第9話 装備品店フィーリィ
翌日の放課後。
「フォン・リークライト。よろしく」
「よ、よろしくお願いします。ティール・ロウリューゼです」
とりあえずはティールも良いと言ってくれたので、顔合わせとして教室に集まった。
「あたしについても、その……もう色々調べられたり、してるんですか?」
「ティール・ロウリューゼ。身長145センチ。1年3組。部屋番号7312。入試成績……」
「わーわー! いいですいいです! 言わなくていいです!」
昨日俺の情報を並べた時は、身長の後ろに体重が入っていた。それを飛ばしたのだとすれば、最低限の気遣いはあるらしい。気遣えるならそもそも調べるな、調べたとしても口に出すな、と言いたいが。
「自重はしろって言ったよな?」
「あまり深くは調べないようにしてる」
調べようと思えば更に深く調べられるのか。逆にどこまで調べられるのか気になるな。流石にやれとは言えないが。
「だ、大丈夫です! 知られて困るようなことはないはずなので。多分」
「嫌なら言って。抜ける」
「班に入らないと進級出来ないだろ? あまりやる気がないように見られると退学になる可能性もあるぞ」
「仕方がない。知りたいことは調べずにはいられない」
退学の可能性より優先されるのか。知識欲の権化だな。これが譲れないから留年したんだろうし、これはもうフォンの特性として受け入れるしかないだろう。
「で、で! 今日はどうして集まったんですか?」
「ああ、今後の予定の確認をしておこうかと思ってな」
「予定というと、今朝先生が言ってたことですか?」
「そうだ」
「皆さんおはようございます。班は決まったかな? 期限はまだまだ先だけど、早く班を決めないとこれからの行事に参加出来ないかもしれないから、今月中には決めた方が良いね」
行事と聞いて、生徒たちの目の色が変わる。各行事でどれだけ活躍出来るかというのは、成績に直接影響してくるからな。
「みんなやる気いっぱいだね。その調子で良い成績を残して、卒業の時に最優秀班に選ばれるように頑張ってね」
この学園を卒業するとき、その年の卒業生の中で最も成績優秀だった班のメンバーは、自分の望み通りの進路が用意される。あまりにも素晴らし過ぎる特典だが、これまで毎年本当に望んだ通りの道に進み、問題なく結果を出しているらしい。
だから行事は一つも不参加にしたくない。最優秀特典がこの学園に来た目的そのものだという奴も相当数いるだろう。
「じゃあこれからの予定を発表します! 今月は何もなし。来月は1年生限定、つまり君たちのための班対抗戦があります。その翌月は学科試験。で、更に翌月の夏休み前には全学年合同の班対抗戦があります」
今月中には班を決めた方が良いというのは、来月の対抗戦のためだな。学科試験は個人で受けられるから班は関係ないが、とはいえ班全体の成績を考慮すれば、班員同士で助け合って勉強したいのが人情だろう。
全校での対抗戦は3年が活躍するだろうから無視しても良いかと言えば、そんなことはない。上級生にも善戦、もしくは勝利して見せれば、相応に評価される。やはり全ての行事が大切になってくる。
「一応確認しておくが、1年生限定の班対抗戦には参加するということで大丈夫か?」
「問題ない」
「だ、大丈夫ですかね? あたしみたいなのが参加しても……」
「それ、禁止にするか」
「え、どれですか?」
「みたいなの、なんか、ごとき。そういう自分を卑下する表現をすることを禁止する。言う度にフォンがお前の情報をばらす」
「え、あたしなんかの情報がばらされても……」
「フォン」
「体重40キロ」
「ごめんなさいいいぃぃぃっ!!」
軽すぎだろ。本当にこの小さい体のどこにあんな力が秘められているのやら。
「で、参加で大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です……」
出来れば当日までには班員を集めたいところだが、この3人での参加の可能性も想定しておくべきだ。
とすると今必要なのは、
「連携の確認、強化と、あとはティールの装備を整えないとな」
いつまでも模擬戦用ハンマーとトレーニング用重りではな。特に重りはティール用に調整して用意してもらった方が、格段に動きやすくなるはずだ。
「装備品店に行く?」
「専用に調整してもらうなら時間もかかるだろうし、早めに行っておくか」
「装備品店?」
