第101話 中継都市リレポステ
大規模魔法についての考え方を教わってから5日。世界を手中に収める想像をする練習は難行していた。
わたしの魔法が雷だというのが、一つの壁となっている。水ならば、海や川などを想像すればイメージの補助は出来るのだろうが、大規模な雷とは一体どういうものだろうか。
「真面目ちゃんだなぁ。そんな現実に準拠する必要はないって言ってるのに」
「そんなこと言われてもね。どうしたって見たことがあるものに引っ張られるわよ」
雷の大規模魔法を使う人間がいれば、見せてもらうだけで問題は解決するけれど、雷魔法に関してはヴォルスグラン王家は世界最高の使い手だ。そんな家族たちが大規模魔法を使えない以上、都合良く手本になる知り合いがいたりはしない。
「仕方ないなぁ」
「何か方法があるの?」
「一回、実際に使ってみよー」
「実際にって、どこかで試し打ちするの?」
「そんなんじゃダメダメ。実戦に勝る経験はないよん」
「実戦って……大規模魔法を使える実戦なんてそうそうないでしょう?」
今学期、学園の行事で戦闘を行う物はない。模擬戦ならやれるだろうが、わざわざ実戦などと言うということは、それも違うだろう。迂闊に大規模な魔法を行使すれば、下手したら一般人に被害が出かねない。どうする気だろうか。
「前線に行っくよー!」
準備を整え、駅に集合する。
「言われた通り通信機は置いてきたけれど」
「前線はたまーに機械を壊してくるモンスターが出るからね。普段から前線で戦ってる騎士たちは対策した通信機を持ってるけど、あたしたちの通信機は一発で壊れちゃうから」
持っているだけで破壊されるとは、恐ろしいモンスターもいるものだ。お父様に言ったら、その対策済みの通信機をもらえたりしないだろうか。今から言っても遅いので、今回は仕方がない。
「目的地は北! 前線への中継地リレポステよ!」
魔導列車に乗って、北へ向かう。
リレポステは、前線と行き来する騎士たちが休んだり、前線へ物資を届ける中継地になったりする主要都市だ。食料や武具はもちろん、騎士たちの息抜きのための娯楽各種も揃えられている。
そのため店や各施設には騎士を優先する暗黙のルールがあるものの、一般人が訪れても楽しめる大都市となっている。娯楽がストレス発散になっているのか、学園都市に並ぶレベルで治安も良い。前線に近いのに地価が高い異様な都市だ。
魔導列車に何時間も揺られ、やっと着いたリレポステは、絶えず人々が行き交う賑やかさに満ちている。時間をかければ徒歩でも向かうことが出来るほど前線に近くありながら、人々の顔には楽しそうな笑顔が浮かんでいて、この都市がいかに娯楽として優れているかを伝えてくる。
高層の建造物も多く、金をかけて力を入れて完成した都市なのだろう。もしかしたら王都よりも発展しているのではないか。そうとすら思える。
「まずはここで一泊かしら」
「そうだねー。でもこの辺りはどうせ泊まれないから、もう少し都市の外れまで行くよ」
駅の周辺には、見えるだけでも複数の宿泊施設と思しき建物がある。これだけあれば、1部屋くらい空いていそうなものだが。
「この辺りは騎士たちがたくさん泊まってるし、一般客も多いからね。もしくは、あたしたちみたいな子供は泊まれない施設かも?」
「ああ、そういう……」
「あら意外。ちゃんと知ってるのね。何だったらそういうとこに泊まる? どうせ女同士だし、変なことにはならない訳で。値段もお手頃らしいよ」
「止めとくわ。恥ずかしいのもあるけれど、わたしがそんなところに入っていったら止められそう……」
そう言うと、わたしの頭から足まで視線を巡らせる副会長。そして納得顔になる。自分で言ったことだけれど、こうもあからさまにチビだと言われると腹が立つわね。
「ま、そうでなくても王女様だからね。醜聞を広められても困るでしょ」
駅を出て、今夜泊まる場所を探す。
建物から漏れ出す光や、ピカピカと光る看板に照らされ、どこもかしこも輝いている。良くも悪くも静かな王城周辺とは正反対な街並みだ。
「お、嬢ちゃんたち、どうだい。ウチで働かないか? 嬢ちゃんたちみたいな可愛い子なら、稼げるぜ?」
「わたしにそんな声をかけてくるなんて、良い度胸ね」
「ん? は、え? ひ、姫様!? し、失礼しました! どうか今回のことは見逃していただけると……」
「気を付けなさい」
