第10話 学園の王族たち
フィーリィを出て、学園へ戻る道を歩く。放課後のこの時間、学園前のこの通りはどこを見ても生徒がいるな。
「寄りたいところがある。わたしはこれで」
「ん、そうか。わかった」
「どこ行くんですか?」
「本屋」
本屋はこの通りにはなかったか。そういえば学園案内の周辺地図にも載ってなかったな。
「やっぱり俺も行って良いか? 本屋の場所を把握していないことに気がついた」
コクリと頷き歩き出すフォンについて行く。本屋についてなら、きっとフォンが一番詳しいだろう。
そう思ってついて行ったんだが……
どんどん細い路地へと入っていく。大通りから離れ、人も少なくなり、もう俺たち以外に歩いている人間はいない。
「本屋に向かってるんだよな?」
コクリと頷くので間違いないんだろうが、こんなところに本屋があるのか?
「何か、怖くなってきました……」
「先に帰るか?」
「いやいやいや、嫌ですよ! こんなところから一人で帰りたくないです!」
更に進んだ突き当り。看板も何もない木造建築の扉を、躊躇いなく開き入っていくフォン。その後について入ってみると、
「いらっしゃい。おやフォンちゃん。久しぶりだねぇ。2ヶ月ぶりくらいじゃないかい?」
「久しぶり。ちょっと忙しかった」
老婆と仲良さそうに話すフォン。小さい建物だが、並んだ棚に本が詰められた様子は確かに本屋のようだ。
「お友達かい?」
「同じ班」
「あら、良かったわねぇ。ちゃんと班に入れたんだね」
周囲に並ぶ本を一冊手に取ってみると、どうやら物語のようだ。並んでいる本はどれも物語の類らしいな。
「本がいっぱいですねぇ。目が回りそうです……」
「学園の図書室に入ったら、一瞬でひっくり返りそうだな」
「うへぇ、そんなにですか?」
思えば、図書室でフォンの前に並べられていた本は、物語が多かったな。俺にオススメの本としてあんなものを渡してくるくらいだし物語しか読まない訳ではないのだろうが、特に好きなのはここに並ぶような物語の本なんだろう。
「今日はこれとこれ、あとこれにする」
「はいはい」
いつの間にか欲しい本を選び終わっていたらしい。金を払って購入している。ここは学生証では駄目なんだな。
「満足したか?」
「クレイは買わないの?」
「ああ、俺は物語はあまり読まない」
「むぅ……これ、オススメ」
棚から抜き取った一冊を渡してくる。読めってことか? 題名は「白き騎士と黒き姫」と書いてある。よく知らないが、これ、恋物語か何かじゃないのか?
「読んでみて」
「まあ、良いか」
寮で時間がある時にでも読んでみれば良いだろう。その程度の時間はいくらでもあるはずだ。金を払い購入する。
「ティール、帰るぞ」
「ほへー……はっ! はい、帰ります!」
「また来るね」
「はいはい、待ってるよ」
本屋から出ようと扉の方を向いたその時、扉が勝手に開いていく。
そして、入ってきたのは、輝く黄金
腰まで伸びた美しい金髪。煌めく蒼い大きな瞳。堂々と立つその姿は、彼女の意志の強さを表す。身長は150センチを少し超えた程度のはずなのに、やけに大きく見える存在感。
頭を下げ
「止めて。こんなところで公式な態度なんていらないわ。というか、あなたもディルガドールの学生でしょ? 学生同士、上下関係があると、行事や班行動に支障が出るから、同等の立場で接してもらえる?」
ようとして、止められた。まさかこんなところで王族に出会うとは。クラスにも王子がいるし、やけに縁があるな。
「あら? あなた、その本を買ったの? 良い趣味ね。じゃあ、また機会があれば」
従者と思われる少女と共に本屋に入っていく。それと入れ替わるように外に出た。
扉を閉じ、一つ息を吐く。流石に驚いた。王族に会うなら、少しは心の準備をさせて欲しい。
「さっきの人、お知り合いですか?」
「お前はもう少し物事を知った方が良いな」
「え?」
「アイリス・ヴォルスグラン第一王女」
