まだまだ子犬
──オクダタエコくん、社長になりたまえ!──
いきなり社長になることになったわたしオクダタエコは、その後に続いた言葉にしばし気をとられました。
──息子をオクダタエコくんに託そう!──
一瞬、結婚しろということかな?と思ったが、わたしは乙女ゲーム脳だが、左脳は現実をひしひしと知っている。
社長はこの大学卒業間近のほわほわの若造をわたしに押っつけて、会長という名の隠居生活を送るつもりだ。
まだ50代だぞ社長!
「わたしなどが社長になって宜しいのでしょうか?
人事にお口を挟むのはおこがましいとはぞんじますが、社長の弟さんがおられます。そのお方を差し置いてわたしなどがその地位に付きましたら、波風はたちませんか?」
骨肉の争いに巻き込まれるのはイヤだ。出来れば社長などやりたくはない。乙女ゲームする時間がなくなるかも知れない。
「あら。大丈夫でしてよ。その弟さんがあなたを差し置いて社長になれないと言っているの。
まあ、責任ある立場になるのがイヤなだけでしょうけど……」
奥様がおっしゃられ、その後社長から念をおされ、わたしは社長にされました。
ただ奥様は
「オクダタエコさん。あなた流石に社長でその格好はいけません。新進気鋭の女社長として大々的に売り出すつもりです。お分かりですね」
と言って金庫から札束を取り出した。帯つきピン札束だ。これを資金に身を磨けという。
領収書はキチンと添えるようにと付け加えられた。
社長就任は一月後。就任前の三日前までに、特別休暇を二週間くれた。就任したら顔合わせに奔走するから休みが取れないらしい。
ちなみに休みの間に、この黒縁眼鏡に濃紺のスーツに膝上のタイトスカート。
おまけに髪もただ束ねて、後ろで適当にしばっているだけという。色気もなんにもないこの姿を『何とかしろ!』ということだろう。
そして休みまでの間はこのボンボン息子のお守り、まずは平和ボケした面構えの青年を従えて部署行脚だ。
☆☆☆
「疲れたぁ~」
お風呂に浸かりながら、タエコは解放される。
男をしらぬタエコの体は、以外とプロポーションがイケてる。着痩せするタイプで胸もおおきい。
「宝の持ち腐れ」
声に出してしまうほどに、男気がない。元々モテない上に社長の愛人にされてさらに拍車が掛かってしまった。
さんざん恋愛小説を読んで毒されているから、恋愛に対する想いは人一倍あると思う。
でもあの小学校三年生の出来事が、強烈なトラウマとなって女として生きるのを拒否ってしまっている。
ただ一度で良いから恋をしたい。
もう二年もしないうちに30の大台に乗っかってしまうけど、諦めてはいるけど諦め切れない。
現実。相手がいない。
相手になりそうな男も周りにいない。
部下も社員もわたしをみる目は軍曹に対するようだ。
ただ視線を合わせだけで、怯える男共とどうこうするつもりになれない。
その点。六歳も歳下の社長のボンボンは少し変わっている。ボンボンだからか世間慣れしていないのかわたしと目を合わせても怖くはないみたいだ。
一度わたしが怖くないのか?と聞いたら『なにがですか?』とポケーとした顔を返された。
そしてやたら懐いている。
わたしの後をついてくる。
トイレにまでついて来られそうになった。
でも、ストーカーではない。
「子犬だね」
親犬の後をつけ回す子犬のような感じだ。
過保護に育てられ、親から切り離され、一人暮らしを強要され、不安な気持ちをわたしを保護者代わりにして紛らわしているのだろう。
ある日もじもじしながら、こう聞かれた
「あの……タエコさん。父……いや社長とのその……あ、あ、あ、あ、あ、」
「愛人のことですか?」
『あ』を連打していたから、止めてあげた
「そうです……それは……」
「その事でしたら、お父様に直接お聞きください。奥様の方がよくご存知だと思いますよ。
わたしから説明するつもりはありません」
そんなに気にする事もないだろうに。
わたしが愛人だろうが、ただのダミーだろうが、このボンボンには関係なかろう。
関係無くはないか?もし奥様に何かあったら、このボンボンの母親になるとでも思われているのだろうか?
メンドクサイ
わたしはこの話をぶった切って、社員としての心構えなどを教えた。
次の日。
何故かボンボンはやたら元気で幸せそうだった。
そして土曜日プライベートで会社周辺を案内してくれと頼まれた。
正直休みが潰れるのはイヤだが、まだどこの部署にも配属されていないボンボンには頼る相手もいないだろう。
仮初めの保護者としては、断りづらい。
それに次の週からは二週間丸々休みになる
「良いでしょう。何時、どこで待ち合わせますか?
わたしが指定しても宜しいでしょうか?」
「お任せします」
この頼り甲斐の無い男は、なぜかやたら嬉しそうだった。
ブンブンと振り回す尾っぽが見えたような気がした。
まだまだ子犬だ。
オクダタエコ
誰とも付き合ったことありません
男性免疫耐性もありません
もちろん乙女
鈍感
そして自分を好きになる男なんていないと
信じ込んでいるのさ。
そこのところも加味してね!