愛というカタチ
お茶会の席。
父。テイラム公爵はわたくしに訊ねた
「ではエリザベート。お前は何をするのだ?」
「わたしは舞台女優になりましょう。
お父様が飾り立ててくださった舞台で、主役三人をもてなす女優ですわ!」
上手い事言ってるつもりだけど、実際はどうしていいのかわからずにお父様に丸投げしているにすぎない。
なんだかお父様は胡散臭そうな顔でわたくしを見ている
─ちっ。バレたか!
でもここで降参すればエリザの名が廃るってものでしょう。とりあえず2カラットで睨んでみる
「分かった。出来るだけのことはしよう。
だが、やはり主宰者が親に丸投げでは済むまい。
お主はお主で趣向を考えよ。
そうだな……王太子はまだまだ子供だ。
一度王子という肩書きを取っ払ったところで考えてみよ。舞台女優を演じるならば、せめてヒロインとならねばな」
「ヒロイン!」
馬鹿なことをお父様!悪役令嬢がヒロインなどやれば、枯れ木に花を咲かせる道化のようでございますわ!
──枯れ木に花は咲きません!
悪役令嬢はヒロインなど真っ平後免でございます!
「お父様。御戯れを。この顔を見て誰がヒロインと思いますか?主演女優は別に悪女でも構わなくてよ。
ただわたくしの心は純真無垢な乙女でございますから、この目付きの悪さを生かして王子三人を誑かして見せましょう」
売り言葉に買い言葉。意味のない言葉の羅列。
ただ啖呵を切ってみただけ。
本当にどうしていいか分からない。
いい案も浮かばない。
ただ幸いわたくしは1人ではない。
多くの人の知恵を借りてやるしかない。
そんなやり取りは初めだけ、それから楽しいお茶会になりました。無難に家族と会話を楽しみながら、思考は別の海を漂っていた。
もうオクダタエコが目覚めてから一年半程経つ。
エリザベートをそれだけ演じていると、どうしてもオクダタエコは薄れていく……というよりもエリザベートに馴染んでしまうと言った方がいいのかもしれない。
誰も自分がオクダタエコとは知らないし、オクダタエコの人格を当たり前のようにエリザベートとして信じてくれている。
いやむしろ今のエリザベートの方が遥かに影響力があると思う。
以前はただの子供が喚いていただけだ。
ただ今は自分自身を客観的に俯瞰的に眺める事が出来る。
公爵令嬢エリザベート。
フォラリス王国の王家を除く貴族世界の頂点。
テイラム公爵家の令嬢である。
そして順調に行けば王妃は約束されている。
もし王妃となれば名実共にこの国の最高指導者の1人となる。
─ニヤリ
オクダタエコは笑った
─わたしが王妃?
あの現代日本で黒縁メガネ濃紺スーツ女が、何をどう間違ってかこんな異世界最高贅沢素材を演じている。
いわばずっと女優をしているようなものだ。
そして自分の言葉の重みも知っている。
こんな家族のお茶会ではテキトーにソレらしい言葉を並べていればいいけれど、もしわたしが何気なくでも使用人を怒ったり文句でも言おうものなら、その者の人生を変えるかもしれない。
わたしがつい使用人の1人に
『使えないわね』
なんて言おうものなら、その者は次の日にはもう公爵家に居ないかもしれないのだ。
誰かが気を利かせて気を回して、その使用人をこの公爵家から追い出し、新しい者にすげかわっている可能性が高い。
以前のワガママ気まま、癇癪持ちのエリザベートなら文句しか言わないから、使用人は
『ああ。またやられている』
みたいな感じで同情されるだけだ。
でも今は違う。ホントに使用人は消え兼ねない。
それはオクダタエコがエリザベートを一年半演じてきた結果だ。
成り立ての頃はホントに以前のエリザベートの本能的な激情や癇癪を抑えるのに必死だった。
相手のほんの些細な失敗や言い間違いに、凄まじく腹が立った。でもそこでオクダタエコが生きた。
オクダタエコの人生のほとんどはエリザベート側の人間ではなくて、使用人側だ。
そして幼少期はハッキリ言って、以前のエリザベートに言葉で虐げられていたメリッサよりもヒドイ仕打ちを受けていた。
何故かクラス中で無視されたこともあるし、短大時代なんてみんなわたしをイナイ者として扱った。
声をかけても事務的には答えてくれるが、向こうから話掛けられることはなかった。
そして会社に入っても、イジメや嫌がらせは無くならなかった。
いくらイジメや無視に耐性が出来ていたとしても、平常心ではいられないものだ。
圧し殺した感情はいつもとぐろを巻く蛇のように、わたしの心を蠢いていた。
ただ幸いな事にわたしは人を恨んだり憎んだりはしなかった。プラス思考なんかじゃない。感情の処理も出来ない。ただただ溜め込むしかなかった。
それが今に思えばノロコのあの姿だろう。
宙を漂う無数のドリドリルが黒い蛇のようなのは、わたしの溜め込み、行き場を失った負の感情が視認された姿かもしれない。
けれどわたしは家族に恵まれていた。
目付きの悪い父と目付きの悪い母は出会った時、どれ程目付きの悪さで人生を棒に振ったかマウント取り合い、引き分けにして結婚した。
まだ出会って三ヶ月も経たずにだ。
父も母も目付きの悪さを嘆くのではなく、いつも自慢しあっていた。
そして人の悪口や文句は一切言わなかった。
それが当たり前で、わたしもそう育ち育ててくれた。
そして妹。
オクダミナコ。
この子の存在がどれ程わたしを癒したことだろうか?
オクダミナコはいつもどんな時でもわたしの味方だった。お姉ちゃん子でいつもわたしの跡を付いてまわっていた。
─わたしを大好きでいてくれた
妹がいなければ、わたしはわたし自身を保っていられなかったと思う。
小学校三年生から会社員の二年目まで、たった1人の友達もいなかったわたし。
先生以外、誰からも年賀状が来なかったわたし。
お誕生会なんて呼ばれた事も無かったわたし。
その代わりを妹がすべて返してくれた。
─愛というカタチで……
わたしに向けられる無条件の愛が、どれ程わたしを癒し勇気付けてくれたか?
不登校にもならず学校へ行けたのも、今にして思えば妹がいたからだろう。
感謝してもしきれない。
そしてここテイラム公爵家でも、何故か二人の妹に凄まじく懐かれている。
9歳のセシルと6歳のネミルだ。
文章に出てきた中で
印象に残った言葉やセリフを
サブタイトルにしている
行き当たりばったりで書いてるから
どんなサブタイトルになるのか
楽しみにしている
何だか宝探しのようで
ちょっと楽しい
ちなみに書き終えた満足感の流れで
お宝探しね。