始まりを告げる鐘
わたしミナトセイラはシャワー室からジンを連れ出した。
先程まで、シャワー室内の狭い個室で素裸の男女が二人きりだったけど、何も起きなかった。
セイラは今、脱衣所でジンの体をバスタオルで拭いてあげている。ジンは今頃更に酔いが回ったらしく、ユラユラと揺れて不安定だ。
拭き終わったジンを壁に寄り掛からせ、セイラは髪の水気をタオルで拭き取っている。
そして眠そうなジンをチラリと見て、小さな声で呟く
「体には自信あるのだけど……。
もう少し興味持ってくれてもいいのに……」
わざわざジンの方を向いて、全裸を惜し気もなく晒しているのに、ジンには届かない。
それは酔いからくるものなのか、セイラには発情しないのか?それとも女性そのものに余り興味を示さないのか分からない。
まだ髪は湿気っているけど、ここからはドライヤーの役目だろう。セイラはジンを引っ張って寝室へ連れ込む。
ベッドの端に座らせ
「待っててね。ジン。お着替え持ってくるから」
セイラは隣の部屋から大きめのTシャツと半ズボンをチョイスする。残念ながら男毛のないセイラの部屋には、男性物の下着なんて存在しない。
半ズボンも自分の夏用のラフな普段着用だ。
寝室へ戻ると、ジンがベッドの縁に腰掛けたまま、頭を抱えて背中を丸めていた
──寝ちゃったのかな?
セイラが覗き込むと、ジンは涙を流して無言で泣いていた。セイラは隣に座ると、そっと寄り添う
「どうしたの?ジン」
「セイラ……。ぼくは怖いんだ。
『このまま目を覚まさなかったら、どうしよう』と毎日ずっと考えている」
きっとタエコさんの事を言っていると思う
「セイラ。
何故タエコさんはぼくを助けたのだろう?
ぼくなら丈夫だから、多少跳ねられても骨折くらいで済んだかもしれない。
それよりも……ぼくなんかよりも、タエコさんが元気でいてくれた方が……」
「ジン!」
わたしはジンを抱き締めた
「タエコさんが貴方を助けたのは何故って?そんなの決まっているじゃない!ジンが好きだからよ!
わたしだってそうしたわ!
それに……わたしもしジンが事故でタエコさんと同じように目覚めなかったら、きっとわたしも今のジンのように怖がっていたと思う。だからジン。
自分を責めないで……。
わたし……ジンが生きていてくれて本当に良かった」
「セイラ……」
ジンがわたしの胸の中で泣いている。
嗚咽を漏らして、激しく肩を上下させながら泣きじゃくっている。わたしは母のように抱き締め、その頭を優しく撫で続ける
ジン
ジン
好きだよ
大好きだよ
世界中で誰より好き
気が付いたら好きになっていた
幼稚園でも……
小学校でも……
中学生でも……
高校生でも……
大学生でも……
社会人になっても……
そして今も……
好きが当たり前で……
[好き]に麻痺していた
だから当たり前のように結婚して
子供作って
家族になると思っていた
タエコさんが現れる迄は……
「ジン。タエコさんが好き?」
「ああ。世界中の誰よりも……好きだ」
「そう……そんなジンも好きだよ」
諦めた訳じゃない。
ただわたしよりも好きな人がいるジンも、わたしは変わらず好きなのに気付いた。~だから好きではなくて、ただジンの存在その物が好きだって気付いた。
好きの理由なんて幾らでも並べられる。
でも理由なんていらない。
ジンが好き。
ただそれだけが真実
「ジン……ちょっときて……」
わたしは落ち着きを取り戻してきたジンを引っ張り、ベッドの中央へ誘導する。
わたしは仰向けになり、ジンが覆い被さってわたしを見ている
「わたしね。ジンが好き。だれより好き。世界中で一番好き。それが愛と呼べるなら、わたしはジンを愛している」
「……ぼくは……」
「知ってるよ。嫌というほど分かっているよ。
タエコさんが好きなのでしょう?
でもだからといって……わたしの好きは止められないよ」
わたしは確信犯だ。
わたしは、わたしをジンにあげる。
わたしの初めてをあげる。
だって分かっているもの。
ジンは明日になったら全て忘れている。
何時ものように何も憶えていないと思う。
だから今は、すべてをさらけ出して愛を伝えたい。
忘れられてもいい。
だからこそ今の気持ちに嘘は付けない。
最初で最後……
わたしは……
「ジン。愛してる」
ジンの頬を柔らかく挟み、そっと引き寄せて、激しくキスをした。
ジンはされるがままだった。
抵抗も反応もしない。
わたしは首に手を回し、ギュッっと抱き締めた。
ジンの胸板でわたしの胸が潰れる。
ジンの脚に、わたしの右足を絡める。
唇を解放し、額を付ける
「ジン。怖い?タエコさんを失うのが?
わたしも恐いよ。ジンを失うのが……。
でもそれでも好き……。
だから……こんなに震えているジンを慰めてあげたい。ずっと心にかかえている不安を包んであげたい。
全身全霊をかけて、ジンを癒してあげたい……。
ジンが誰を愛していたっていいの。
わたしがジンを愛したいの……だから……」
ピカッ!
ドゥゥゥゥーーーーーーーーーーーン!
雷が光り、間髪入れず凄まじい雷鳴が響き渡る。
地面がビリビリ振動した。
それは始まりを告げる鐘の音
「来て……ジン……わたしがジンの全てを受け止めてあげる」
わたしがまた口付けをすると
ジンは弾かれたように唇を返してきた……。