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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第4章 モンスター討伐実習
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第105話 戦闘人形96号

 戦闘人形という言葉に怒りを覚えるが、今は何よりも冷静さが必要だ。気持ちを無理矢理静め、状況の打開を図る。


「生み出した、というのはつまり、お前は騎士団に壊滅させられたという例の組織の人間だということか? 何故自由に出歩いている」


「ほう、その辺りの話は聞いているんですか。なかなか仲良くしているようですねぇ。その戦闘人形に心を芽生えさせるなど、余計なことをしてくれたものです」


「質問に答えろよ」


「組織が壊滅した際、わたしは国に拾われましてねぇ。この世界的に見ても優秀である頭脳を、国のために役立てよ、とのことで。監視はついていましたが、国が主導する研究にわたしも参加していたのですよ」


 会話しながら、抱えているサラフ先輩を揺すって意識を取り戻そうと試みる。だが、目を覚まさない。


「……その研究とは、人間の限界を超える、というものか?」


「おや、なかなか事情通ですねぇ。その通り。そもそもその96号を生み出した研究も、元は国が始めたものが下地にあるのですよ。国に捕らえられてから、その経験を活かして人道的な内容で人間の限界を超える研究を行っていたという訳です。学園都市リーナテイスで、ね」


 こいつ、ずっとリーナテイスにいたというのか。確かに国が管理しやすい都市なのは間違いないが、だからといって、こんな狂人を教育機関の近くに置くなど。

 そもそもあの学園には王子、王女がいるんだぞ。この狂人を牢に入れていないことといい、この国はどうなっているんだ。


「ある日、新聞を見たら学園の班対抗戦の結果が載っていましてねぇ。その優秀な成績を収めた班のメンバーの中に、何となく見覚えがある顔があるではありませんか。運命というのはあるのだと思いましたよ。居ても立っても居られなくなったわたしは、96号を再びこの手に取り戻すための準備を始めました」


「……アインミークからモンスターを買い集め、自分の研究を応用してそれを操り国中にばら撒く。学園行事でそれを狩りに来たところを強襲、目的を達成する。そういう計画だったという訳か」


 全てこの男の思い通り。思えば鳥のモンスターがすぐに逃げ出そうとしていたのも、モンスター狩りをしている人間の情報を持ち帰るためだったのだろう。クルのような人間を生み出せるなら、人間より思考が単純なモンスターに命令を聞かせるなど容易かっただろうな。

 操ったモンスターから得た情報でクルの現在地を特定、機を待って襲ってきた訳だ。


 こいつ、どこまでクルに執着していやがる。


「……素晴らしい洞察力ですねぇ。あなたもなかなか面白い人材のようです」


「何故そこまでクルに執着する」


「クル、というのが96号にあなた方が付けた名前ですか。いけませんねぇ、そのように人間としてそれを扱っては。それはわたしの最高傑作! 戦闘人形、殺戮の兵器! それを用いて、わたしはこの世界を人間の手に取り戻す! そして、救世の英雄として、永久に語り継がれる存在となるのです!」


 落ち着け……落ち着け……! 怒りに任せて突撃したところで、状況は好転しない。今は、サラフ先輩が目を覚ますまでの時間稼ぎをする。

 こいつはどうやら自己顕示欲が強いようだし、研究内容に興味を持っているように見せかけて質問すれば……




「とりあえず、あなた方を殺させればそれの心も再び死にますかねぇ」




 それは、駄目だ。いくら解析で先読みしたところで、俺ではクルを止められない。サラフ先輩を抱えている現状ではなおさらだ。


「クル! 目を覚ませ!」


「くふふふ、無駄ですよ。それへの最優先命令権はわたしが持っているのですからねぇ」


 命令を出す人間に優先順位があるのか。恐らく、こいつが最上位、他の組織の人間がその下、そしてその更に下にその他大勢が入るのだろう。

 俺の命令は、所詮その他大勢の位置。どう足掻いても、こいつの命令に逆らわせることなど出来ない。



「では、やりなさい、96号」



 命令を受け、クルがこちらへ振り向き飛び込んでくる。

 咄嗟にサラフ先輩を右腕一本で抱え直し、跳び退いて少しでも距離を稼ぎながら、クルが繰り出す右拳を左手で受け止めようとする。



 そんな防御で防ぎ切れるほど、クルの拳は軽くない。



 俺の左手をすり抜け迫る右拳。



 ギリギリで体を捻って何とか左腕で受け止めて、



 受け止めた左腕が抉れ血が舞い、骨が折れる。



「ああああぁぁぁぁぁッ!!」


 痛みを耐え、カウンターで繰り出した左足がクルを蹴り飛ばして間合いが開く。


 当たった……?


 俺ごときが苦し紛れに繰り出した蹴りがクルに当たるなど、奇跡が起きてもあり得ない異常事態だ。

 クルの拳を受けた左腕が繋がっているのもおかしい。奴の命令が本当に最優先で実行されるなら、先ほどの拳はクル本来の破壊の一撃のはず。そんなものを受けたのなら、俺の左腕が弾け飛んでなくなっていてもおかしくないはずだ。


 つまり……!


「おやぁ? おかしいですねぇ。明らかに出力が低い。速度、反応、破壊力、全てが幼少期より弱くなっている。むしろ強くなっているはずなのですが……」


 やはり、こいつの命令に完全に支配されていない。ならばまだ、クルを取り戻す隙があるはず……!



