キスは報告書かなにかか?
──お嫁さんになってくれませんか!──
その問いに思わず
『はい喜んで』
と返事しそうになったわたしオクダタエコ。
でも、いまだに事態の急変について行けない。
─どこでどうなったら結婚になるの?
─なんで結婚になるの?
─まだお付き合いも何もしていないのに結婚になるの?
そこがどうにも府に落ちない。
コウサカジンはそんな素振りを見せなかった。
前置きも何もなかった。
出会いからいきなり中間をぶっ飛ばして、エンディングを見せられているようだ。
─からかってはいないようね……
頭は混乱しているが、幸い冷えている。
ここはもう少し時間を置かないと
「返事は今すぐで無くても良いですか?
ジン君。
わたしもあなたが好きですよ。
それは間違いありません。
けれどそれが生涯をあなたと共にしたい程なのか、残念ながらまだわたしの頭は混乱していてわからないのです。それに……わたし恥ずかしながら女としての自信がありません。
高校生で三度告白されましたが、その三度共罰ゲームの景品扱いです。
その程度の女です。
だから将来有望なジン君の伴侶としてあなたの横に立って共に歩いていけるような女とは、とても思えないのです。それにご両親は反対すると思います。
仮にわたしがokの返事をしたとして、どうご両親を説得なさるのですか?」
「それならもう大丈夫です。
説得は疾うの昔に終えています。
それにタエコさんをボクに積極的に薦めてくるのは母です。恥ずかしながら先日ホテルでタエコさんに何もしなかったボクを責めた程です。
今日も小一時間も
『必ずタエコさんをモノにするように』
とあれこれ厄介なアドバイスをしてくれました」
オクダタエコは絶句した。
確かに奥様はわたしを気に入ってくれている。
なぜかは未だにわからないけど……。
でもそれが結婚を薦めるほどとはとても思えない。
確認が必要か?
けれど大の大人がそう言っているのだ。
なら確認するまでもなかろう。
とても信じられないけど……コウサカジンのことは信じられる。なら
「ここでいくら考えても、まだ良くわかりません。
これから少し頭を冷やして冷静に考えてお返事いたします。その……わたしのアパートでお返事するということでも良いですか」
「はい。もっと日を置かれるものと覚悟していました。それで良いです。良い返事を期待しています」
何だかホッとしたような、嬉しそうなコウサカジン。
なんかもっと喜ばせたくなる。でも今はこの子にとって人生の岐路。わたしの返答次第で人生を左右しかねない。もう少し慎重に……
「あの。アパートでも返事を直ぐに出来ないかも知れません。保留になるかも知れませんし、わたしもまだ良くわからないのです」
「ええそれでいいですよ。ボクは何時までもタエコさんの返事を待ちます。それは早いに越したことはないけれど……」
どのような返事するにしても、アパートに男を連れ込むことになる。もし良い返事をして良い雰囲気になったら、お堅いニュース表現の『いかがわしい行為』になだれ込む可能性もほんの僅かながらある。
もし今のコウサカジンが一時の気の迷いで、数日で冷めて後悔するかもしれない。
体の関係がなければ、直ぐに身を引くことも出来る。
なら
「これだけは約束してください。
そのわたし。えっと……その……ぶちまけますと……殿方といい関係になったことがありません。で……その……男の人を知りません……ので。
でも……興味ない訳では……何言ってるの?わたし。
とにかくぶちまけますと。体は今も乙女です。
男を知りません……その……あの……。
だからいい感じになって迫られると、わたしの意思ではどうにも出来なくてあなたを受け入れるかもしれません。そういう免疫も耐性もありませんから。
だから……その……何言ってるんだろホントわたし。
わたしじゃないみたい……。
とにかくとにかくとにかく!もしOKしても結婚まで乙女を守ってくれますか?」
万が一事故って子供が出来て、コウサカジンがわたしと別れたくても別れられなくなったら可哀想だ。
人生を後悔させながら進ませたくはない。
体の関係さえなければ、子供も出来ることはないだろう
「はい。御約束します。
ボクはあなたを大切に思っていますから、初めからそのつもりでした。
でも口づけはいいでしょうか?」
「口づけ?」
わたしはたぶん呆れるほど真っ赤な顔をしていたと思う。いい歳してしっかりしろ!って叱咤するけど、焼石に水。わたし。コウサカジンを好きだわ。
強烈に気付いてしまった。ならこの子の人生を一番に考えてあげないと……。でもキスくらいならいいかな……
「その時になってみないとわかりません。
でも前向きな方向で検討したいと思います」
『前向きな方向で検討』って!
─キスは報告書かなにかか?
あーーーーーー混乱してる!
どうなっちゃってるのコレ!
「良かった。是非『前向きな方向で検討』してください。楽しみに待っています」
それからコウサカジンの
「タエコさんらしいや」
の呟きに
穴があったらこの真っ赤に恋焼けした頭を、突っ込みたいオクダタエコであった。
アドバイスは最重要課題として
タエコにウィンクしたやつだわね。