「あ、ありがとうございます!」
王女がこんな場所にいる方がおかしいので、初回は見逃してあげることにする。が、店と顔は覚えた。次同じことをしたら潰すことにしよう。
「楽で良いわー。ここに来るとああいう勧誘がウザいのよねー」
「あなたね。いい加減にしないと不敬罪でとっ捕まえるわよ」
「ひゃー、申し訳ありません姫様ー」
反省の色が微塵も見えない。本当に捕まることはないと分かっているのだろう。実際、公式の場なら問題だが、私的な場面で不敬罪を適用するつもりはない。そうでなければ学園になど通えないからだ。
とはいえ、これから前線に向かうのなら注意しておかなければならない。
「前線は騎士がたくさんいるわ。そこでわたしに向かって無礼な態度を取ると、わたしが許しても騎士が許さないかもしれない。気を付けなさい」
「あいあい、りょーかい」
「分かってるのかしら……」
都市の中心部から離れてしばらく、いくつかの宿泊施設を回って、やっと部屋が空いているところを発見した。外は既に暗くなっている。移動の疲労もあるし、今日はこのまま部屋でゆっくりすることにしよう。
「ふぃー。相変わらずこの都市は人が多いねー」
ベッドに体を投げ出した副会長が話しかけてくる。わたしもベッドに座ってみると、城の物と比べたらもちろん、学園の寮の物と比べても硬い。眠れないことはないだろうけれど、あまり気分良くは眠れないかもしれない。
「ねー、と言われても、わたしは初めて来たんだから分かんないわよ。あなたはずいぶんこの都市に慣れているみたいね」
「まねー。1年の頃から毎年来てるから。遊びに来たのも含めると、これで5回目かな。あたしの魔法は前線でも重宝されるんだぞー」
「毎年前線で戦ってるの?」
「そ。前線の方が強いモンスターが多いから成績にも有利だし、あたしなら騎士に追い返されたりもしないし。本命の理由は別だけどね」
そうか。そういえば今はモンスター討伐実習の最中だった。わたしが強いモンスターを狩ったら、それが成績に反映されるんだ。魔法の練習のためだけに来ている訳ではないのね。
「本命って?」
「うーん……どうしよっかなー」
尋ねると、悩むようにうなり出した。学園にいた時のようにからかう感じではなく、本当に言おうかどうしようか迷っているようだ。
「別に無理に言わなくても良いわよ」
「いや、まあ教えても良いよ。それで何かが変わる訳でもないし。アイリスちゃんはさー、君のお兄様が今どうしてるか知ってる?」
「お兄様? 前線で戦っているはずだけれど……あ! もしかして、お兄様に会いに来てるの? へー、ふーん、ほーう、なるほどね?」
お兄様は妹のわたしから見ても格好良いし、副会長が憧れていたとしても不思議はない。この人が1年生の頃、お兄様は3年生だったはずだし、会ったことがあるのだろう。
「いや、間違っちゃいないけどさぁ……。そういうのじゃないんだって。あたしが1年の頃、ボロボロに負けてるんだよ。だから、いつかリベンジしたいっていうか……。強さを忘れないように、度々見に来てるってこと」
「リベンジ? お兄様に? それは、何というか……まあ頑張って?」
正直そんなことが可能だとは思えないけれど、思うだけなら自由だ。
「……今、不可能だと思ったでしょ。お兄様は世界最強なんだからー、みたいなことをさ。そんなことを思っている内は、アイリスちゃんはあたしより弱い魔法しか使えないからね」
「え? あ……」
そうか。世界は自分の物だという傲慢なイメージは、自分より優れた誰かの存在を確信している時点でヒビが入る。そう考えると、わたしにそんなイメージを形作るのは難しいのではないか。そう思える。
レオン、カレン、そして会長と目の前の副会長。パッと挙げられるだけでも、自分より強い人がこれだけいる。直接戦ったことがないから確信は出来ないが、わたしより強い人は他にもいるだろう。学園外も含めるなら、お兄様や騎士団の隊長クラスは軒並みわたしより優れた能力を持っているはずだ。
あとは、本気を出したクルとか、ね。
副会長のイメージは、参考にはなれども真似は出来ないのかもしれない。だからいくら想像しても完成しないのか。考え方を変える必要がある。
「そろそろ寝よっか。明日は早いぞー」
「そうね。おやすみ」
今すぐに魔法を完成させられる訳でもない。一先ず考えるのを止めて、寝ることにした。




