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盤面支配の暗殺者  作者: 神木ユウ
第4章 モンスター討伐実習
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第104話 迫る過去からの手

 今日もモンスターを狩って、リレポステへ帰ってきた。この辺りでモンスター狩りを始めて、今日で3日。クルの力の制御はなかなか上手くいっていない。

 別にそれがおかしいとは思わない。恐らく月、年単位での努力を必要とするだろうと予想はしていた。たった3日では何も変わらなくて当たり前だ。だが、一切の進展がないのでは、クルの気持ちの面で辛くなってしまう。サラフ先輩が協力してくれている今、何らかの手がかりが掴めたら良いのだが。


「申し訳ありません。せっかくわたしのために時間を割いてもらっているのに」


「気にするな。むしろ具体的なアドバイスが出来なくてすまないな」


「大丈夫だよ。ディアン君たち以外に魔法を使うの、新鮮で楽しいくらいだから、気にしないで」


 気にするなとは言ったが、クルの性格で気にしないということはあり得ないだろう。あと数日やって効果が見られないようなら、クルの精神安定上、強力なモンスターの討伐を目指す方向に切り替えるべきかもしれないな。


「では、俺は部屋に戻る」


 クルとサラフ先輩で1部屋、俺のみで1部屋取ってある。流石に同じ部屋に泊まる訳にはいかないからな。

 さっさと寝て、明日に備えるとしよう。




「あの、すいません。まだ起きていますか?」


 寝る準備を整え、寝る前に軽くストレッチをしてそろそろ寝るかと思っていると、クルが部屋を訪ねてきた。


「どうした?」


「少し話したいことがありまして……中に入っても良いですか?」


「ああ」


 クルを部屋に入れ、椅子に向かい合って座る。

 しばらく躊躇うように黙っていたクルだが、やがて真っすぐにこちらを見ながら、口を開く。


「何故、わたしのためにここまでしてくれるのですか?」


「ここまで、というほど大層なことをしているつもりもないが、何故かと言えばクルだけのためではないからだな。クルの成長は班の成長だ。俺たち全員のためにも、クルには頑張って欲しいと思っている」


 嘘は言っていない。クルの成長が俺たち全員のためになる。それは間違いないからな。


「……言い方を変えます。何故、わたしにだけ、付き合ってくれるのですか? 班のためと言うなら、他の誰かの鍛練に付き合っても良いはず。こうしてわたしにだけ、一緒にリレポステにまでついて来て、鍛練をしてくれる理由が知りたいのです」


「何故そんなことを気にするんだ?」



「もしその理由が、わたしの気持ちを気遣ってのことなら……止めて欲しいと思っています。あなたには、前だけを見据えていて欲しい。ひたすら勝利を目指して、最短を突き進んで欲しい。あなたなら、それが出来ると思うから。わたしの気持ちなどというどうでも良い物に煩わされないでください」



 もちろん理由として、クルが気に病んでいる状態を解決出来れば、というのはある。現状でも充分活躍してくれているクルが、自分の実力が発揮出来ていない状態を気にして、今まで通りの活躍すら出来なくなる可能性があるからな。心配事はなくしていくのが一番だ。

 だが、それとは別に、俺がクルを気にする理由がある。


「俺が自由を手に入れるために戦っているという話は覚えているか?」


「はい。ティクライズの家から堂々と出て行くのが目的だと、以前聞きましたね」


「昔から、ティクライズ式の鍛練を強要され続けていてな。それが俺には全く合わないものだから、苦痛でしかなかったんだ。こんな話、クルからしてみれば、贅沢を言うなと思われるかもしれないが」


「いえ、そんな。人にはそれぞれの受け止め方がありますから。わたしの過去と比べてどうか、というのは言っても意味がないことです。それがクレイさんにとって辛いことだったのなら、間違いなく辛い過去なんですよ」


「ああ、いや。別に不幸自慢がしたい訳ではなくてな。そんな苦痛ばかりの鍛練から逃げ出そうとしたことも何度もあるんだが、まあ無理だった。俺の実力では、どう足掻いても父から逃げるなど不可能でな。結局は強要されるままに鍛練を続けるしかなかった。だから俺は、強い立場から何かを強要して自由を奪う行為が最も嫌いだ」


 恥ずかしくなってきたな。ごたごたと理屈を重ねたが結局は、辛い鍛練から逃げ出したいので家から離れたいんだ、と言っているだけだからな。子供染みた我がままだと言われても反論出来ない。


 だが、幼少から続けられた痛みを伴う鍛練は、確実に俺の人生に影響を与えた。それは、俺が最も重要なものとして、『自由』を挙げることからも明らかだ。



「クルには、自由になって欲しいと思っている」



 クルの状態は、言うなれば完全に自由を失っていると言って良い。自分の意思で進路を決められないとか、やりたくないことを無理矢理やらされるとか、そういったレベルではなく、人に言われるがままに勝手に体が動くなど。

 見過ごせない。放置したくない。もちろんあらゆる人間が自由に、生きたいように生きられるなどというのは幻想だ。必ずどこかに、生きたいように生きられない人は存在している。


