第102話 数日が経って
3日ほど学園都市の近場でモンスター狩りを行っていると、他の学生たちの力もあってかモンスター発見報告がほぼなくなった。
まだ残ってはいるが、この数だと多くの学生とかち合い、満足なトレーニングが出来なくなるだろう。一ヶ所に複数のグループが討伐に向かうことは禁止されていないからな。発見件数が少なくなると取り合いになる可能性もある。
こうなると、多少遠出してでも多くのモンスターがいる場所に向かうべきか。前線方面は相変わらず報告が多い。前線に加わることはしないが、そちら方面のモンスターを狩るのが良いだろう。
「リレポステまで行って、そこから東方面を狩ろうと思う」
「良いと思うけど、どうして東側なの? 西でも北でも良いんじゃない?」
「まず北側は前線に近づくので除外しました。なので西か東なんですが、西は山岳地帯で動きにくそうだと思いまして」
強いモンスターを狙いに行くなら西側の方が良いかもしれないが、あくまで目的はトレーニングだ。クルの動きやすさを考慮して、リレポステから東側。やや北に逸れた外れにある森林地帯が良いだろう。
「そっか。うん、分かった。じゃあ旅行の準備してくるね」
「しばらく学園都市を離れることになりますよね。お店の子たちに伝えてきます」
各々準備を整え駅に集合、リレポステに向けて出発した。
列車の窓から外を眺める。高速で景色が流れていく。こんな速度を自力で発揮する連中がいるのだから恐ろしい。ああいう奴らは、列車の窓からの景色でもはっきり見える視力を持っているのだろうか。
「さっき言ってた、お店って何のこと?」
もうすぐ開店なので、店の宣伝は既に行っている。だが、どうやらそこまで有名にはなれていないようで、ほとんどの人が店について知らないのが現状だ。
「アイリス様の名前で飲食店を開くんです。わたしがそこの、何というんでしょうか。監督、ですかね。そのようなことをしていまして。店員に子供が多いので、長く店を離れる時は通信で連絡を入れるだけではなく、ちゃんと顔を見せてあげた方が良いんですよ」
「そうなんだ! 大変でしょう? わたしも弟妹がたくさんいるから、子供のお世話の大変さは分かるつもりだよ」
「いえ、皆良い子ですから、そこまで大変な仕事ではないですよ」
「なんてお店? 開店したらわたしも行ってみたいな」
「アンヴィといいます。お待ちしていますね」
店で儲けが出なくても構わないとアイリスは言っていたが、儲かるに越したことはないだろう。もう少し宣伝方法も考えるべきかもしれないな。またマーチにでも相談してみるか。代わりに奢らされるかもしれないが、あいつ1人分の食事代程度、大したことはない。
リレポステで一晩休み、翌日からモンスター狩りを始める。ここでの狩りには目的があるので、それが達成出来るまでしばらくは継続することになる。
森に入ってしばらくして、モンスターを発見。サラフ先輩の強化を受けたクルが飛び出して行く。
足場にした木を抉りながら跳ね回り、落下の勢いを乗せた足の一撃がモンスターを粉砕、着地した衝撃で生い茂る草が飛び散り地面に穴が開いた。
「駄目だな」
「すいません……」
「いや、言い方が悪かったな。まだ制御出来ないのは仕方がない。少しずつ慣れていこう」
ここでの目的というのは、クルの力の制御だ。サラフ先輩の強化を受けたクルの力は強いとしか言い様がないが、その強い力を自分の意思で制御し切れていないのが現状だ。
最近のモンスター狩りで、クルは常に敵や周囲を破壊している。これが狙ってやっていることならば何の問題もないのだが、クル自身には粉々にするつもりなどなく、勝手に破壊してしまっている。
目標は、足場にした木を抉らないくらいに力の制御を身に着けることだ。最悪、攻撃で敵を粉砕してしまうのは仕方がないにしても、移動するだけで周辺を破壊してしまうのは良くない。
これを身に着けることが出来れば、将来破壊の力を自分の意思で引き出せるようになった時にも使いこなせるだろう。
「何度見てもすごい力だよね。クルちゃん、もしかしたらディアン君よりも強いかも?」
「ディアンさんより強いかは分かりませんが、どちらにせよ己の力すら制御出来ないのでは話になりません」
「頑張って! 出来るようになるまで、わたしもちゃんと付き合うからね!」
「ありがとうございます」
早々に体内の魔力を掴んだティールさん。それからは、その感じ取った魔力を操る練習を行っている。今は魔力を放出する練習をしているのだが、膨大な量があるはずのその魔力は、なかなか外に出てこない。
しかし、放出されていないというだけで、変化は起きている。
その体が、淡い光を発している。
これは、剣などに魔力を込め、強力な一撃を放つ際に起きる現象だ。込められた魔力量が多いほどその一撃の威力は増していく。彼女たちの班とレオン君の班が戦った際、フォグル君がフィールドを真っ二つにしようかという勢いで地割れを発生させていたのは、記憶に新しい。
だが、もちろんただ魔力を込めれば良いだけとはいかない。込める武器の耐久力を超えれば壊れてしまうし、自分が操れる魔力量を超えれば武器から外へと魔力が垂れ流されてしまう。
では、ティールさんの体の耐久力とは?
