? 例のイカれた研究者は捕まったんじゃないのか? クレイを投げた後は周辺にモンスターがいないか確認するためにそのまま離れたが、まさか失敗したのだろうか。殺されちまったってことはないよな? クレイなら心配いらないと思うが。
方角としては、北、か。
ここから北……?
「前線に行く気か!? 本当にイカれたクソ野郎だな!」
あんなものが前線に行けば、騎士たちはどうしたって内側、人域側への対応をせざるを得なくなる。
この1体への対応だけでなく、これ以外にも内側からモンスターが来る可能性を考慮して、そちらへ戦力を割かなければならない。
あるいはそうして混乱した騎士たちの隙を突いて、前線を崩壊させるのが目的か。
前線が崩壊すれば、大量のモンスターが人域へなだれ込み、多くの街がなくなるだろう。それだけは許すことは出来ない。
あんな悲劇は、もう見たくない。
空へと飛びあがり周辺を見渡す。が、見えない。ここから見える場所にはいないのか? いや、足音が聞こえるほど近いなら、5メートルもある怪物が見えないなどということはあり得ない。つまり、見えないということが逆に手がかりになる。
「あれか」
背の高い木が密集している場所。あの木の陰に隠れて見えないのだろう。移動し、真上から見てみれば、やはり見つけた。あの拠点に資料がまとめられていた実験の産物だ。
見た目としては、巨大な人間だ。だが、これを人間と言うのは無理があるだろう。
体中に繋ぎ目があり、そこから青っぽい色の粘液が垂れている。今にも崩れてしまいそうな様子なのに、踏みしめる足は力強く、個体としての強大さが見て取れる。
本来目があるはずの場所からも、口からも、ボタボタと粘液が落ち、口からは意味のないうめき声が漏れ出している。
ウウ、ウウ、と、苦しむように。
さっさと解放してやろう。一気に接近し、そのまま全力で風をぶつける。
「業風・掃翔け」
巨人は幾本もの木を薙ぎ倒しながら吹き飛び、道に出た。吹き飛ぶだけで全く効いた様子がない。つぎはぎのような見た目に反して、異常に硬いな。
「風纏、風切羽、降砲・風薙落とし!!」
風を纏い、上空へと飛び上がる。道に倒れたままの奴に向けて、そのまま押し潰すつもりで、風の塊を叩き付ける。
地面すら抉る、全力の一撃だ。いくらこいつが硬いと言っても、地面より硬いということはないだろう。今度こそやれるはずだ。
掻き消された。
「……は?」
巨体に似合わない俊敏な動きで起き上がった奴は、その拳を俺の魔法に叩き付けた。瞬間、まるで消滅するかのように俺の魔法が消えてしまった。
押し負けた、という感じじゃない。本当に掻き消されたようにしか見えない。何が起きた?
目の前に拳
反射的に回避を選択。紙一重で避けることに成功したが、背に生やした風の羽を掠めた。その羽も掻き消され、落下していく。
風で勢いを殺して着地。ズドンと大きな音をたてて目の前に着地した巨人から距離を取るため、再び風を纏って跳び退く。
こいつ、滅茶苦茶だ。
俺の魔法を不意打ちで受けても堪えない耐久力、上空15メートルはあろうかという高さにいた俺を殴りに来る跳躍力、気づいたら目の前まで接近されている脚力、魔法を拳で掻き消す何らかの能力。
ただ人間を繋ぎ合わせた失敗作だったのではないのか。明らかに戦力になるように鍛えられている。こんな奴、どうやって仕留めれば良い?
「くふふふ、無駄ですよ。それはこのわたしが、過去の最高傑作を超えようと試行錯誤して生み出した研究成果なのですからねぇ」
最初に巨人を吹き飛ばした背の高い木の方から、1人の男が歩み出てくる。白衣を纏った不健康そうな血色の髪の男。恐らくはこいつが例の研究者だろう。
「もしこれがきちんとした人型として完成していれば、わざわざ96号にこだわる必要もなかった傑作なのです。あなたのような、どこの誰とも知れぬ輩に倒されるような脆弱な肉体ではないのですよ」
96号というのが何の話なのかは知らないが、どうやら俺に理解させたくてぺらぺらしゃべっている訳ではないらしい。ただの自己満足。言いたいことが言えればそれで良い、と。
何というか、いかにも、という感じの人間だな。狂った研究者を想像してくださいと言われたら、こういう奴と思い浮かべそうな、分かりやすい人間性をしている。
「これを使って前線を崩し、なだれ込んできたモンスターと96号を戦わせれば、きっと世も正しくわたしを評価出来るはず! ああ、楽しみですねぇ! この偉大なる研究者クデサード・レクタサーチが英雄として広く知れ渡るその時が!」
虚空に向かって血走った目で興奮して語り掛ける奴の姿は、もはや完全に正気を失っているとしか思えない。で、正気を失ってやることが、これか。
冗談じゃない。
「させるかよ。お前もその怪物もここでぶっ倒して、英雄になるどころか無名のままで消し去ってやるよ」
「……ああ、あなた、確かあの新聞で見た覚えがありますねぇ。確か、ハイラス・ダートン。先ほどの攻撃を見るに魔法が得意なようですが、これに魔法が効かないことがまだ理解出来ていないのですか? これだから低能は嫌いなのですよ。理解力に差があり過ぎて、会話が出来ない」
「そうかい。じゃあその低能に負けるお前は、無能って訳だ。お前が英雄とやらになれないのも、世間が評価出来るだけの能力がお前に備わって無いからなんじゃないのか?」
「言うに事欠いて、このわたしを無能とは。怒りを通り越して悲しみすら覚えますよ。物を知らない子供というのはここまで哀れなのかと。ならば見せて差し上げましょう! このわたしの研究成果を! 人生の最期に偉大な研究の一端に触れることが出来る栄誉にむせび泣きながら、消え去りなさい!」




