18 奇術師と死体屋 ◆
この花畑に、何が見えましたか?
布団の上で銀芯を繰る練習をしていると、係長が果物の入った籠を持って病室を訪ねて来た。
「体調はいかがでしょうか? ヤグラ殿」
これと言って特徴の無いこの男について、知っているのは肩書き程度だ。
この男は封国諜報部広報課係長なのだが、そもそも諜報部が何を広報すると言うのだろうか?
そう言えば街中に諜報部職員募集の張り紙を見掛けるのだが、あれは係長が書いて貼っているのだろうか?
広報課があるのにも関わらず、帝国防衛省や聖国教義審問部とは違い、封国諜報部はこの男以外の実態が見えて来ない。
「半月も掛かって回復半ばって所だよ。養生させて貰ってる点には感謝しているさ」
封国諜報部は実態が不明な組織だが、その割に非常に仕事がし易い相手でもある。
法の下に公平な封国だからこそこちらが誠意をもって仕事をすればそれに準じた対応をしてくれる。
三大国の中で最も規模の小さい封国は、俺の様な三流奇術師には分相応な相手とも言える。
「ヤグラ殿の持ち帰った腕には確かな価値が御座いましたので。もっとも、報酬から治療費と入院費は引かせて頂いておりますが」
「そこに文句はねぇよ。相応の報酬は提示されたと思っている」
「それは僥倖で御座います」
事実、当初の契約よりも報酬額は増えた。
俺が主張した依頼の困難さを封国は正しく評価した。
これが聖国や帝国相手だとこうはならない。
聖国は自らの間違いを正す事は無いし、帝国は契約の時点で積極的に騙そうとして来る。
まあ、封国も細かい約款を見逃すと酷い目に遭うと言う点では大差無いのかも知れないが。
「そんな状況の中非常に申し訳ありませんが、本日は仕事の依頼に参りました」
係長はこれっぽっちも申し訳なさそうな顔と声でそう切り出して来た。
「だろうな。あんたが二度も見舞いに来るとは思ってねぇよ」
そろそろ病院を追い出される頃合いかと思っていたが、それよりも厄介そうな来訪理由だった訳だが。
「で、どんな依頼だ?」
「引き受けて下さるので?」
「内容と条件次第だよ」
軽く肩を竦めるまでがいつもの遣り取りだ。
こんな時も、交渉の余地があると言う点では封国は非常に良心的な国家だ。
依頼内容と報酬内容を明記した紙の束を出して来る辺りも良心的だし、それを読むのに十分な時間を与えてくれる事もそうだ。
じっくりと時間をかけてその内容を読み進める。
読み進める内に眉間に皺が寄って行く事を自覚する。
係長は無言無表情で果物の皮を剥いている。
依頼内容は一言で言えば森林の調査だ。
報酬は花畑に送り込まれた時と同等。
目的は森林内で散見されるようになった異形の生物群の調査。
生物群の姿形はばらばらで、現状民間人の死者は無いとされる。
異形……心当たりがあるが、あれもある程度言葉が通じる相手と言う点ではましな部類なのだろうか?
三翼の飛眼球と接触した事は封国に報告してあるので、当然封国もその事は織り込み済みと言う事だろう。
「樵の間では木を守る異形と呼ばれているそうですよ」
係長が果物を一口食べてそう言った。
それ、お前が食うのか?