現在、目の前で起きているのは、最早奇跡だ。
放出されようとした魔力が体の表面付近まで出てきた時、まるで外へ出るのを拒否するかのように体表に留まった。それが目の前の発光現象を起こしている。
そして、体内の魔力が動かされたことで活性化。普段から身体強化をしているというのに、更に身体強化が行われ、結果、身体能力、身体強度が尋常でないことになっている。
「ティールさん。絶対にハンマーを振るってはいけませんよ。学園が崩壊しかねません」
それほどまでに強化されている。もしこの一撃をわたしが受けたらどうなるだろうか。確実に剣は粉々になるだろう。腕の骨が折れる程度で済めば良い方だろうか。最悪、体の一部が弾け飛んで二度と動けなくなるかもしれない。
「ふえっ!? あっ……」
わたしの言葉に驚いたのか、魔力制御が崩れて発光がなくなった。まだまだ制御能力は素人同然だ。
これだけの身体強化が発動していて、素人同然。
もし完璧に魔力が操れるようになったらどうなるのか。
いや、逆か。魔力がしっかり制御出来ていないから、ここまで暴力的な強化のされ方をするのだろう。魔力制御を身に付けさえすれば、無駄な破壊をまき散らすこともないはずだ。
早急に習得してもらわなければ。
「恐ろしい魔法ですね」
目の前に、全てが氷と化した森が広がる。範囲だけならフルームの方が上だろうが、それは水と氷という属性の差であって、魔法の腕は恐らくフォンさんの方が上。
もしこの魔法が何度も発動されたら。フルームの水は全て凍り付き、成すすべなく負ける姿が見えてしまう。
「駄目。制御が甘い。魔法に割り込まれる」
確かに構成に甘さがあるのは分かる。そこを突くことが出来る魔法使いなら、フォンさんの魔法を塗りつぶすことも不可能ではないだろう。
だが、それはフルームでも全力で集中して何とか出来るかどうかといったところ。少なくとも、他に気を取られながら出来る作業ではない。
わたしも、魔力を供給しているだけでは駄目かもしれないですね。
フォンさんのお陰で、自分の力の新たなる可能性も見えてきた。これをものにすれば、会長にも通用する可能性はある。
「魔力を送ります。次、どうぞ」
「うん」
「これでわたしの112勝43敗ですね」
カレン殿が今までの模擬戦成績を確認する。確かに、間違いない。最初こそわたしが勝ち越していたが、あっという間に置いて行かれてしまった。
技術面ではわたしの方が勝っているはずだ。いくらなんでも、ほんの数日程度で今までの積み重ねを全て奪われることはない。
だが、カレン殿の技術は日々進化している。元々実力では負けているのだから、少し技術面で差を縮められれば、勝ちを拾うのが難しくなるのは必然。
「では、もう一度やりましょうか」
「大丈夫ですか? 少し休憩を入れても」
「問題ありません。参ります」
「くっ!? ……負けました。これで112勝44敗です」
「ありがとうございました」
「流石ですね。まだまだその剣技に追い付けそうにない。わずかに受け流した剣を途中で跳ね上げ弾き飛ばすなど、まさに針に糸を通すような制御技術です」
「いえ、カレン殿もかなり上達しています。すぐは無理でも、もうしばらく後にはわたしなど遥か後方に突き放しているでしょう」
「……フッ、冗談を。目が語っていますよ。置いて行かれるつもりはない、と」
「……おや、バレてしまいましたか」
当たり前だ。目の前の相手のように、力に優れた者を超えるために磨き上げた剣技なのだ。そう易々と置き去りにされて堪るものか。
「では、もう一度、やりましょうか」




