珈琲を注ぐ姿……好きよ
ジンに、セイラは簡単な説明をしてくれた。セイラの話では、寝る前の施錠確認と嵐の様子を見に外を覗いたセイラに酔っぱらっているジンを発見された。
そのジンを肩を貸しながら階段で三階まで運んだ。
その時に普段使わない筋肉を使ったので、全身筋肉痛に見舞われたという。ジンを助けた時に雨に打たれてずぶ濡れになり、風邪を引いたのか体調も思わしくないようだ
「悪いセイラ。迷惑をかけたね」
セイラはソファーに寝ころび、毛布を被ったまま
「気にしないで……といいたいけど、大変だったのだから感謝してよね。
それよりも机の上のジンの朝食だから食べて、わたしはもう済ませたから……」
「ありがとうセイラ。いただくよ。
その前にトイレ借りるよ」
ジンはトイレに行き扉を開けると、鮮血が目についた。
トイレに、トイレットペーパーではない血の付いたティッシュが浮いていた
──怪我でもしたのかな
ジンは水を流して、普通に用を足した。
トイレから出て
「なあ。セイラ。怪我とかしてない?」
「してないわ……どうして?」
「いや……ちょっと気になったから」
ジンはセイラの体調が悪いのも、女性特有のあの日が重なったからだと察した。
ジンが朝食を頂いている間、セイラは毛布にくるまったまま顔を出さなかった。ただ……
「ジン。今日もタエコさんのところに行くの?」
「ああ。今から行くつもり……だったけど、体調悪いのだろう?セイラを放って行けないな……」
「あらぁ?心配してくれているの?」
「迷惑掛けたからね。早く恩返ししないと」
セイラは暫く無言になり
「なら、ジン。もう少ししたらお昼ご飯にわたしにホットケーキ作ってくれないかな?
久しぶりにジンのホットケーキ食べたくなっちゃった」
「そんなの御安い御用だけど、そんなのでいいの?
お粥とか作ってあげようか?」
毛布の頭の辺りが動き
「いいの。ホットケーキが食べたい気分。
一時間後に昼食にしましょう?
それまで休んでいて……」
「ああ。そうさせて貰うよ。
なんか朝からスゲーダルいんだよね。
それよりも、俺がソファー使うからセイラはベッドで横に成ったら?」
「いいよ。ここで。そうしないと本気で寝ちゃうから。
ホットケーキ食べて、ジンを見送ったらベッドで死ぬつもりだから、今はジンがベッドを使っていいわ」
──流石に病人?差し置いてベッドにねれないな
「いいよ。椅子の上で休む。
洗い物は昼にまとめてするから、セイラはそのまま寝てて。ホットプレート何処?昼の準備もしておくから……」
「うん有り難う。ホットプレートは食器棚の上に箱に入っているわ。あまり使わないから普段は閉まってあるの。それとホットケーキミックスは冷蔵庫脇のスリム棚の引出しの中にある筈よ。
何段目か忘れちゃったけど、この前買ったばかりだから見つかると思うわ」
そして二人は仮眠に付いた
45分後。ジンの目覚ましが鳴るとセイラも一緒に起きた
「ゴメン。ジン。ホットケーキの準備お願いするわね。わたしシャワー浴びてくるから……。
お湯も沸かして貰うと助かるわ。電気ケトルで沸かしたお湯は何だか美味しくないから……久し振りにジンの淹れた珈琲も飲みたいしね」
「ああ。任せな。
それよりも目の周り真っ赤だけど、何だか泣いたみたいだ」
「うん。ちょっと風邪のせいかな?鼻水と涙が出て止まらなかったの。でも美人のこんな顔もレアでいいでしょう?」
「自分で言うかよ……まあ。セイラは客観的に見て美人だと思うけど。でも世の中の男も目がないね。こんな美人で清楚で素敵な自立した女性を放って置くなんて……さ」
「あんたがそれ言う?
でも放って置かれているわけでも無いわ。あの馬鹿程では無いけど、結構モテるのよわたし。
ただわたしのお眼鏡にかなう良い男が居ないだけ」
セイラはそのままシャワー室へ消えた。
あの馬鹿とは、セイラにちょっかいだしたタキタリュウジの事を指しているのだろう。
ジンはホットプレートを準備し、ホットケーキミックスを開封する。
ボールに卵と牛乳を入れ良くかき混ぜ、ホットケーキミックスを入れ掻き回す。あまり丁寧に掻き回すと膨らみが弱くなるから、少しダマが残るくらいでセイラを待つ。
その間、手回しのミルで珈琲を挽き、逆円錐型の陶器製のドリッパーに紙のフィルターをセットする。
挽いたコーヒー豆をフィルターに落とすと、良い香りが辺りに広がる。
挽きたての豆から出る香り……。初めから粉の珈琲では味わえない香りだ
「あー!爽やかないい香り!朝って感じするわ!」
「もう昼過ぎだけど……」
「もう!ジン!水を差さない!
ちゃんと『感じ』って付けたでしょう?」
シャワーを浴びてスッキリとした美人が、正面の席に腰かける。あの泣き濡らしたような顔は消え失せ、今はほんのり上気して色っぽい。
ただ、スパッツに厚手の大きめのTシャツ姿が台無しにしている
「何よその顔?わたしの顔に何か付いてる」
「いや。何でもない。
……普段はお洒落しているから、こんなラフな姿も『久し振りに見たな』と思って……」
ホントは『美人なのに勿体無い』と言おうとしたけど、からかっているようでやめた。
ジンは珈琲にお湯を注いで蒸らす
「一分ほど蒸らすだけで、珈琲は格別に美味しくなるから不思議だよね」
「わたしせっかちだから、つい、蒸らすの怠るの。
そうすると確かに何だか味気無い珈琲になっちゃうわね。
やっぱり杓子定規のジンが淹れてくれる珈琲は格別だわ」
「そこは『しっかり者』と訂正してくれる?
褒めてるんだか、貶しているんだか?」
「勿論褒めているわ」
そしてジンはコーヒーポットの細い注ぎ口から、糸のようなお湯を落とす
「綺麗ね……お湯がキラキラ光っていて。
わたし……ジンの珈琲注ぐ姿……好きよ」
セイラは頬杖して、うっとりとした眼差しを向ける。そして小さな声で
「ホント素敵……わたしのお眼鏡に適うのは貴方だけよ……馬鹿」
そう呟いた。