恋の初心者
──エリザベート様に誓います──
わたくしエリザベートはその言葉をうけて、こんどはジンの広い胸に顔をうずめた
「ジン。最後にこれだけは伝えないと……。
これから先。
タエコの身にとんでもないことがおきます。
予感です。
何があるのか?どんなことが起こるのか?
わたくしにはわかりません。
けれどそれは近い将来必ず訪れます。
良いですかジン。
そうなった時、タエコを見捨てたり、タエコを諦めてはなりません。
これだけは絶対約束してください」
「はい。約束します……」
ジンの声が心なしか震えている。
わたしはまたジンと向かい合い
「ジン。タエコを愛していますか?」
「はい。愛しています」
「タエコと生涯を共に生きたいですか?」
「命が二人を分かつまで、もし魂があり、ボクが先に死んでもずっと魂はタエコと共にあります」
「それでは……タエコに会いたいですか?」
「会いたいです。エリザベート様には悪いですが、今すぐタエコに会いたいです」
─うふふ
わたしは笑った。
とても良い心がけです。
こんなに愛されて……
オクダタエコ冥利に尽きるというものです。
─では御褒美をあげないと
「ジン。これからあなたとタエコにサプライズをします。サプライズですから驚かないように。
しっかりと受け止め、抱き締めてください」
そしてわたくしエリザベートタエコは、ジンの頭を抱えると熱い口づけを交わした。
ジンは驚いたようだが、そのままでいてくれた。
そして……
わたしは暗闇にいた。
暗闇に真っ直ぐ銀色の道が続いていた。
どこまでも果てなく続いている。
わたしはエリザベートになっていた。
深紅のドレスに黄金のドリドリルヘアー。
化粧はきつめに戦闘モード。
その姿で銀色の道を歩きだした。
向こうから誰かやって来る。
誰だかもう知っている。
濃紺スーツに黒縁メガネ。
オクダタエコだ。
わたくしエリザベートとオクダタエコは向かいあった
「こうして会うのは初めてですね。
はじまして。もう一人のわたくしオクダタエコさん」
「はじまして。もう一人のわたし。エリザベートさん」
わたくしとタエコは顔を見合わせて笑った
「わたくし。日本もいいですけど、そろそろ異世界へ帰ろうと思いまして……」
「わたしも異世界も面白いけど、やっぱり日本がいいな~って……それに……」
エリザベートは微笑み
「タエコ。
お待ちかねですよ。あなたの想い人は。
わたくしあちらではエリザベートをバラしました。
だからあなたの気に病むことはありませんよ。
ですが、一切無いわけではありませんことよ。
少しあなたにサプライズを仕掛けてまいりました。
ちょっとした悪戯です。
あちらでせいぜい逢瀬を楽しみなさいな」
「はい。楽しみます。
エリザベートも皆さんお待ちかねですよ。
わたしも親友が出来ました。
もしまた異世界へ行くことになったら、色々案内してくれるそうです」
二人はしばらく見つめ合い
「わたくしもうエリザベートを演じるのをやめて、しっかりとエリザベートを生きると決めました。
あなたにその旨を誓います。
心に留め置いてくださいませんか?」
「わたしも流されたり与えられるのではなく、しっかりと地に足を付けてオクダタエコを生きていきます。
今はようやくパートナーも出来ました。
恋の初心者ですが、こちらも精一杯満喫します。
わたしもオクダタエコを生きると誓います!
どうぞエリザベートさん。
この誓い。
あなたの心にも置いてください」
二人は自然に握手を交わし、そしてハグをした
「オクダタエコ。あなたはわたくしの誇りです。
これからもあなたを見続けるでしょう。
あなたの人生をしっかり見届けますよ。
これからもわたくしの誇りであってくださいな」
「約束します。
わたしもエリザベートが誇りです。
わたしも精一杯生きれば道が開けるんだという、道筋を示してくれました。
あなたがエリザベートとして生きた二年に満たぬ日々が、どれ程周りの人々に勇気や幸せを与えてきたか知りました。
あなたはわたしの可能性であり、道標です。挫けそうになったら、あなたを想い踏みとどまります。
さあ。エリザベート様。
皆様お待ちかねですよ」
「あなたもね。オクダタエコ」
そして二人は別れた。
エリザベートはオクダタエコが歩いて来た方向へ。
オクダタエコはエリザベートが来た方へ。
それぞれ歩みを進めた。
振り返りもせず……。
☆☆☆
気がついた時。
身体は包容され、唇は塞がれていた
─サプライズ!?
ちょっとした悪戯?
でもエリザベート様
─ちょっとじゃないですよこれ!
わたしオクダタエコはコウサカジンをさらに締め上げ、激しく口づけをした。
ジンもそれに返してくれた。
しばらく求め合い。
そして唇を離し見つめ合った
「お帰りタエコ」
「ただいま……ジン」
そしてもう一度キスをした。
これは柔らかく優しいキスだった。
─それにしても
タエコはコタツの上に所狭しと列べられたお菓子や和食の数々に驚き呆れていた。
そして胸が焼けそうだ。
これは恋ではない。
物理的な物だ。
よく見るとお菓子とか全部切り取った後がある。
エリザベートはまんべんなく食べて満足して帰ったようだ。
今日はもう食べられないし、食べきれないからいそいそとちゃんと密封して冷蔵庫にしまう。
和菓子なんか固くなるけど、仕方ない。
でも残さず全部頂くつもり。
─でももしかして……。
わたしは財布を調べた。
お金が減っていない
「もしかしてエリザベート様。
ジンにおねだりしました」
「はい。しっかりと。
カゴ2杯満杯に!小気味好いです!
タエコ。これはボクからのエリザベート様への選別だよ。返そうなんて考えてないよね。
ボクはエリザベート様から十分すぎるほどの対価をもらったよ。エリザベート様のおかげでタエコをもっともっと好きになった。
感謝してもしきれないほどにね」
「キスもしてたわね。
大丈夫、怒っていませんよ。
ちょっとエリザベート様に会いました。
サプライズですって!
それに……。
エリザベート様もあんなにも食い散らかして、とても満足したことでしょう」
わたしはジンの好意をありがたく受けとることにした。
お返しはまた別のカタチでお礼しよう。
ジンが時計をチラ見して慌てて
「もうこんな時間!
終電の時間!
タエコ帰るね。
また明日。
ちゃんと両親にタエコのこと報告するから。
あっ!やべ!
急がないと!」
慌てて帰り支度をするジンの裾をわたしは引っ張った
「今日はもう遅いですから……泊まっていってください」
「でも……」
「もう少しジンと一緒に居たいの。
ダメで……ううん……」
わたしは自分に正直でありたい
「命令ですジン!
今日ここへ泊まりなさい!
今日は帰しません!
一晩を共にしなさい」
そしてそっとハグして
「朝ご飯も作ってあげます。
味噌汁に納豆。
少し食べられた鮭を暖め直して二人で分けましょう。
それに卵焼きも付けますよ。
如何です?」
「嬉しいな。ぜひ食べたいです」
タエコはジンからスーツのジャケットを受け取り、ハンガーに掛け直した。