 でも、せめて。俺の手が届く範囲くらいは。


 俺の大切な仲間たちくらいは。



 自由でいて欲しいと、そう思うから。



「だから、お願いだ。どうか俺に、クルが自由を手に入れるための手伝いをさせて欲しい」



 そう言って見つめると、クルはどこか恥ずかしそうに視線を彷徨わせて、


「もう、なんでクレイさんがそんな真剣な目で見つめてくるんですか。わたしが質問していたはずなのに……」


 そう言うと、彷徨わせていた視線をこちらに向けて、



「はい、お願いします」



 照れくさそうに、微笑んだ。








 翌日。今日もモンスター狩りに出る。昨夜の話がクルの気持ちを軽くしたのか、今日は比較的柔らかい表情をしている気がする。どうやら俺の気持ちは迷惑に思われていないようで安心した。善意の押し付けはしたくないからな。


「で、昨日の夜は何を話していたの? クルちゃん」


「なんでもありませんよ」


「えー、嘘。あんな夜中にクレイ君の部屋に行ったのに何も話さなかったなんて、そんなことないでしょ? クルちゃん、何だか嬉しそうだし」


 クルとサラフ先輩が話しているのを聞き流しながら、周囲を確認する。例年と比べて多く発見されているというモンスターも、大分少なくなってきたように思える。そろそろ場所を移すべきだろうか。

 この辺りは前線に近いからか学園近辺よりもモンスターが多く、競合相手の学生たちもいない良いスポットだったんだが。



 ……おかしくないか?



 学園近くのモンスターが少なくなってくるまでにかかった時間は3日程度。これは俺たちがこの辺りで狩りをして、モンスターが少なくなってきたのと同じ期間だ。

 だが、学園近くで狩りをしていたのは俺たちだけではない。学生たちが大勢モンスター狩りを行っていた。この辺りで狩りをしているのも流石に俺たちだけではないだろうが、確実に学園周辺よりは少ない。


 学園周辺よりこの辺りの方がモンスターが多いのに、少ない人数で狩りを行って同等の速度でモンスターが減るなどということがあるだろうか。


 考えられる可能性としては、この辺りで狩りをしている人間の中に、異常なほどに強い奴が混ざっている。もしくは、



 このモンスターの大量発生自体が何者かの手によって引き起こされた現象で、その何者かがモンスターを引き上げた。



 その時、俺たちを囲むように一斉に近づいてくる気配。



「囲まれている!」


「え?」


「サラフ先輩! クルに強化を!」


「わ、分かった!」


 魔法の準備に入るサラフ先輩。だが、サラフ先輩の強化魔法は発動までに時間がかかる。1人に魔法を使う場合、複数人に使うよりは圧倒的に早く発動出来るが、それでもこのままでは間に合わない。時間を稼がなくては。


解析(アナライズ)!」


 解析魔法を発動、周辺状況の詳細を調べる。



 だが、一歩遅かった。



 高速で飛来する炎弾が、既にサラフ先輩に迫っていて、



 直撃。強化魔法の発動も出来ないままに、サラフ先輩の意識が奪われる。



 周囲を囲むように迫るのは、20体もの狼のモンスター。それと、人間が1人。先ほどの炎弾の魔法は、この人間によるものだろう。

 20体のモンスターだけでも捌き切れるか危ういというのに、人間まで追加されることになるとは。しかも、サラフ先輩の意識が奪われている現状、彼女を守りながら戦わなくてはならない。


 この人間、恐らくモンスターを操る術を持っている。20体のモンスター共も、他の普通のモンスターとは比較にならないほど厄介だと考えるべきだ。


 かなり状況が悪いな……。まずは囲まれている状態を脱却しなければ。


「クル、一点突破だ。真っすぐ突撃して、正面の奴だけ吹き飛ばせ」


「はい」


 クルの突破力なら、それくらいは出来る。サラフ先輩を抱き上げ、突貫するクルの後ろについて足を踏み出そうとして、



「止まりなさい、96号」



 その声に、クルの動きが完全に停止する。


「クル! どうした、行け!」


 駄目だ。クルが俺の声に全く反応しない。どうなっている? 96号とは、クルのことか?

 確かに、もし敵に命令されたらどうなるのか、聞いたことはない。もしかしたら、後から出した命令が有効になってしまうのかもしれない。


 だとしても、聞こえてきた敵の声より後に、俺が行けと命令を出した。それに反応しないのはどういうことだ?


 そうしている間に、狼が俺たちを囲む。


「待て」


 再びの声。その声に従うように、狼たちが動きを止めた。やはりモンスターを操ることが出来るか。


「やあやあ、久しぶりですねぇ、96号。きちんとわたしのことを覚えているようで、安心しましたよ」


 そう言いながら狼たちの後ろから歩み出てきたのは、白衣を纏った男だ。年齢としては50近いだろうか。血のように赤黒いボサボサの髪を雑に後ろで結んでいる、身長175程度の不健康そうな痩身の男だ。


「何者だ」


「そちらは初めましてですねぇ、クレイ・ティクライズ。わたしはクデサード・レクタサーチ」


 研究者風のその男は、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべて言った。




「そこの戦闘人形を生み出した者です」

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