「ええっ!?」
アイリス・ヴォルスグラン。同じクラスのレオン・ヴォルスグラン第二王子と双子の、つまり俺たちと同い年の王女だ。
いよいよ陛下の考えが分からなくなってきたな。例外はなくはないが、基本的にディルガドールに貴族はいない。何故なら、貴族は前線に出て戦ったりしないからだ。
それなのに、第一王子が学園を卒業して前線へ、そして双子の王子、王女が学園に入ってきている。まだ下に王子、王女がいるが、今後も全員学園に入れるつもりだろうか。
「フォンは何故王族が学園に入ってきているか、わかるか?」
「わからない」
まあ分からないよな。仕方ない。こんなことを考えたところで答えは出ない。王女も入学しているという事実のみを情報として把握しておけば良いだろう。
「帰るか」
「なあなあ、何でお前のとこには可愛い子が集まるんだよー」
買い物に出た翌朝、教室に入り席に座るなり、隣のハイラスからそんなことを言われた。フォンが加入したことを知っているのか。昨日、教室で集まっているところを見られたか。
「いや、知らんが。というかお前、まだ可愛い子が云々言っているのか。そろそろ班を決めた方が良いんじゃないか?」
「そうなんだけどさー。なかなかなー」
「そういえば昨日、買い物に出た時にアイリス王女を見たぞ。どうやらここに入学しているらしい」
「マジで!? 行くしかねーな!」
「失礼のないようにしろよ」
「分かってる分かってる!」
今にも教室を飛び出して行きそうな様子でうずうずしているが、これから授業だ。今教えるんじゃなかった。隣でそわそわとうっとおしいことこの上ない。
「はい、おはようございます。静かにしてね。来週から実技授業も始まるから、班は早めに決めた方が良いよ」
キャロル先生が教室に入ってきて、今日も授業が始まる。実技授業か。班単位でやるのか? どんなことをするんだろうか。
「今日から2、3年生が近くの山に行ってます。今日、明日、明後日の3日間、自然の中でのトレーニングだね。自然の中と言っても学園が用意した設備があるから、きっちりトレーニング出来るんだよ。みんなも来年は参加することになります。楽しみにしててね。じゃあ今日の授業を始めます」
「ちょっと、何レオン様の隣に座ってる訳?」
「あなたの許可が必要だなんて、初めて聞きましたね」
「プププ、そんなことしてる間にこの席はもらっちゃうもんねー」
「ああっ!?」
「勝手なことをしないでください!」
ティールと一緒に食堂まで来ると、何やら騒がしい。何となくそんな雰囲気は感じていたが、レオン王子の班は班員の女子たちの仲が悪いようだ。
王子も何とか仲裁出来ないかと頑張っているが、上手くいっていない。あの人は優しいからなぁ。なかなか強く注意出来ないんだろう。
「ひえぇ、怖いです……」
「王子の目の前であんな言い合いをしたら、王子にも迷惑がかかることが分かっていないんだろうな」
もしくはそれが頭から抜け落ちるくらい血が上っているか。そもそもあんな風に取り巻きをやっていたところで、こんな学園の生徒と王子が恋人になる訳もない。女子から見て王子が魅力的なのは理解出来るが、無駄な足掻きだと言わざるを得ないな。
「離れて座るか」
「そうしましょう!」
本当かは知らないが、王子が自ら声をかけたのが俺だけなので、俺のことを逆恨みしているなどという噂も聞いたことがある。酷い話だ。こちらに飛び火してこないように、距離を取るに限る。
王子も、班員は厳選するべきだと思うが。あんな状態では連携もまともに出来ないだろう。王子本人がいくら強かろうと、連携してかかれば一人ならどうとでも出来る。これからの行事でまともな成績が収められるか、心配になるな。
そんなこと、俺が気にする問題ではないか。
「んー、美味しいですー」
相変わらず幸せそうに大量の料理を食べ進めるティールを眺めながら、王子についてを思考から追い出した。