「あ、なるほど。先にお姫様を殺さなくてはいけないのですかねぇ」



「っ!? ま、待てっ!!」


 アイリスから何度も破壊を抑え込む命令を受け、クルのその力を封じているのだと予想したのだろう。アイリスを殺せば封印が解けると考え、アイリスに狙いを変えやがった。

 クルをアイリスのところへ行かせたら、何も知らないアイリスは無防備にクルの前に立ってしまう。行かせる訳にはいかない!


「英雄になりたいのではないのか! 王女を殺したりすれば、英雄どころか大罪人として処刑されるだけだぞ!」


「この国の王は人間を強くするためなら多少の悪事は見逃してくれますからねぇ。王女をあの学園に入れているくらいですし、引き換えにモンスターを殲滅して見せればきっと許されるでしょう。行きますよ、96号。わたしを抱えて走りなさい」


 クソッ! 自分の考えが正しいと信じて疑わない狂人がっ!


 クルがクデサードを右脇に抱え、走り去っていく。その速度は、サラフ先輩を抱えていなかったとしても、俺が追いつけるようなものではない。


「狼共、食べて良いですよ」


 去り際、奴の命令で待機していた狼たちに、新たな命令が下される。それを聞いた瞬間、一斉に襲い掛かってくるモンスター。

 ただでさえ向こうの方が速いってのに、足止めまで……!


転写(トランスファー)!」


 狼たちの動きを観察、先に飛びかかってくる奴から順番に魔法で弾く。

 だが、俺の魔法では殺しきることが出来ない。魔法が当たった奴は一時的に動きを止めるが、そこから畳み掛ける前に別の奴が襲ってくるため止めを刺すことが出来ず、数を減らせない。


「サラフ先輩! 起きてください!」


 サラフ先輩が起きてくれれば、俺を強化してもらえる。そうすれば俺でも何とかこの状況を脱することが出来るはずだ。


 問題は、それまで耐えることが出来るかどうか……。


 一斉に襲い掛かってくる3匹を魔法で弾く。その隙を突こうとしている奴に鎖を飛ばし、背後から飛びかかって来ていた奴の顎に回し蹴りを叩き込む。

 そこへ追加で来る5匹を魔法で弾く、が、1匹弾き損ねた奴が牙を剥いて襲い掛かって来る。

 ギリギリで左拳を鼻っ面に叩き込むことに成功。何とか凌ぐ。折れている左腕が激痛を発するが、そんなことを気にしていられる余裕はない。


 駄目だ、捌き切れていない。


 複数の魔法を1匹に集中させることが出来れば仕留め切ることも可能なんだが、数が多すぎてそんな暇はない。

 もう少し解析深度が上がれば、狼の目や口内を的確に撃ち抜くことも出来るはずだが、それにはまだ時間がかかる。今はそのように悠長にはしていられない。


 何か打開策は……。



「ぶっ飛べクソモンスター共がぁッ!」



 空から暴風が降ってくる。それは周囲のモンスターを残らず吹き飛ばし、斬り刻み、木や地面に叩き付け、殲滅した。


 空から男が下りてきて着地する。それは、緑がかった髪の良く知っている男。


「ハイラス!」


 この辺りはモンスターが多い割に競合相手が少なく、良い狩場だと思ってやって来たのだろう。ありがたい、まさに天の助けだ。


「ああ? クレイ? お前こんなところで狩りしてたんか。てか、お前とサラフ先輩だけで狩りは危なくね?」


「良いところに来てくれた。少しサラフ先輩を預かっていてくれ」


「あ、ああ、まあ良いけど。てかサラフ先輩どしたん? 大丈夫なのか? お前も腕怪我してるみたいだけど」


 ハイラスにサラフ先輩を渡し、通信機でアイリスに連絡を取る。

 が、繋がらない。こんな時に……!


 落ち着け。通信が繋がらないということは、アイリスは今学園にいない。どこかへ出かけているのだろう。

 通信が出来ない辺境か。何故そんなところへ出かけている? アイリスは今、副会長と一緒にトレーニングしてもらっている。何の目的もなく辺境へ出かけるなど考えにくい。


 俺たちがリレポステへ向かって出発する直前、アイリスと話した時は、大規模魔法発動のイメージがなかなか完成しないと愚痴を言っていた。

 何か手っ取り早く習得する方法はないかしら、などと言っていたのを覚えている。


 それを副会長にも同様に言ったとしたら。副会長はどうするだろう。基本的に、何かを習得するのに最も早いのは実践だ。実際に大勢の敵相手に大規模魔法を使ってみよう、などと言うのではないか。



(大規模魔法の使い手だね。そういう魔法は、多少作戦が崩れる原因になったとしても、それを補って余りある戦果を挙げられるから)



 ……! 前線か! 恐らく副会長は、今までも何度か前線で戦ったことがあるはずだ。あの人の能力と性格なら、モンスター討伐実習など前線でさっさと終わらせているのが容易に想像出来る。

 アイリスに大規模魔法を教えるにも、手っ取り早く前線で戦わせてみよう、などと考えたとしても違和感はない。


 前線には、機械を破壊するモンスターが出る場合があると本で読んだ。それで通信機を置いて出かけているのだろう。

 リレポステから前線へ繋がる道がある。それを辿っていけば、必ずアイリスと合流出来るはずだ。


「う、ううん……」


「お、サラフ先輩起きたぜ。大丈夫ッスか、先輩?」


「ううん? えっと君は、ハイラス君。なんでハイラス君がここに……?」


 サラフ先輩も起きてくれたか。これなら、何とかなる。



「ハイラス、頼みがある」

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