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二人の王妃


セシル王妃の招待を受けた日から十日後、セーラは出迎えの侍女と騎士に連れられて離宮を出た。


軟禁されて20年目。


もうセーラは39歳になっていた。


王太子となった息子はもう21歳。

学園在学中に授かった子供。


月日の経つのは早い。


セーラは王宮まで馬車に乗った。

わざわざ馬車に乗らなければ王宮へ行けない距離は、同じ敷地内であってもセシル王妃とセーラとの差を如実に表していた。


セーラは王宮へは通されず、国王の妃達がいる後宮の近くで下ろされ、そこから後宮内へ入った。

セーラは離宮暮らしで、後宮へ入ったのは今回が初めてだった。


エアリスの妃の一人の筈なのに、セーラは完全に疎外されていたのが痛いほど分かった。

スレ違う後宮侍女達は足を止めて礼をするが、その好奇な目には明らかな侮蔑が含まれていた。


後宮の奥。


この辺りから急に華やかさがでて来た。

豪華な扉の前で護衛する女性騎士。

深紅のマントをしている。


──テイラム家の騎士ね


学園の赤薔薇騎士のモデルとなった、貴族家筆頭テイラム公爵家の騎士。深紅のマントがその印。


扉が開くとそこは別世界だった。


絨毯や調度品のどれをとっても洗練された最高級品ばかり。きらびやかなシャンデリア。

美しく着飾った侍女。


わたしの流行遅れのドレスなんて霞んでしまう。


けれどそこにはセシル王妃の姿は無かった。

セシル王妃はセーラより2歳年下だから、37歳になる筈。


在学中も美少女だったけど、きっと凄い美人に成っていると思う


──ミナコさんの前世かな?


ミナコさんの前世がセシル王妃だった。

ミナコさんの世界とは違う流れになっているけど、ミナコさん曰く「生き写し」らしい。

もちろん髪や瞳の色は違うけど、顔つきは同じだと言っていた。


セーラもセイラなわたしと同じ顔しているから、セシル王妃がどんな姿なのか興味がある。

今のセーラを見ていると、自分が年を重ねたら『こんな感じになるのかな?』と想像出来てしまう。

もし37歳のセシル王妃に会えたら、ミナコさんの将来の姿も分かるかもしれない


「セーラ様。こちらへ」


扉を幾つか抜け、通された部屋には大きな天蓋付ベッドが置かれている。レースで中は見えない。

ただ、うっすらと透けて見えるので女性が横たわっているのは分かる。


多分……セシル王妃だろう


「歳をとったわね。お互いに」


それがセシル王妃の第一声だった。

20年振りに聞くその声は、落ち着いて威厳があるが、どことなく覇気がなかった


「セーラでございます」

「久し振りね。そんなに畏まらないで、楽にして」


ここには数人の侍女がいて、その一人がベッドの隣のテーブルへセーラを誘導する。

そこにはケーキがあり、紅茶を注いでくれた。


紅茶の香りが鼻腔をくすぐる


──香りからして高級だわ


普段飲んでる紅茶とは一味も二味も違う。

セーラが離宮に籠っている間、こちらの世界中はセーラを置いてけぼりにして時を重ねて来たのだろう。


でも……何でセシル王妃はベッドに寝たきりなのだろう?


そんなにもセーラと顔を合わせたくないのかな?


「わたくし……もう長くありません」

「……えっ?」


突然の告白に思考が固まる。

長くない……って、もうすぐ死ぬってこと?


「こちらへ」


セーラはベッドの傍へ寄る。

ベッドを覆うレースのカーテンの隙間から、手が差し出された。それは骨と皮ばかりに痩せていた


「半年前。余命三ヶ月と診断された。

それ以来。ただ天に召される日を待ち望んでいたのに、一向に迎えが来ない。

わたくしはふと貴女を思い出した。

もう二度と会わないと決めたのに、何故か貴女に会わなければ死ねないと思った」


そしてセーラの手を握る。

それは死に行く病人とは思えない程の、力強さだった


「貴女。わたくしの後を継ぎ、王妃となりなさい」

「お?……王妃にですか?」


突然振られて、わたしは驚く


「王妃なんて……とても無理です」


セーラは箱庭の中にずっといた。

この20年間、人脈も何も培っていなかった。

それに……。

もう男爵家出身程度の者が、王妃なんかになれないことは痛い程知っている。セーラは家族の幸せはえられたけど、その他の事は世界から隔離された。

今は分かる。


セーラが生かされたのは後継者の為。

セーラが軟禁され世から隔離されていたように、セシルは王妃という地位に有りながら国王エアリスとは距離を置いていた。


以前エアリスはセシル王妃とは公式行事以外に会うことは無いと言っていた。セーラは物理的に箱庭に閉じ込められ、セシル王妃は自ら後宮に引きこもった。


最低限の王妃の務めだけを果たして……。


「心配しなくてもいいわ。

もうこの国は終わりよ。

直ぐに滅びがやってくるわ。

ううん。もう滅びかけている」


セシル王妃はセーラの手を握ったまま


「セーラ。

わたしが死ねばこの国は瓦解するわ。

わたしが僅かに残った支柱のひとつ。

エアリスだけでは支え切れないでしょう。

これはわたくしから貴女へ贈る最初で最後の嫌がらせよ。

貴女が(くさび)を入れて崩れかけたこのフォラリス王国の最期を、貴女は見送る必要があるわ」


そして暫くセシル王妃とセーラは言葉を交わした。

セーラは一時間程で後宮を去り、その後セシル王妃に呼ばれることは無かった。


それから一ヶ月後。


セシル王妃は眠るように息を引き取った。



セシル王妃の喪が明けた一年後。



セーラは王妃と成った。









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