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イレーネの青春(4)


「正気ですか?イレーネ」


わたしの短い生涯で、あんなに驚いた顔のエリザベート様を見たのは初めてだった。辞表の中身を確認した公女は、しばらく口を開けてポーッとしていた


「何故なの?わたくしが嫌いになったの?」

「いえ……そんな!あくまでわたしの都合です」


「け……結婚はどうなさるの?

貴女が辞めればカイル卿は子爵へ叙任できないわ」


そう。わたしが侍女を続ける前提でカイル卿は子爵に成れるの。でも……このまま公女の傍にいる資格はわたしには無い


「はい。わたしはカイル様との婚約も白紙にしようと考えてます。カイル様には迷惑を掛けるけど……」

「でも貴女達。仲睦まじいと聞いたわ。

もちろんわたくしとの看病で外出も儘ならず、一年もの間、会えなかったのは知っているわ。

けれどその後も二人はデートを重ねていたわね。

何故急に心変わりをしたの?」


「それは……」


ハッキリと言葉にするのは難しい。

でも強いていうならば……


「わたしは自信がないのです。

それにエリザベート様のお側に侍る資格がないと思います」


公女はしばらく無言でわたしを見つめていたが、深く溜め息を付くと


「直ぐに受理は出来かねるわ。

少なくともわたくしが学園に通うまでは傍にいてちょうだい。これは一旦預からせて貰うわ。

それからカイル卿との婚約破棄の件は、わたくしから先方へ伝えて置くわ。良いわね」

「はい。お任せ致します」


わたしは部屋を出た。

足が震えている。


わたしがしっかりしていれば、エリザベート様の襲撃は本来は防げた筈。わたしのせいで傷を負った。公女の顔には幸い傷は残らなかったが、頭部には一生消えない傷痕を残した。

髪を編むたびに視界に入り、胸が締め付けられる。


当事者のわたしが傍に居てはいけない。そしてこんな気持ちのまま、お仕えするのも失礼だ。

だから……身を引くしかない。


カイル様の出世を遮ることになるし、貴族に生まれたのに義務を果たさないのも気が引けるが、それでもこのままではいけない気がする。


これでいい。

これでいい。


自分で言い聞かせても、カイル様の顔を思い浮かべると涙が出てきた。





わたしが辞表を提出先して直ぐに、イライザ姉様やミザリが心配して声を掛けてくれた。仕事終わりに三人で飲む機会があった。外では飲めないから、侍女の控室で特別な許可を貰っての飲み会となった。


わたしは普段飲めないのに勧められた勢いで、自分のせいで『エリザベート様を傷付けてしまい辞める事にした』と白状した。

その時には「シレーネのせいではないわ」と二人に慰められたけど、最後には「貴女の気持ちは尊重する。あれはわたし達にも心残りだもの」と理解をしてくれた


「イレーネ。貴女の選んだ道だもの。わたし達がどうこう出来ないわ」

「イレーネのこれからも応援するし、わたし達はずっと貴女の友達よ」


二人はわたしを応援してくれると約束してくれた。



それから二週間。

何事もなく過ごした。


シレーネ奥様にもカイル様からも何も音沙汰無かった。

それはそれで寂しい心持ちだった。

親からは『婚約解消が滞りなく行われた』との書面が届いた。公女様が間を取り持ってくれたのだろう。

これでカイル卿との縁も切れた。もう見掛けることはあっても個人的に会うことはないと思う。


後悔していないと言えば嘘になる。

でも心にしこり(・・・)が残ったままでは、今以上の後悔が残ってしまう。わたしは幸せになってはいけない……。





時が流れ3月も半ば過ぎ。

エリザベート様はエアリス殿下の計画の元、王都の別邸から領地の本邸へ長期休養旅行へ出る事になった。


そして本邸からエリザベート公女の肝煎りの温泉街へ向かった。

温泉街ではジェシカがプロポーズを受け、カップルが成立した。趣味に溺れ、男に興味の欠片もなかったジェシカが結婚するなんて思いもしなかった。


これで侍女五人で相手がいないのは、わたしと成人したてのメリッサだけとなった。実はメリッサは人気があり、多くの貴族の令息から婚姻の打診が届いていると聞いた。

メリッサの身分が男爵令嬢なので、テイラム公爵家や王家と縁を結びたい下級貴族からの縁談が絶えないらしい。もちろん上位貴族からの縁談も多い。

メリッサは全てを公女様に一任していて、本人も公女様が学園を卒業するまでは傍に居たいらしく、結婚には興味が無いみたい。


そんな温泉街の滞在も二週間も過ぎた頃、わたしはエリザベート様に呼ばれた。何事かと行ってみれば


「イレーネ。実は貴女に縁談があるわ。

カイル卿とは別れたばかりで乗り気でないのは分かるけど、会うだけでも会って欲しいの。

これからのテイラム家、及び王家を支えるだろう新興の貴族家になるけど、どうかしら?」

「わたしはまだ婚姻を考える事は出来ませんが、会うだけで良いなら断る訳にもいきません」


「心配しないでイレーネ。

貴女の意志に従うわ。でも彼は貴女の人となりを知って、とても興味をお持ちなの。

わたくしオススメの最優良物件なのよ」


どんな方だろう?


「どのようなお方なのですか?」

「まだ若くて将来有望な方よ。

名前は……バレンシア伯爵というの」


──伯爵様?


将来有望な方が、何故こんなわたしを正妻に迎えてくれるのだろう。

公女殿下の侍女は側室などあり得ない。

それは聞かなくても分かること。

でもわたしの人となりを知っているというから、もしかしたら何処かでお会いしたことがあるのかも?


「ではイレーネ。

早速ですが、今日正午に此方へ来られるそうですので、直ぐに準備しなさい。ランチがてら会う段取りは付けてあるわ」

「えっ?今日これからですか?」


普段は、こんなに急にセッティングされるなんてあり得ない。何日も前から入念に準備して、ようやく自宅でお茶を共にするくらい。

正午まで二時間しかないのも問題だ


「エリザベート様!とても無理です。

ドレスもありませんし、何より心の準備が……」

「別に婚約を結べというわけでは無いでしょう?

もし会ってみて先方を気に入らなければ、わたくしに断りを入れれば良いだけの話です。

それにドレスも全て手配済みなの。

さあ!みんな!準備をお願い!」


パン!パン!


公女様が手を叩いたら、イライザ姉様はじめ四人の侍女仲間が部屋に現れた


「今からこの娘を、おめかしして上げて!

腕によりを掛けて磨いて頂戴」

「ちょっ!お姉様!ミザリ!ジェシカ!メリッサ!

押さないで!引っ張らないでも自分で歩けます!」


わたしはあれよあれよという間に、別室に連れていかれた。服を脱がされ、バスタブで洗われ、綺麗なドレスを着せられ、鏡の前に座らされ、髪を丁寧に編み込まれ、化粧も施された。


侍女仲間の連携プレーにわたしは翻弄され気が付いた時には正午も間近、わたしは待ち合わせの部屋へと向かった。


扉が開き出迎えて下さったバレンシア伯爵様は、紛れもないあの人だった



「カ……カイル様???」



驚きにわたしの時は止まった。




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