「学園の生徒向けの店があるんだ。武器防具だけでなく、重りや投擲物、特殊なベルトなど、幅広く受け付けてくれる。しかもわざわざ申請を出さなくても、勝手に学園に請求してくれるから、金を持たずに行っても大丈夫だ。学生証は必要だが」
「ほえー……」
学園の施設のこともそうだが、この辺りの店についても学園案内に書いてあったはずなんだがな。
学園から出て正面に続いている大通り。そこは学生たちに必要な物を売っている店が並ぶ。
文房具、衣類、かばんなど。他にも菓子やアクセサリー。特殊なところでは、モンスター発見報告がまとめられた討伐案内所なんてのもある。
その通りの中にあるのが、装備品店フィーリィだ。
「いらっしゃいませ。おや、初めてのご来店ですね。新入生の方でしょうか。私は店主のトラスと申します」
執事に出迎えられた。服装、所作、発言の全てが執事だ。年齢としては60歳は超えているだろうか。灰髪の執事が店主を名乗っている。
「あ、ああ、確かに新入生だが……いや、フォンは新入生ではないだろ?」
「初めて来た」
魔法使いはあまりこういう店には来ないか。というかこの店主、店に来たことがある人間を全て記憶しているのだろうか。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
コソコソと俺の後ろに隠れようとしているティールの背を押して前に出す。
「あ、あ、あの……」
「はい。ゆっくりで大丈夫ですよ」
「えっと、ハンマーとお、重りが、欲しい、です」
流石にこれだけではわからないだろう。だが、全てティールに説明させるのも大変そうだ。とりあえずは言えたので良しとするか。
「この子の体に合った重りが必要なんだ。重量は100㎏。動きに支障が出ないように調整をお願いしたい」
「ほう、100㎏ですか。念のため確認ですが、無理な加重は体を壊す原因になります」
「大丈夫だ。学園の重りで問題ないことは確認している」
「承知しました」
トラスが一つ指を鳴らすと、店の奥から若いメイドが出てきた。
「失礼、採寸をしてもよろしいでしょうか」
「ひゃいっ! どうぞ!」
メイドがカーテンで区切られたスペースにティールを連れていく。流石、配慮が行き届いているな。
「他に何か必要な物はございますか?」
「あとはハンマーだが、これもティール用だからな。ティールが戻ってきたらで良い」
ハンマーは特別な物でなくて良いしな。逆に余計な機能が付いていると、ティールの力では壊しかねない。単純なハンマーが最も合っているだろう。
俺は家にいる頃から使っているナイフがある。ティクライズの名前を利用して一流の職人に俺専用に作らせた物だ。わざわざ買い替える必要はないだろう。
「どうして執事?」
「趣味のような物でございます」
「メイドも?」
「あれは私に合わせて彼女が自ら着ている物ですね」
本当に趣味か? この所作は本職の執事、しかも相当高位の人間に仕えていた者だと言われても全く違和感がないが。
「お待たせしました」
「はひー……」
「戻ってきたか。じゃあハンマーを選ぶとするか」
「こちらへどうぞ」
ハンマーが置かれている区画へ案内される。柄が伸びたり、頭の片側から魔力を噴き出して加速したりといった機能が付いている物もあるが、必要なのは強度と重さだ。
「最も頑丈で重さがあるやつはどれだ?」
「こちらになります。ですが、こちらは特に重くなっておりますので、扱いが難しくなりますが」
「ティール、どうだ?」
特に持ち上げるのに苦労している様子はない。あとは振ってみてどうかだが、これは重りがないと確かめようがないな。
「重りが出来るのはいつになる?」
「2日ほどお時間をいただきます」
「その時までこのハンマーを取っておいてもらうことは出来るか?」
「問題ありません。それにしても、力がお強いのですね。失礼ながら、持ち上げることすら難しいものと思っておりました」
「力だけは自信があります!」
お、はっきり自信があると言ったな。力だけ、と言うあたりがまだまだだが、良い傾向だ。
「良し、用件は済んだ。帰るか」
「お帰りの前に、重りとハンマーを購入される方の学生証を提示いただけますでしょうか」
「あ、はい。どうぞ」
「ティール・ロウリューゼ様ですね。確かに確認いたしました。またのご来店をお待ちしております」
不思議な店だが、品揃えもサービスも最高クラスなのは間違いない。また必要な物があったら利用させてもらおう。