「ヤグラ殿が花畑を嫌っている点も考慮して細部を調整しておりますが、いかがでしょうか?」
「毎回嫌になるくらい妥当な条件と報酬だと思うよ」
「それは僥倖で御座います」
封国の依頼は公平な反面、非常に断り辛い。
「異形に排除されない範囲の調査となっているが、異形との交戦を避けてもいいのか?」
「問題御座いません」
「排除されない範囲と言うが、それは境界線を判別しなくてもいいのか?」
「問題御座いません。境界線の特定より安全圏の確定を主目的とお考えください。但し、森林の極浅い部分だけを調査された場合は報酬額の減額が御座います。深度と報酬の具体的な相関図が資料42項に記されておりますので再読下さい」
「調査範囲は南の王国があった辺りだが、聖国か自治領連が出張って来た場合にはどうすればいい?」
「聖国軍は大半が緩衝区に投入されていますので支障は無いと考えておりますが、もし接触があった場合の対処は一任致します。その際に損害が発生した場合は異形との戦闘時に関する条件と同等となる様に追記致しましょう。自治領連に関しては東端地域に領地を持つ複数の領主と時限条約を結んでおりますが、こちらも万が一損害が発生しましたら同様に対応致しましょう」
係長がメモを取りながら淀み無く俺の質問へ回答を投げて寄越す。
この感じ、断られない事を前提としてやがる。
こうなると俺に出来るのは可能な限り条件を吊り上げる事だけだが、あまり無茶な事を言うと次の依頼があった時に相応の対応を取られるのが厄介な所だ。
まあ、基本的に条件は良い方だから細かい点の確認ばかりになるが……一点どうにも気になる情報が記載されている。
「……細部はそんな所だろうが、一つ聞かせろ」
「何で御座いましょうか?」
「この先行して森林に潜っていると言う死体屋ってのは……何だ?」
そう、死体屋だ。
普通死体屋は死体を扱うから死体屋と言う。
現状では異形に殺された者やそれが疑われる行方不明者はいないと言うのに、何故死体屋が出て来るのだ?
「ああ……その死体屋はユブネと言う名の若い女性なのですけれども、花畑から無傷で生還した死体屋なのですよ」
係長が珍しく意味不明な事を言った。
◇
私は死体屋である。しかも公認死体屋である。
なのに何故獣追いみたいな仕事をしているのだろうか?
未知の生物の調査は獣追いの仕事だと言うのに。
まあでも、ある意味納得はしている。
未知の生物群とは言う物の、あれは人間だ。
即ち死ねば死体になる。
腕と脚が四対多い生き物が私のすぐ横をがさがさと通り過ぎて行ったのを確認して、薄く息を吐く。
最早死体の振りも手馴れたものだ。
花畑の一件以来、死体に対する見識が強化された様に感じる。
死体とそれ以外を判別する事がより自然に出来る様になったし、死体になるものとならないものも明確に判別出来る様になった。
私の感覚では異形は死体に行き着く存在だ。
それは理屈では無い、感覚だ。
この仕事は比較的楽な部類だろう。
森に潜んで、時折死体の振りをして、徘徊する生物群を観察するだけだ。
稀に生首王女に遭遇するが、あれは死体にならないからどうでもいい。
あの日、花畑から麦畑に出た私は王女の生首を納めた手提げ鞄を紛失していた。
その後聖国で再会したフセンが何も言って来なかった事から、手提げ鞄は紛失する前提で渡されたのだと思っている。確認はしていないが。
今日も今日とて逃げる生首と追う異形を遣り過ごして、持ち込んだ食糧を齧る。
そろそろ食糧も尽きる。即ち先行調査が終了する時期だ。
契約ではこの後一度森林を出て、増援と共に再び半月程森林に潜る事になる。
増援は奇術師だと言う。
花畑の一件で奇術師には良い印象が無いが、よくよく考えれば元から良い印象がある職業では無かった。
果たして奇術師と死体屋、どちらがましな職業なのだろうか?
両方共碌でもないのは確かだが。
それにしてもこの仕事は非常に実入りがよろしい。
緩衝区では帝国と聖国が絶賛戦争中だが、戦場で死体を求めて歩き回るよりも遥かに儲かるのだ。
一日当たりの報酬は、綺麗な若い人間の死体に換算して二十体程だ。
運搬能力の限界まで働いたとして、戦地で一日十体死体を確保出来れば良い方なのだから、危険度を加味しても割の良い仕事である事は疑う余地も無い。
疑う余地も無いのだが……非常に残念な事に死体が無いのだ。
うっかり樵の群れが迷い込んで、異形に虐殺されやしないだろうか?
ああ……死体が恋しい。
一つ異形でも殺してみるべきだろうか?
そんな事を考えていたら異形の気配を感じたので、私は死体の振りをする。
目の前を異形に追い立てられた生首が文句を垂れ流しながら飛んで行った。
この話で本作は完結となります。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
それはそうと、貴方にはどんな花畑が見えていましたか?




